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近場千花は怪異に気づけない  作者: 高崎まさき
3.後編 近場千花は夢を見たくない
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5-1 一週間後

 近場さんはバイトをクビになった。

 正確には“予定より早く打ち切りにせざるを得なかった”が正しい。あの後、出張所に人事部から何人か社員がやってきて、僕達はそれぞれ別室で事情聴取を受けた。そして近場さんにとってバイト七日目、八日目になるはずだった日は休みになり、予約については他の出張所が何とか頑張ってくれたらしい。

 九日目となるはずだった日は一時的に本社の社員が二人派遣されてきて、近場さんの実質のクビを知った。その後管理職一人、僕と同年代の社員二人と少なくとも十月の異動シーズンまでは今の出張所を回す決定が下った。最初の仕事は全員で向かいの机二つを中心に掃除することで、そこで今までの労働環境が衛生面でも劣悪だった事実を突きつけられた。

 矢野尾リーダーは、即座に降格処分となった。本社の人事課の目が行き届く場所でしばらく平社員として仕事をさせ、最終的には地方に飛ばす予定だと同期から情報が流れてきた。

 本当はもっと追い詰めたい。けれど、会社の醜聞が外部に漏れることを恐れた人事部から次の異動で本社に戻してもらうことを条件にその要求を受け入れることとした。一応、この会社でまだ働く予定なので大事にしたくなかったのもある。とにかく僕はパワハラから解放され、思わぬ出世への道が開けた。久々に酒を煽って実家に連絡したのは言うまでもない。

 八月。夏の暑さは落ち着くどころか激しくなり、コンクリートのビル街を灼熱地獄へと変える。うちの会社はお盆休みがない。代わりに一週間、好きな時に休みをもらえる方式でだから里帰りは先になりそうだった。

「お昼休憩行ってきまーす」

 はーい、と新しく来た後輩が笑顔で手を振ってくれる。新リーダーも含めて僕のこれまでの境遇を知っているためか、皆大切に労わってくれていた。悪くない人生だ、とそんな言葉がふと浮かぶ。足取り軽く階段を下りて、コンビニへ向かおうと灼熱地獄へと飛び出した時だった。

「針川さん」

 太陽の眩しさに目を閉じていれば忘れられない声が左側からする。ゆっくりと目を開いて身体ごとそちらに向けば水色の日傘をさした近場さんがそこに立っていた。

「近場さん!」

 白のブラウスに紺色のパンツと初日と同じ格好をしている。女の子の平均より高い身長と日傘が似合っていてそこだけ切り取られたようだった。

 人事部の人間がやってきて事情聴取が始まって解放された時にはもう、彼女はいなかった。何処へ、と質問すれば「もう帰した」とだけ伝えられていた。

 礼を言いたかった。連絡先を交換したかった。もっと色んな話をして、色んな場所に行きたかった。

 途絶えてしまった夢が目の前にある。駆け寄れば相変わらずニコニコと笑っていた。

「どうしたの。わざわざ来てくれて。その……良い思い出がある場所ではないだろうに」

 だから僕はもう近場さんに会うのを諦めていた。ひと夏の奇跡だと胸の奥に刻んで生きていこうと決めていたのに。

 ツキが回ってきている。ごくりと唾を飲む。これから先に進むには、謝罪しなければならないことだってある。けど、プライドを捨てて頭を地面に擦りつけてでも彼女と一緒にいたいのだ。

 熱風が吹く。必要なくなったスーツを脱ぎ捨てシャツ一枚なのにぼたぼたと汗が落ちる。日傘を差している近場さんの表情が見えにくい。もっと見たいと思っていれば傘をそっと閉じてくれた。

「あれからどうなったかは確認したくて来ちゃいました。今、お昼休憩ですよね。よければ前のファミレスで。あ! 今回はちゃんと個別会計にしましょう」

 ビルを指差して、近場さんが笑う。日差しが近場さんと僕の未来を祝福する。

 楽しい昼休みになりそうだと、清楚なブラウスの胸の膨らみをそっと見てしまった。


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