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近場千花は怪異に気づけない  作者: 高崎まさき
3.前編 遠出叶大は夢から覚めたくない
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3-23 変わらぬ日常を願う

 中高一貫校に通っているお陰で、その後二年半ほどは穏やかに過ごしていた。

 夏休み明けに待っていたのは“母親が事故死し、共に事故に遭った父親も心神喪失状態で入院生活となった哀れな子”に対する同情だったが、近場家以外の人間からはやがてただ在る事実として忘れ去られていった。所謂思春期かつ反抗期を迎えたクラスメイトの一部が「お前は親と一緒に暮らしてなくていいよなぁ」と不謹慎過ぎる発言をして大顰蹙を買ったどころか指導室に連れてかれて教師に絞られた事件はあったが、それ以外は特段事件はない。町中で怪異に憑りつかれ数日以内に失踪する奴、呪われ顔色が悪い奴……理不尽な怪異の餌食に遭っている奴はいたが、俺には関係のないことだった。

「体調悪いの? じゃあ早く帰ろう」

 高校生になってまだすぐの日だった。千花が心配そうに俺を見上げてくる。気がつけば俺は千花の背を追い越してしまっていた。

 電子音が鳴って、まもなく……と決まり文句のアナウンスが流れる。俺達が乗るのとは逆方向の電車が反対側の線路に到着するようだ。高校の最寄り駅は今日も混雑していて、人を避けながら俺達はホームを移動していた。あと三車両分移動すれば乗り換えが楽になる。一緒に帰る時のお決まりの行動だった。電光掲示板がいつもより輝いている。眩しくて目を逸らして千花を見下ろした。

「何でだ」

 ぶっきらぼうに聞こえただろうか。雑踏に飲まれないように少し声を張れば、すれ違ったスーツの男が振り返って首を傾げ、そして軽やかな足取りで去って行った。

「目が疲れてる。いつもより動きがもっさりしている」

「悪口か?」

「違うよ。で、体調悪いの? オンラインゲームの回線が重いキャラみたいな動きだよ」

「わかりにくい例えだな」

 プレイヤーが協力して攻略するタイプのゲームが楽しいから一緒にやろうと、今日の昼休みに誘われたのを思い出す。目をキラキラと輝かせて、武器の選び方だの操作性だのを俺に語ってきていた。

 当然、週末に買いに行く予定だ。その後俺の家で一緒に遊ぶ約束まで取りつけている。学校の連中からすれば奇妙な関係らしい。「幼馴染って本当にいるんだ」やら「“間違い”起こさないの?」やら中には失礼過ぎる質問もあり、黙って脇腹を小突いてやったこともあった。

 実際、世間の一般常識と照らし合わせれば妙で稀有な関係なのは否定できない。

 恋愛感情かは不明だが言い表すならそれが一番近いかもしれない愛憎を抱いている俺と、純粋に大切な友人兼幼馴染として接してる千花。小学五年のあの一件から二人で過ごす時間が増え、下手したら千花は両親よりも俺といる時間の方が長い可能性があるのも事実だった。

「またぼんやりしてる」

 千花が背伸びして俺の肩を叩いた。

「マジで熱あったりする? うちに泊まってく?」

「おじさんとおばさんに悪いだろ。それに熱はないし、あったとしても一人で何とかできる」

 こうやって宿泊を当たり前のように提案してくる関係は、事情を知らなければやはり異常ではある自覚はあった。

「お前な。一応高校生になったんだから、同級生の男に家に泊まってくなんて気軽に言うのは異常だって自覚は持っておけよ」

「今更じゃない? 母さんは中学の時より減ったけどアンタの分までおかずを作るの楽しみにしてるし、『千花。叶大君の家に遊びに行くならこれ持って行って』ってタッパーに大量におかずを持たされてる仲なのに」

 週末だって絶対大量にタッパーにおかず持たされるんだよ、と千花が唇を尖らせた。

「本当に感謝しているが、一部の連中は俺とお前の関係をその……良くないものと妄想してるぞ」

「“間違いを起こしそう”って話だよね? でも、全員に理解されるなんて有り得ないから無視しちゃおうよ」

 足は止めなかったが歩幅が小さくなる。俺も千花に合わせながら背を丸めてその顔をじっと見つめた。

「傷つけたらごめん。でも“色々あって”普通より一緒にいる時間も長いし境遇も付き合い方も特殊だから、何も知らない傍から見れば『ちょっと距離が近すぎじゃない?』ってなるのもわかってる。でも今更だし、叶大君が嫌じゃなければ私は今のままでいいって思ってるよ」

 俺と千花の、正確には俺と近場家の関係は母が死亡してから千花の両親が学校側に説明してくれていた。遠出君と千花は昔から友人で、小学校時代からよく遊んでいました。遠出君の御両親とも面識があります。だから今後は“家族ぐるみ”で付き合っていけたら、と。

 学校側も中学生の俺が一人暮らしするのには不安があったようで、早い話が近場家が俺の面倒を見てくれるのをありがたく受け止めていた。

 それから今までずっと千花の両親は定期的に俺を家に呼んでくれていて、一緒に食卓を囲んだのもその後に宿泊した回数も数え切れないくらいだった。俺のプライバシーを侵害しない程度にあくまで“娘の友人”として干渉と支援を行ない、一人暮らしに必要な知識を授けてくれたのも千花の両親だ。

