小人の集落
それは日が昇る少し前のこと
朝日を待ちわびた雄鶏たちが鳴くのを今か今かと待っているそんな時刻
そんな時刻に元気一杯に家の前で体操をする女の子がいた。彼女の名前はメルフィといい小人族の中でも成人してまだまもない女性だ。
彼女の朝は体操から始まる。その後成人を期に両親から受け継いだ集落の外れにある牧場で牛魔の世話をし、その日に牛魔から取れたものを加工し、それを売ったりして生活をしている。
牛魔とはいわゆる家畜として品種改良されたブランド牛の魔物の一種だったが、大昔に農家やらで飼えなくなった牛魔が野に放たれたり逃げ出したりして外で群れを作り繁殖&変異してしまったらしい。昔でこそ高級な魔物であまり見かけることもなかったが、今では牛魔は家畜屋で買うというよりも、野に生息している牛魔を契約するのが一般的になっているくらい何処ででも見かけられるしっなり手順を踏めば共存可能な魔物だ。
彼女の牛魔はもともと親のものだったが牛魔と彼女は非常に仲が良く、彼女は牛魔を家族のように、牛魔は群れの一員として認識し暮らしていたので問題なく契約を引き継ぐことができた。
牛魔は昔でこそ高級な家畜用の魔物とされていたが外で繁殖することで変異したため初期よりかなり強い力とある程度の知能を手にしたそこそこ強い魔物となった。なので契約がないと捕まえても柵を壊して勝手に何処かへ行ってしまったり攻撃されたりしてしまう。そして牛魔のミルクや、他にもポーションに使われる蹄や日用品のブラシの毛に使われる牛魔毛等を契約無しでは採取させて貰えない。彼ら牛魔は今でこそ野生でそこかしこに生息しているが元々は高級品だった自覚がしっかりとあるのでとてもプライドが高いのだ。
勿論そんな牛魔の素材は契約をしなくても野生に生息している牛魔を討伐すれば手に入れることはできなくもない。しかし野生の契約がされてない牛魔は討伐しても肉や皮にしか高い価値がつけらず、蹄や牛魔毛なんかは一気に価値が下がる。
なぜなら牛魔の毛は命が絶えた瞬間に変色したり質が劣化したりしてしまうので生きたまま採取しなくてはならないし、そもそも人の手により手入れされているものの方がポーションの素材にせよ日用品の材料にせよ品質が良いのは当たり前だ。
ちなみに契約とは簡単な魔法のひとつであり、生き物を対象とした魔力を使った契約であるので、誰にでも契約を引き継げるわけではなく、例によってこの引き継ぎがうまくできず牛魔を扱う牧場が一代限りで畳まれることもよくある話だった。しかし次の代への引き継ぎが非常に困難でも牛魔を扱う牧場はいつの世も消えず残っている。何時だって扱いづらいものほど価値や需要が高いものが多いので。
そんな牛魔は良く世話をされているものほど毎日美味しいミルクがとれる。彼女の牛魔は家族のように日々丁寧に優しく接され楽しく暮らしているので彼女の牧場のミルクはそれはそれは美味しいと隣の村や少し離れた所にある街でも評判だった。しかし小人は身体が小さい種族。故に集落全体も彼女彼らに合わせて建物がたてられているので全てが小さい。
普通の人族からしてまるで子供のような大きさしかない小人族たちの集落に買い物をしに来ると色々窮屈になってしまうことがよくある。なので彼女の牧場は他の町から来た人たちの買い物がしやすいように、また自分の店のお客によって他の住人に迷惑がかからないように親の代から集落の外れに牧場と店が構えられている。
彼女の両親がまだ若い頃品質のよい牛魔の素材が手に入ると有名になり集落が込み合って大変なことになったらしく店や牧場を移転したらしい。この話は彼女が誕生する前の話であり、もちろん彼女はそのときの騒動をしらないため今一何処まで誇張されているのだろうと疑問に思った時こそあるが、正直そこまで気にしてはいない。今が平和なので。
そんな彼女、メルフィの店に今日も今日とて他所の人たちがやってきた。
今の時刻はやっと日の出が出たところといった朝の5時前。今日のお客様第1号様は人族の男性だった。
「おはよう!!メルフィいるかー!?」
「大きな声ださなくてもここにいるよ~」
「ははは!悪い悪い。物に紛れてメルフィが見えなかったからよ」
快活そうな人族の男はカラカラと悪びれもなく笑いながら絞りたてのミルクとポーション用の蹄を注文した。
