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近場千花は怪異に気づけない  作者: 高崎まさき
3.後編 近場千花は夢を見たくない
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エピローグ2 何となく、目をそらした

 叶大君は時折まるで私と二人きりでどこかに引きこもっていたいんじゃないかって感情を私にぶつけてくる。

 正確には一緒にいる時に“何となく”わかる。それが喫茶店でジュースを飲んでいる時だったり、叶大君の家でゲームをやってる時だったり、法則性はない。

 こんなことを言うのは失礼だから黙ってるけど、叶大君は過去にたくさん辛いことがあった。だから人より信じられる存在が少なくて、傷つきやすいからだとは推測しているんだけども。

 冷房の効いた叶大君の部屋でごろごろと転がる。寝室という名の私室に何年も入り浸っているから気にしなかったけれど、彼氏の家でこうも無防備なのは他人がやっていたら「危ない!」って言うかもしれない。

 ちゃんと恋人らしいことをする時はお互いに同意の上と決めていたし、叶大君を信用しているから私達は問題はない。正常性バイアスでもなく信頼関係だと、受け入れている。

 もっとも私達は手を繋いだりたまにハグするくらいで、キスすらしたことがないんだけどね。「しないの?」と前に聞いたら「俺達のペースでゆっくり進みたい」と言われたからそうしている。……どこかでずっと二人きりでいたいくせに、叶大君は私に対して臆病だ。でもそんな叶大君と一緒にいたいので待とうと思う。

 がちゃりと扉が開いて叶大君が部屋に入ってくる。寝っ転がっている私の脇腹をつま先で突っつきながら「お前なぁ」と呆れた声を出した。

「人様の家でそこまで寛ぐな」

「今更?」

「お菓子いらないのか」

「いります!」

 がばりと起き上がり、組み立て式のローテーブルの上にお菓子と紅茶のカップが置かれる。近くのスーパーの三割引きのロールケーキに期間限定のレモン味のクッキーだった。

「いただきます」

「いただきます」

 同時に口にして、まずはロールケーキを手掴みでいく。生クリームとスポンジが一緒に入ってきて口の中で混ざって美味しい。端に置いてあるウェットティッシュで手を拭いて、皿の上に食べかけのロールケーキを置いた。

「なんかさ、ちょっとお高いケーキも美味しいけど」

「ああ」

「このシンプルな味が一番落ち着くかもしれない。ここでロールケーキ齧って紅茶飲んでると最高にホッとするというか」

「まあ、昔から食ってるからな。これ」

「小学校からかぁ。そう考えると付き合い長いよね、ロールケーキとも私達も」

 ほんの少し頬を赤くした叶大君が大きな口を開けて二口でロールケーキを食べ終わる。あんなに美味しいものを一気に頬張れるなんて羨ましいと頬杖をついて見つめていた。

 小学五年生で何故か校門の前に一緒に倒れていた叶大君と出会って、私達は遊ぶようになった。当時叶大君はいじめを受けていて、私はそれが許せなかった。だから何とかしようとしたけど、叶大君は首を横に振った。

「千花と一緒に遊べるならそれでいいよ」

 心の奥の怒りの炎を何とか鎮めつつ、私が暴走しても仕方ないと叶大君自身の要望に従った。叶大君はちょっと斜に構えるところがあったけれど、一緒に走り回るのもゲームするのもアニメ見るのも本当に楽しかった。

 ところが、だった。

 小学校六年生の頃だったと思う。叶大君が私に向ける感情が段々と変わってきたのだ。私のことを大切にしてくれている、友達として大好きだと思ってくれている。その気持ちは変わっていないのに、何故か怒っているような表情が増えた。笑っているのに時々冷たい視線を私に向けてきていた。

 意味がわからなかった。私のことが嫌いになったんだったら、悲しいけど仕方ないと思う。けど、大好きなのに一緒に大嫌いの気持ちも持ってるって何となくわかってしまったのだ。

 愛憎なんて言葉があると受験勉強で知ったけど、叶大君が私に抱いている感情は正にそれだった。

 日に日にその感情は強くなっていく。特に大嫌いの方が憎いとかもっと重くて苦しいのに変化しているのに、大好きが全く減らない。クラスメイトや先生に抱いている嫌悪の感情よりも私に抱いている恨みの方が大きくなった。だから離れていくのかなと思ったら、「千花、千花」と私に微笑みかける。いじめのことがあったから、私しか話せる人がいないからとも考えたけれど、どうやらそうでもないみたい。相変わらず互いに遊べる時は放課後に私の家に来て私の隣で肩をくっつけてアニメを一緒に見ていたりする。

 お父さんとお母さんにも相談できない。だってもし相談したら叶大君と遊べなくなってしまう気がした。小学五年生の時に一部分だけ記憶喪失になってから二人は前より過保護になった。心配をかけたくないし、正直申し訳ないけどうっとおしい気持ちもあった。……思春期特有の反抗期に差し掛かっていたんだと思う。

 どうしようと迷って、私は“気づいていない振りを選んだ”。反抗期なのに昔お父さんが言ってたとおりにして、辛いから叶大君の“私を恨んでいる気持ち”からだけ逃げることにしたのだ。大好きだけを見ていれば、ずっと一緒に遊んでいられた。

 叶大君の側にいて私がたまに根拠は提示できない“何となく”の話をしても、変な顔も悲しい顔もせず受け入れてくれるのが好きだった。それに私の本当は怒りっぽい姿を見たり本音を打ち明けても、悲しそうな顔をしつつ何だか幸せそうにしてくれるのが好きだった。優しくなんかない私を「優しい」と慰めてくれるのが好きだった。ずっと友達でいたかったから、気づいていない振りをした。

 二度目の変化は中学一年生の時だ。叶大君のお母さんが亡くなった。悲しみもあったけれど何よりも呆然としていたのを覚えている。そして葬儀を終えた叶大君が日常生活に戻ってきてすぐに私は猛烈な違和感に襲われた。

 叶大君が私に向ける感情から恨みが消えていた。代わりに大好きの一部分が“私ではない何か”に向けられていた。

 お母さんが突然事故死したんだ。更にお父さんが心身共に深い傷を負って離れて暮らすようになった。叶大君の生活は急激に変化し、だから心の中でも大きな動きがあったに違いない。傷を負った心の症状なら、私にできることがあれば何でもしたかった。

「千花」

 名前を呼ばれ、「心配ない。意外に落ち着いているんだ」と疲れた顔で微笑まれる。

「千花、ありがとうな」

 引っ越ししたばかりの部屋の中央で、叶大君が泣きそうな顔で笑っている。一緒にいたかったから、私はそんな叶大君の隣に座ってしばらくお互いに無言でいた。

 私に感謝してくれている。でもどこか別の何かにも向いていた。千花と呼ぶのに私じゃない。困惑を隠しながら、天井を見上げていた。

 両親の喪失に関する専門的なケアは受けた後だと聞いた。というか私の“何となく”以外は叶大君は悲しみを乗り越えて元気に振舞っていた。

 元気になってきた叶大君に水を差したくない。時間が解決することもある。両親を実質失った“傷”を更に広げるような真似をしたくない。お父さんの言うとおり悲しかったから。お母さんの言うとおり決めつけはよくないから。そう言い訳をして、私はまた“逃げた”。

 私じゃない何かに心の一部分が向いていても、私を大切にしてくれているのは事実だった。だからまた“気づかない振り”をして私達は大切な友達で幼馴染の関係を続けた。

 後悔したのは叶大君のお父さんの葬儀の日だった。


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