「おじさんとおばさんには感謝してる」

「私には?」

「はいはい、してるしてる」

 今度は明確な苛立ちを込めて腕を叩かれた。ぺしん、ぺしんとブレザーから何とも言えない音がして、俺はまた眩しさからギュッと目を閉じて開いてを繰り返していた。

 千花の中で俺が他の連中とは違う特別な人間であるのはありがたかった。そして本当に千花の両親に感謝はしている。だが重篤な問題が一点ずっと俺の人生に転がっていた。

「どうしたものかね」

「えっ。もしかしてやっぱりずっと嫌だったの?」

 千花が一瞬怯えたように腕を叩いていた手を引っ込める。俺は慌てて首を横に振った。

「嫌じゃない。ただ、誤解を解くのは難しいんだなと」

「それは……そうだね。こういうの口にすると恥ずかしいけど、恋人でも家族でもなく友達なのにねぇ」

「それか幼馴染だな」

 そう。それが一番の問題ではあった。千花もおじさんもおばさんも、良い意味で俺を家族だとは思っていない。千花は言わずもがな。そしておじさんとおばさんも俺からすりゃクソ親だが二人に敬意を払い、自分の子や家族とは良い意味で扱わず、最初から今までずっと“娘の友人”として接していた。俺を大人として庇護しながらも、線引きをした付き合いをしてくれていた。

 だからこそ、将来的にはこいつと結婚をしたい俺の感情をいつ開示するかが悩みだった。

 結婚と言っても、恋をしたからではなく日本の現状を見るに一番最期まで共にいられる関係がそれであると判断しただけなのだが。

 大切な友人。それに俺は縛られている。既に唯一無二のポジションを手にしてしまったが故に崩壊させた時のリスクが大きいのを理解してしまっていた。

 長く腹から息を吐く。本当に恋をこいつにしたら何か変わるのだろうかと、妙な憶測だけが脳裏を掠めては霧散していく。

 もう一度眩しさからギュッと目を閉じて開ければ、目的の乗車口はすぐそこだった。人混みをかき分けて、乗車口前の一番後ろに千花と並んだ。

「うちに来るかは別として、今日は早く寝た方がいいよ」

「そんなに俺は疲れた顔でもしているのか」

「さっきから目をギューッと閉じて辛そうだよ。眠いのかなって」

「ああ、それなら」と言いかけて俺は口を噤んだ。眼精疲労だと適当な嘘をついて、先程の電光掲示板のちょうど下あたりに眉間に皺を寄せてから視線をやる。

 怪異の残骸。光の粒子は全て千花から伸びる光の巨人が回収し終わっていた。

 電光掲示板の下にいたスーツの女と、すれ違った男それぞれに厄介な怪異が憑りついていた。特に男の方は全身に疲労を感じるほど呪いが進んでいて、千花に爆発してもらった途端急に軽くなった身体に驚いていたようだった。

 千花は相変わらず自分の“体質”にも俺の過去にも気づかず、道行く人を襲おうと企んでいる怪異を知らず知らずのうちに爆破していた。怪異の断末魔と共に光の粒子が舞い、今も何も知らない雑踏に降り注いでいた。

 俺もこの数年で感知能力をある程度操れるようになり、普段は発動させないようにしたので日常に支障はないが、それにしても世の中には随分の怪異が悪意を持って人を襲おうとしているのだと驚愕はしている。あの時決意したように俺から誰かを助けることはしていない。していないのだが。

 電子音とアナウンス。線路がゴトゴトと揺れる音がした。

「もし席空いてたら叶大君が座ってよね」

「この混雑で席が空いてるとは思えないが」

「座席の前に立ってて前の人が下りた場合だよ。叶大君いつも私に座れって押し込むんだから」

 こんなにも怪異がいるからこそ、俺は思い出させないようにも千花とできるだけ行動を共にしていて、そのせいか俺の意思に反して他人を殆ど見捨てずにいた。俺が見捨てようにもその前に千花が爆発させてしまうので。

 はあ、と溜め息をつけば「やっぱり疲れてるじゃん!」と隣から抗議の声がした。抗議したいのはこっちだとはとても言えずに無視していれば電車がホームに入ってきて、前髪が浮く。こっちはこんなにも怪異を爆発し続ければいつか記憶も戻ってしまうのではないかと不安で仕方がないのだから。

「いいよ。熱出したらどうせ私が看病しに行くんだし……この間ネットでレシピ見た『風邪もイチコロ一撃必殺超回復薬膳スープ』を作って問答無用で食べさせるからね」

 「よく効くらしいけど、とんでもなくヤバい味がするらしいよ」と悪戯っぽく千花が笑っていた。それ、絶対に効かないし、体調回復を謳うものに“殺”すって文字を入れるの良くないだろう。

 「熱出したら面会謝絶だ。うつったらどうするんだ」とだけ返せば目の前で電車が止まり、お互いに声が掻き消される。扉が開いて大勢の人々が電車から弾かれたようにホームになだれ込んできた。

 それでも消えない毎日を不安を抱えながらも俺達は過ごしていた。


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