メルフィは小さな身体で自分の何倍もある大きな樽からさっき絞ったばかりのミルクを渡された容器の中へ移していく。瓶は男が持参したもので持ち運びする時間が多く量を必要とする冒険者や商人は少しでも値段を安くするために入れ物は持参することがよくある。彼も容器の値段分安くするために携帯用の保存容器を持参していたのだった。ちなみに今回は1リットルの容器を5本だ。
そんな男はミルクを彼女の手には大きすぎる容器に移していくのを見ながら話し続ける。
「にしても小人族で牛魔育ててるの珍しいよなぁ......牛魔って人族の俺らからしても相当でかいのに俺らより小さいホビットが世話するの大変じゃないか?実際さっきも積まれた木箱でメルフィが見えなくなってたし、採取したミルクをその樽に移すのだって一苦労だろ?てかそもそも採取するのが一苦労そうだな」
そんな言葉にメルフィはあ~...と小さく声をだしたあと作業をしながら笑って話し始める
「確かに私達小人族は小さいけど別に力が弱い訳じゃないから特に不便は無いんだけどねぇ...確かにこの容器を持ったりするのは持ち辛いって意味では大変かもね」
「それに家族の世話をするのは苦じゃないし楽しいよ、牛魔たちも協力的だしね。それに折角私と契約してもいいって牛魔たちが言ってくれて、両親も譲ってもいいって言ってくれたんだもん。しっかりやらなきゃね」
重いとか大変とか言ってられないわと、彼女は笑いながらいれ終わったミルクの容器に蓋をして今度は棚にある蹄を注文された量だけ取り出していく。
もちろんその間も話は途切れることなく続いていつた、
「あぁ、そういえば親父さんたちお前が成人したら世界を旅するってんで牧場を畳むつもりだったんだっけ?」
「うん。まぁそもそも牛魔の契約引き継ぎが難しいの知ってたから一代限りのつもりだったみたいだしね」
「まぁそうだよなぁ」
「止める気持ちで居たのに私が運良く契約引き継ぎができちゃったから両親もあの時はとってもビックリしてたよ。でも嬉しそうにもしてたかな」
「そりゃあかわいい娘が自分と同じ仕事をして、しかも家族のように接してた牛魔とこれでお別れってことにもならなくて嬉しかっただろうよ」
男はカラカラまた笑いながら世間話を続ける
「まぁなんにせよ、俺たちからしたらこんなにうまいミルクや品質のいい素材がここに来れば手に入るから万々歳なんだけどよ。しかしどうにもそのなりだと子供が重いもの一生懸命運んだりしてるように見えちまうんだよなぁ」
親父さんたちはメルフィよりもう少し大きかったし筋肉もあったと男は続ける。そんな男に唇を少し尖らせてメルフィは言う
「確かに他の同種族のなかでも小さい方だけど小人族は見た目によらず力が強い種族だよ?私だって小人族なんだから本当に力は人一倍強いのよ??」
「ははっ!わかってるって。前にたまたま同じ依頼を受けて同じパーティになった小人族の頼もしさは半端じゃなかったからな~自分よりでかい大剣一振ででかい魔物の首切り落としてたぜ」
メルフィはその言葉に目をぱちくりとさせる
「あら一振で?それは力の強さと言うより技術も相当だね」
「あぁ、本当に見事だったよ。また会うことがあったら手合わせしてほしいもんだ」
「頻繁にここにかいに来る貴方がこの集落で見かけないってなるとその方はきっと他の集落の方なのか旅人さんって所なのかな?」
「だろうなぁ...」
そんな話をしている間に注文されたものを移し終えたメルフィは男に商品を差し出した。
「はい、注文のミルク5Lと蹄300gよ。合わせて金貨6枚と銀貨9枚のところだけど早い時間で空いてる時に着てくれたから金貨6枚と銀貨6枚にしてあげる」
金貨とはこの世界の硬貨であり、金貨の他にも銅貨、銀貨、大金貨があり銅貨10枚で銀貨一枚、銀貨10枚で金貨一枚、金貨10枚で大金貨一枚と計算する。ちなみに今回の会計、牛魔のミルクは1Lなんと金貨一枚する。通常の家畜の牛のミルクは1L銅貨5枚なのと比べて魔物である牛魔のミルクは非常に高価なのがわかるだろう。それもそのはず、牛魔のミルクはただの牛のミルクと比べて栄養があるのに加え魔物の毒をくらっても直ぐに飲めば毒を中和することができるので何が起こるかわからない冒険者には人気なのだ。
