5-4 何よりも恐ろしいのは
無茶をするなと散々警告した俺の彼女は今日も元気に無茶をして、俺の隣を駅に向かって歩いている。
「人が一番、怖いか」
「叶大君、何のこと?」
「無茶する人間が一番怖いって言ったんだ」
「……反省はしてるよ」
千花がしおらしく肩を落とすが、さすがにフォローを入れることはできない。
念のためと俺にファミレス内の別席で待機依頼をしたことは褒められるが、肩を掴まれたのだ。あのまま殴られでもしたら……と思うだけで血の気が引き、あの男に殺意と憎悪が沸く。握りしめた拳を見て千花がギョッとして「ごめん」と呟いた。
「もうあの男には会わないんだろう」
「そりゃあ勿論。もうきっとあの被害者の女の人に会うこともないよ」
「色んな人の助けを借りられるよう、準備してきたから大丈夫って言ってたし」と千花が日傘をのけて微笑む。先ほど被害者の女性と人事部の人間とファミレスを出たところで会い、最後に情報共有をした。既に被害者と人事部は協力関係にあり、これから針川を人事部に連行するのだとか。純粋にそこについてホッとする情くらい俺にも残っている。もう千花があの会社と関わらなくていい安堵の方が格段に大きいが。
人が疎らなため、二人して並んで歩いていた。日傘を差しているせいか、上手く傾けないと互いの顔は見えない。
「まあ、あとはあの人次第だし俺達からしたら一件落着」
「でしょう?」
「なわけあるか。とりあえずこの後、パフェ食って俺の家行くぞ」
「え? 説教?」
「……おじさんとおばさんにチクられないだけマシと思え」
「うげぇ」と何処から出してるのかわからない声を千花が上げる。お互いに汗をかきながら真っ直ぐ進み、電車へと乗り込んだ。冷気が全身を包む。ふうう、と小さく声を上げてしまった。
「パフェの予約には間に合いそうだねぇ」
平日だからかちょうど車両には俺達以外には誰も乗っていなかった。適当な席に並んで座る。腕がくっついて、熱が伝わる。あんなに暑くてげんなりしてたのに、こいつから伝わる熱は心地よかった。
破裂音がして、光の粒子が舞う。線路上にいた怪異が一体、千花の“体質”で吹き飛んだらしい。あのファミレスの通りにも獲物を狙い徘徊している怪異が三体ほどやってきていて、千花の姿を見て逃げようとしていた途端、爆発していた。
これから先、矢野尾や針川という男はこれから先思いっ切り怪異に狙われる可能性があるな、とそんな考えが過ぎる。あれだけ他人を理不尽に虐げる奴は本質が怪異に近い。怪異は同族を好み、その上で本当の恐ろしさを刻み込んでやろうとするからだ。別にあいつらが怪異の餌食となって命を落としてもどうでもいいが。それよりも。
「お前、前から言ってるが碌でもない男にモテてるの自覚した方がいいぞ」
「叶大君、それ贔屓目ってやつだよ。私に恋愛感情を向けるの、叶大君くらいだよ。というかその理屈だと叶大君もロクデナシになっちゃうよ」
否定はできない、が今はそれどころじゃない。
「針川だっけ? あいつがどんな目でお前を見てたか気づかないのか」
「どんな目って……最後怯えてたけど」
「怯えてたぁ?」
「今回のことで“矢野尾の馬鹿も針川の野郎”も追い詰めたでしょ? そんなに人に怒れるのが怖いらしいよ。私からすればあんなに嫌味をポンポン口から垂れ流していつか報いを受けないと思ってた方が馬鹿過ぎて怖いよ」
「……直すんじゃなかったのか」
そういう苛烈な性格は。何日も追い詰めるために「リーダー! 針川さん!」なんて明るく笑っていたらしいから呆れてしまう。その苛烈さにかつて救われた身だか、危ない目に遭ったんだ。そこは本気で反省してもらわねぇと。
かつて憎悪から怪異を喰らいつくし、問答無用で怪異を爆発させる“体質”を手に入れた近場千花は、その記憶を失っても理不尽を許さない苛烈さはその身に宿していた。時折、今回のように顔を出す。それが周囲から見れば“過剰な怒り”に見える自覚があるので、直すと言い普段は穏やかに振舞っているが、俺の前では本音を漏らす。要は記憶を失っても“あの時から変わらず”に俺の隣にいた。
「まあ、俺は怒れる奴、好きだがな」
「やった! じゃあ説教はなしで」
「好きだが、良いとは言っていない。肩掴まれといて、もっと自分を大切にしろ」
眉を下げた千花が不貞腐れて、だが反省の色を見せた顔で俺の腕をポンポンと叩いた。説教すると言いつつ困ってるのは、千花はそのあたりの線引きも上手い人間な事実だった。今日俺を呼んだように、こう見えて危機管理はできていて、だから肩を掴まれる程度で済んではいるのだ。それでも十分に危険なんだがな。
だが、きっと千花は上手くやってしまう。そういう人間だった。だからこれは俺のエゴが含まれる。その苛烈さが俺との別れを導くものであるから、封印していてほしかった。
俺はずっと夢を見ていたい。お前の恋人という立場で世界を見ていたい。
停車駅でドアが開いた途端、電車に乗り込もうと待ち構えていた怪異がまた爆発する。千花は全く気づかずに光に包まれ、電車は発車していく。
「まあ、次はもっと穏やかなバイトを探そうと思うよ」
「……やっぱり俺のバイト先で一緒に働かないか」
「他の店員さんのこと考えようよ。バイトの子が恋人連れてきて一緒に働き出したら気まず過ぎるでしょ」
怪異と一緒に乗ってきて斜め前に座った男がこちらを見て、うんうんと頷いた。入ってくるな会話によ。
「店長はいいって言ってたがな」
「店長に言ったの!?」
俺の腕を叩く速度が上がり、目を丸くした。
「これでも真面目に働いてんだ。『遠出君の彼女なら』って信頼はあるぜ」
「叶大君、ちょっと引く」
じろりと見上げられ、俺は声を上げて笑った。こういう容赦のなさならいくらでも歓迎する。
電車がまた停まり、斜め前の男が下りていく。そしてパフェ屋がある駅に着き俺達も下車した。
熱気に襲われげんなりと溜め息を千花と同時について、笑い合う。スマートフォンの画面を駅構内の地図の前で開いて、千花が東口を指差した。
「楽しみだねぇパフェ」
「お前でもファミレスでパンケーキ食ってただろ」
「しっかりお話ししたかったから控えめで。だからパフェ以外に」
満面の笑みを俺に向けて、何故か胸を張っていった。
「カレードリアも美味しい店なんでしょ? そっちも頼む!」
「言うと思ってたぜ」
「予定よりは少なくなっちゃったけど、がっつり稼いだからね。夏はこれからだよ!」
「ああ!」
ひと先ずは大学初の夏休みをこいつと楽しみたい。自然に掴んだ手を握り返して、俺は千花の背中を追った。




