2-2 X回目(後編)
「再度確認。お腹冷えそうだからミニスカは嫌だけど、丈の希望は?」
「長い方がいい」
「うんうん。じゃあやっぱりロングスカートに絞って探そうか」
試着コーナーから出れば遠くに例のカップルがいた。チカがハンガーラックから二つスカートを取り、両手に持つ。どちらも白いことだけはわかった。
「種類……形状と言えばいいのかな? とにかくふわふわしたものって希望だけど他にある? 例えばさっき喫茶店で見せてくれたのはフレアスカートって呼ばれるものだけど、プリーツはあり? ティアードスカートとかも個人的には可愛いと思うけど……友達が前に履いてたレイヤードスカートも良かった」
「知らないカタカナを並べないでくれ。プリーツはあの段々になってる制服のスカートみたいなやつでいいんだよな? ティ、ティアー……」
「ティアードはこれみたいに途中で区切られてるやつ。途中までストンと落ちててキュッと縫い目があってそこから裾だけヒラヒラしてるでしょ」
「ああ。じゃあレイヤードってのは……」
面倒なファッション用語解説が始まって“生徒”でもない俺もげんなりとした気持ちに包まれた。どうでもいいだろう、そんなもの。ダークブルーのシャツを試着後、うっかり足を滑らせて転んだ時に駆け寄ってきてくれた優しさは評価に値するが理屈っぽい女は嫌いだった。
九分丈の方を返そうと籠を振って歩く。途中、同じく俺が転んだ時に駆け寄って来てくれた店員の後ろ姿を見つけた。
するとスマートフォンがまたジーンズの中で震える。敦也の情けない顔が過ぎったが仕方なく手にする。画面に表示された別の名前に安堵と苛立ちを混ぜた溜め息を漏らしつつ、通話ボタンをスライドした。
「もしもし。何度目だよ。忙しいから夜にしてくれないか」
「勝手に決めないで。私はまだ話したいことがあるわ」
甲高い耳障りな音がスピーカーモードになってるんじゃないかと云わんばかりに響いた。
「来週は予定が合わないって言っただろ」
「来週じゃなくとも今話せるでしょ。それに予定のことじゃない」
「出先。買い物中だ。切るぞ」
「勝尾君。私は別に前に会ったことだけを言いたいんじゃないの。そもそも昔からずっと」
「昔のことをネチネチと言うな。記憶ってのは主観で歪むんだから客観的じゃない。お前のバイアスがかかっているかわからない“嘘”について議論して何になるんだ」
遠くで「プリーツは今回はなし。ティアードとレイヤードは候補で」と通話の声よりかは低めの女の楽しげな声がした。順風満帆なカップル。それだけで俺の神経を逆撫でした。
「嘘? たしかにあなたは嘘塗れよね。それに嘘じゃない証拠だって」
プツリと切電ボタンを押し、ついでに通知の振動もオフにした。
煩い、煩い。周囲に人がいないのを確認し、頭を掻き毟る。爪が頭皮に食い込み、湿った感触がした。
指を見れば爪の中が赤くなっていた。何であんな奴の電話が原因で怪我を負わなければならないのか。
敦也に先程の電話。ストレスの原因は明らかで胃が熱を持っている感覚が生まれる。その熱が身体中に広がっていくのがわかり、いつもどおり自然に足が試着室に向いていた。
迷彩柄のウインドブレーカーは後でいい。他のシャツを探している時にも何度も電話がかかってきて、その度に足を運んでいたものだ。
都合よく誰もいない半個室へ入る。あたりは静寂に包まれていて、神秘的ですらあった。いつものとおり真ん中の鏡に向かっていけば今度は灰色のチュニックがハンガーにかけられていた。
「はああああ……」
水が滴っているそれに口づけで強く吸い付く。錆びた匂いの水で喉を潤せば、苛立ちだとか焦燥感といった感情が全て失せていった。
気持ちいい。落ち着く。美しい。
吸い付いた痕がついたそれをなぞって微笑みかける。これがいい。この艶めかしい服が良い。マットレスに跪いてチュニックを押し倒す。はあ、はあと荒げた息がチュニックにかかり、ぞくぞくした。
──背後からまた笑い声がしたがそれどころではなかった。