勿論毒消し草で作られた薬剤等もあるが、ミルクは加工せずとも毒をくらったらそのままグイッと飲めば良いのと、食事で栄養が偏りやすい冒険中の料理で手軽に栄養を取れるのである程度難易度が高いところに行く冒険者にはミルクの方が人気なのだ。あと単純に苦い毒消し薬よりおいしい。
「お、いいのか!?ラッキー!俺のパーティ皆新しい装備買ったばっかだったから助かるぜ」
男はいそいそと支払いを済ませ荷物を受け取りさっさとしまう。そんな男を見ながらメルフィは小首を傾げながら口を開く
「新しい装備ってことは違う地域の討伐にでも行くの?それに蹄もその量なら治癒のハイポーションが作れちゃうわ」
単純な疑問を口にしたメルフィをチラリと見て荷物をしまい終わった男が今度は口を開く
「あぁそうなんだよ。これから隣国付近の境界にある森に新しく見付かった洞窟の探索依頼を受けに行くんだ。あの森は隣国と近いことでたまにここいらじゃ見かけない魔物が出たって目撃情報も多数出ているし、そこにできた新しい洞窟だろ?用心に越したことはないだろうと思ってな」
そう言うと男はよいしょと立ち上がる
「ま、探索系の依頼だからここにはしばらくこれないだろうなぁ...依頼料たんまり貰えるらしいし依頼が終わったら俺の好物の牛魔のチーズでも買いに来るよ」
そういってニカッと笑った男はそろそろ店を出るようだ
「そう、じゃあ気を付けて行ってらっしゃい。おいしいチーズもその依頼が終わる頃には沢山できてるだろうし無くなりそうならこっそり取り置きしとくね」
にっこり笑うメルフィに嬉しそうに笑い手を振って男は店を後にした。
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牛魔のミルクを絞ったあとは樽に入れ液体のままと加工用に別けられる。そして加工用のミルクはチーズやヨーグルトになるのだ。しかしこれらは時間がかかるため作る曜日は決まっていて毎日全てを作るわけではない。それに加え牛魔の手入れや蹄の採取、加工につかう材料の買い出しや自分や牛魔が怪我や病気になったときに使う薬用の薬草の採取などやることは山のようにある。
そして今日は蹄の採取の日なので専用の削りナイフと削った蹄を入れるかごをもって牛魔の元へ向かった。
牛魔舎につき彼女の何倍もある牛魔用の大きな扉の横にある小さな小さな彼女用に作られた扉を開けて彼女は声をかける。
「まる~蹄貰いに来たよ~」
そんな彼女の声に尻尾をゆったりとゆらして答える牛魔が彼女がまると呼んだ牛魔だ。そしてそこに鳴き声がもうひとつ
「ぶもぉぉ」
「お、今日はくろも起きてるのねじゃあくろの蹄も一緒に貰ってもいい?」
「ぶもぉぉ」
この良くなく牛魔はくろと言い、先ほどまると呼ばれた牛魔の番である。ちなみに性別はくろが女の子、まるが男の子だ。牛魔は総じて黒いのだがくろ一等綺麗な黒いらをしているためメルフィはくろと呼んでいる。ちなみにまるは他の牛魔に比べて何処と無く丸い気がするのでまると呼んでいる。お察しの通りメルフィの親にはネーミングセンスがなかった。メルフィという名前も大昔に使われていた言葉でかわいいを指すらしい。ちびとかじゃなくて本当に良かったとメルフィは名前の由来を聞いたとき心底思った。
「はーいじゃあちゃちゃっとやるからね~」
そういうとメルフィは自分の顔ほどもあるのではないかという蹄を怖がることなく触り持ち上げ蹄を削る。その間もメルフィは牛魔たちに話しかける
「さっき来てた人が言ってたんだけど新しい洞窟が発見されたんだって」
くろはまるでウンウンというようにぶもぶもなきまるはじっとその横でメルフィを見ながら話に耳を傾けていた。この子たちは人一倍頭がいいのかなんとなく言葉がわかるみたいなのだと小さい頃に気づいてからメルフィはよく牛魔たちに話しかけていた。
「もしかしたら他にも色々見付かるかもねぇそしたらここの集落って通り道だし少し騒がしくなるかもね」
にこりと笑ってメルフィは削り終わった蹄を丁寧に容器に入れる。
それを二頭分終わらせると今度は牛魔用の扉をその小さな身体で軽々と開いて見せる。そして大きな牛魔物は大きな扉からそとに出て柵の内側でのんびりと寛ぎだした。
「今日は天気もいいしお昼寝日和だね。また後で戻ってくるからそれまで扉は開けとくね」
メルフィはそう声をかけてから残りの仕事を終わらせに走った。
たまに来るこの衝動が続けばお話が続きます。