川端由香里はやべー奴3
ふーっと深呼吸し菜々子は話し始める。
「あのね、確かに由香里の言うように石川くんを見ていたのは本当だよ。ごめんね・・・。」
菜々子は謝罪の言葉を口にした。
「別に練習の邪魔になっていた訳でもないし、謝る事じゃない。」
勿論これは本音だ。まさか新太の言うように本当に自分を見ていたとは思わなかったが。
「私ね、少し歳の離れたお兄ちゃんがいるんだ。今はもうやめてるんだけど、お兄ちゃんは小学四年生から中学三年生まで野球をやってたの。」
菜々子の野球好きは兄の影響であった。話しぶりから察するに兄との関係も良好そうである。
「お兄ちゃんは自分から野球を始めたんじゃなくて両親・・・特にお父さんの言いなりで始めたから野球をやり始めた当初こそ練習を嫌がっていた。けど段々と野球の魅力に取り込まれていって、本格的に投手をやり始めて、小学校を卒業する頃には本気でプロ野球選手を志すようになっていたの。」
広大は菜々子の話を黙って聞いていた。先程から菜々子のことをからかってばかりいた由香里もその辺は弁えているのか、ずっと黙っている。
「小学生時代はチーム内ではエースだったけど他チームのエースと比べてもそう目立った存在ではなかった。でも、あるシニアリーグの強豪チームはお兄ちゃんをスカウトしたの。」
「それはお兄ちゃんがまだ本格的に成長期が来ていなかったことと、投球フォームに改善点が多かったことが大きな理由。」
ここで広大が口を挟む。
「なるほどな。投球フォームに改善点が多くてまだ成長期が来ていないにも関わらず他チームのエースと遜色ない球を投げていたってことは・・・。」
「そういうこと。中学に上がってスカウトされた強豪チームに入ったお兄ちゃんは指導者の見立て通り
体が大きくなるにつれ凄まじいスピードで実力を伸ばしていった。それは甲子園の常連校の耳にも入ることになる。」
しかし、この辺りから菜々子の表情は次第に曇りはじめていった。
「お兄ちゃんも私もこの時はプロ野球選手になれるんじゃないかと期待に胸膨らませていたんだよ。
でもね・・・。」
菜々子の表情はさらにみるみる曇り、目には涙を浮かべている。
「お兄ちゃんはシニアの引退試合を待たずに野球をやめちゃったの。それはお父さんの・・・。」
続きを言いかけたところで、菜々子の目から涙が一滴、二滴とこぼれた。菜々子は急いでそれ以上涙が溢れないように制服の袖で涙を拭い切ると、
「ごめんね・・・。これ以上は・・・もう話せないよ。」
「いや、いい。言いたくないことの一つや二つ、誰にだってある。」
ふと、由香里に目をやると信じられないといった感じで目を見開き、今まで一切として表情が変わらなかった彼女の顔が少し強張っている。
「本当にごめんね。・・・あれ、そもそも何でこんな話になっていたんだっけ。何で私は今日初めて話した男の子に泣いてるところを見られないといけなかったの?」
話が振り出しに戻ってしまい、広大は呆気に取られ由香里も今までの真顔に戻る。
「菜々子ちゃん。野球部の練習で石川くんを見ていた話ですよ。その程度の記憶力でよく定期試験で人並みの点数が取れるものです。逆に感心します。」
「うるさいなあ!!元はと言えば由香里が私を焚きつけたのが原因じゃん!!」
「私は別に過去の出来事まで赤裸々に話せとは言ってないですよ。菜々子ちゃんがアホなだけです。」
広大はこの点については由香里に同意している。
「それで、結局のところどうなんです。」
「石川くんの投球フォームがお兄ちゃんにとても似ていたの。フォームだけじゃなくボールのスピードもね。本当にそれだけ。」
「何か釈然としませんね。」
「本当にそれだけなんだって。ただ、お兄ちゃんが投げているような感じで、本当に懐かしくて。石川くん、今までごめんね。でも、これからは野球部の練習は見ないようにするよ。こんなこと話された上でまた見られてたら流石に迷惑でしょ?」
キーンコーンカーン。
「あ。」「あ。」「あ。」
授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると同時に三人はほぼ同時に声をあげた。
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