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近場千花は怪異に気づけない  作者: 高崎まさき
3.後編 近場千花は夢を見たくない
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3-2 ランチを二人で

 オフィスから外に出て通りを挟んで目の前に僕も近場さんも昼飯を購入するコンビニがある。そしてその左隣の隣。一階に牛丼屋とカフェチェーン店。三階にステーキ屋。四階にアジアンレストラン。五階にランチもやっている居酒屋が入っているビルがあった。

 僕達はその二階。有名なファミレスチェーン店で向き合って座っている。「すみません、ありがとうございます。ご馳走様です」と定番の社交辞令を吐き出す近場さんは一応礼儀というものはわきまえているようで、安過ぎず高過ぎずの僕の顔を立てるようなランチセットを指差した。正直、何でもいい僕も同じものを選びタブレットに入力する。交互にドリンクバーへ向かい、僕はメロンソーダ、近場さんはジンジャーエールを選択した。

「暑いですよねぇ。日差し強くてびっくりしました」

 夏って常に周囲を睨みつけるような顔で外歩くことになりません? と心底どうでもいい話題を近場さんが振ってくる。適当に相槌を打って、近場さんがまたニコニコと話しかけてくる。正直に言えば無言も気まずかったのでありがたくはあった。だが何も利益が発生しない会話は、胸の奥が痛み臍のあたりから苛立ちで身体が熱くなってくる。ペーパータオルで額の汗を拭き、勢いよくメロンソーダを流し込んだ。

「リーダーが初日に言ってましたけど、外出る時もスーツ着てるんですねぇ」

「最近はサマースーツっていって夏用のが高性能だからね。プールサイドで水着だけでいるよりラッシュガードを着た方が日光を防いでくれる分涼しかったりするだろ?」

 そんな呑気な理由じゃないが、言えやしなかった。そういう不毛な繰り返しを数回交わしていればウエイトレスが料理を運んで僕達の前に置いた。

 「いただきます」と近場さんが手を合わせる。そのきちんとしたマナーが鼻についた。

「仕事で困っていること、ある?」

 さすがに一つくらいは僕から話を振るべきか。本当はあれから毎日続けている“昼休憩時の更衣室での洗礼”について質問したかったが、躊躇ってしまった。体裁という義務感から無難な会話を選択すれば、日替わりランチパスタをくるくるとフォークに器用に巻きつけていた近場さんが顔を上げた。

「あと四日だけどさ。せっかくバイトに来てくれたんだから快適に過ごしてほしいんだ。何か要望があれば言ってくれると嬉しい」

「うーん。そうですね」

「要望がなければ第三者からの意見かな。ほら、いつも二人きりの職場だからさ。中々気づけないことが多くて」

 近場さんが悩んでいる間に僕も日替わりランチパスタを口へ運ぶ。白いクリームソースのまろやかな味が口で広がっていく。真夏にはしつこ過ぎるだろうと思ったが、冷房のきいた部屋で食べるなら問題ない。添え物程度に載せてあったフレーク状の鮭とも合って値段の割には美味しいと思えた。

「困っていることでも意見でもないんですけど」

「お、何々」

 あるのかよ。そこは「何もないです! ありがとうございます!」っていつもの呑気な一言を返してほしかったんだけど。本心を隠してまたメロンソーダを口に運べば、炭酸が弾けて唇をくすぐった。

「質問……になりますね。針川さんとリーダーってずっと一緒にお仕事されてるんですか」

 フフッと笑ったせいで白いソースが皿の端に飛ぶ。随分と無難な質問を。

「今年で三年目だなぁ。近場さんも知っているかもしれないけど、あのオフィスは本社の出張所みたいなもので。同時に本社から出向という名前の異動をしてきたんだ」

「色んな会社で使われているシステムを依頼を受けて作成して、管理もしているんですよね」

「そうそう。保守契約っていうのを結んでね、近場さんに電話番してもらっている間も色々対応してるんだ。特にあの八店舗の予約システムは二人でやってるね。開発は本社業務だから本社に異動になったらそっちもやるかもしれないけど」

 そうなんですねぇ、とジンジャーエールを口にしながらきらきらと輝かせた目を向けてくる。

「二人でやるの大変じゃないですか」

「会社ってね。一番やっちゃいけないのは人件費の削減なんだよ。でも人事は馬鹿だからやっちゃうんだ」

「……つまり大変だけど、二人でずっと三年間も?」

「ううん。机の数を見てもらえればわかるけど、最初の年はリーダー含めて五人体制だったんだよ。それが最初の異動でいきなり二人削られて、その後も異動やら何やらで減って半年前くらいに二人に。さすがに二人でずっとは難しいから今みたいな繁忙期はバイトの子を雇っているんだけど」

「何やらで……色々ありますもんね」

 近場さんが「ううん」と唸って視線を残り少ないパスタに向けて何やら考え込んでいた。僕は蕎麦みたいにズズ……とパスタを啜って飲み込んでいく。白いソースが今度は机に飛んだ。

「あれ? でもバイトの子って」

「短期なのが不思議なんでしょ。理由は二つ。一つはさっきの人件費問題があるから長期では本社が雇わせてくれないんだよ。『もう君のチームは必要人数が配属されている』ってね。もう一つは近場さん自身がわかってる気がするけど、仕事がキツいでしょう。室内で事務作業だと聞いて軽い気持ちでやってきて、ミスを連発して僕達に注意されて更にお客さんから怒鳴られてバックレちゃうんだ。だから何も知らない本社から見れば“雇っても意味がない”となる。だから短期しか予算……という名のお給料がでないんだ」

「……大変なんですね。お疲れ様です」

 しみじみと近場さんが眉を下げた。そうだ、バックレられない社会人はお前達の尻拭いもやらされるんだ。

 僕が鼻を鳴らすと近場さんがもう一度「お疲れ様です」と漏らす。いい気味だと上機嫌に最後の一口を啜れば、それを待っていたかのように近場さんが「あ」と呟いた。

「どうしたの」

「もう一つ質問いいですか」

 仕方がない。頷けば炭酸のゲップが飛び出した。

「あの……逆に、逆になんですけど。──何か“言いたいこととか困っていること”は、ありますか」

 は?

 甘い口内から味覚が一瞬消失して、カランと手をすり抜けたフォークが皿へ落ちた。

 周囲の騒めきはそんな音を気にせずに依然思い思いに客が話に花を咲かせている。ここは僕達だけでなく近くの会社員達が食事にしに来るため、昼時はまるで金曜日の居酒屋のように騒がしく、隣の席の会話なんて全く聞き取れないくらいだ。

 そんな中、近場さんはじっと僕の瞳に焦点を合わせている。表情は切実で、どこか暗かった。

 無意識にペーパータオルで顔の輪郭を拭く。なのに寒い。冷房が酷く効いている気がした。

 心の中を覗かれている──一言で表せばそんな感覚に僕は襲われていた。この世の影なんて見たこともないような能天気さも中身のない明るさも今の近場さんからは感じ取れない。

 脳の奥でまた誰かが叫んでいた。この三年間が走馬灯のように脳内で回っていく。

 パワハラ。その単語が膨らんで脳を圧迫していた。僕を叱責する声が響く。被害者の僕が、どうして。

 近場さんは気づいていない。純粋無垢という名の無知と鈍感さでリーダーに取り入ってへらへら笑いながらバイト生活を送っているだけだ。僕の“攻撃”も届いていなく、職場の先輩として敬っているだけだ。でも今だけは全部見透かされているような想像が、何故か頭から離れない。

 僕の三年間。僕が受けた仕打ち。本当は。

 息苦しさから机の端で汗をかいていた水のグラスを一気飲みする。近場さんが驚いたのか肩を跳ねさせていた。

「特にないかな」

 吐き出した言葉は理想どおりだった。

「たしかに毎日大変なんだけど、でもこの生活はいつかは報われるんだ」

 そろそろ席を立ちレジに向かわなければならない時間だった。二セットの空の皿とコップも僕達の帰宅を促している。

「報われる?」

「うちの会社はね、出向から本社に戻った人間は外で経験を積んだとして、出世の道が用意されているんだよ」

「針川さんもリーダーも」

「そう。いつかは戻って大企業相手に取引をしてシステムを開発してやるのさ」

 だから耐えている。あの現状を、何とか。

 近場さんが何か口を動かしていた気がする。けれど、騒めきに飲み込まれ僕は注文タブレットの会計ボタンをタップした。


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