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近場千花は怪異に気づけない  作者: 高崎まさき
3.前編 遠出叶大は夢から覚めたくない
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3-16 束の間の目覚め

 重い瞼を開ければ午前三時過ぎ、と書かれたスマートフォンが枕元に転がっていた。

 まだ眠いし起きたくはない。懐かしいが苦しい夢を見た実感だけが頭を重くしていた。

 ふらふらとした足取りで、当然だが冷めちまっていた珈琲が入ったカップを手にする。レバー式の蛇口を上げシンクに流しながらカップを濯ぐ。そのまま一度だけ口も濯いで、つけっぱなしだった電気のリモコンを操作しベッドへ飛び乗った。

 寝返りを打って足元で丸まっているタオルケットを蹴り上げ、無理やり腕で引っ張る。腹にだけかけてそのまま瞳を閉じた。

 粘ついて嫌な味がしたのでうがいをしたが、それが原因で多少意識が覚醒してしまったらしい。瞼だけ下ろし、後頭部を引っ張られるような眠気を期待しながら鼻で息を吸い、口から長く吐く。しばらく繰り返しながら、ぼんやりと脳は“その後のこと”を勝手に思い出していた。

 近場家の家族に別れを告げ、先に駐車場を出発したのを見届けた後、車に乗りこめば無精髭の男こと「木寄」が後部座席にいた。そこからは車内も、自宅に着いてからも三人から質問攻めで俺は「小学五年生の子どもが行方不明になりかけていたのにこんな仕打ちか」と内心更に恨みを積もらせたのを覚えている。まあ、クソ親共もその同僚の木寄もあの怪異……肉呪主が突如消滅した“事件”に安堵よりも困惑していたのだけは理解するが。

「叶大。本当に覚えていないの? あの森の奥に香炉を置いてほしいと言ったでしょう」

 母が両肩を掴み俺の身体を揺さぶる。クソ親達からすりゃ、生贄に捧げたはずの我が子が平然と帰って来てるのだから“俺がその事実を知ってしまっているか”も重要だったのだ。全部、覚えている。けど、当時の俺はまだ朧気ながら復讐を誓っていて、だから嘘をつき通した。

 森の奥に入って香炉を置いたような気がする。でもそこもはっきりしなくてその後の記憶は一切ない。そして一緒に倒れていた千花も知らない子、と。

 木寄から自己紹介やあの森の怪異について説明があったのもこの時だ。自分は警察の怪異専門の特殊部隊で君の父さんと母さんも所属している。肉呪主と呼ばれる退怪者でも消滅ではなく封印しかできない強大な怪異が存在していて、それが僕達が見つかる数分前に消滅した。そして調査に向かった退怪者によると僕が持っていたエコバッグが発見された……等だ。

 今でもあの化け物が消滅した理由は公には判明していない。ただ人間の脅威が確実に消えた事実だけが警察の特殊課に記録されている。千花の記憶も失われている以上、真実は俺の中だけにあった。

 要はだ。そういう組織の奴全員含めて千花の“怪異に気づかないが怪異を近づくだけで爆破させる”体質のことも、千花があの怪異を食べちまったことも、俺の怪異や“気”の感知能力が千花の“気”を体内に取り込んだのが原因で異常なまでに発達したのも、俺しか知らないのだ。小学五年生の初夏から大学一年の今までずっと。

 自分の呼吸音だけが部屋に響く。一人暮らしには大きなマンションの一室で俺は背中を丸めた。まだ眠気はやってこない。

 クソ親共と木寄の質問攻めから解放された俺を待っていたのは、今までどおりの厳しい修行……と少しだけ変わり、退怪者として目覚めた俺に嬉々として“英才教育”を施す三人との日々だった。

 門が“特別な修行”で開いた俺は、退怪気弾も勿論出せる非常に質も量も兼ね備えた気を持つ退怪者になったらしい。未来のホープ。クソ親共が得意気に木寄に紹介し、そして厳しい修行という名の身体と精神に対する虐待は依然あったものの、格段に減り、いずれそっち方面へ就職するように座学中心の日々となった。

 怪異の贄じゃなく、他者に奉仕し続ける道具へ未来が切り替わっただけだったし、“道場”での暴力が少なくなったのは、俺が一度加減がわからず組み手で父親をボコボコにしてしまったからなのだが。

 「打ってこい」と得意気に腕を組む父親に軽い気持ちで放った退怪気弾は異常な大きさで、父親のプライドと身体を吹き飛ばした。呆然と自分の手を見つめる俺と、仰向けに倒れる父親、駆け寄る母親。二人の表情が一瞬、恐怖に歪んだのを俺は見落とさなかった。それから道場での“気を用いた暴行”が減り、代わりに傷が残らない程度に身体能力の強化だと大人と子どもの単純な腕力の差を見せつけられることが増えた。父親は「どうだ、どうだ」と唇を震わせながら笑い、母親は同調し聖水を窒息させるように俺の顔面へと振りかけた。“親としての威厳”を保たなければ、俺が仕返しをすると考えたんだろう。

 木寄はそんな二人の悪行に全く気づかず、会う度に目を輝かせて二人の栄光を俺に語った。どんな怪異を倒してきただの、そのお陰で凡民が何人救われているだの。度々訪れては退怪者についての本を寄越し、俺に読むように命令した。

 とにかく木寄はクソ親共の味方で、虐待にも気づいていないし、こいつだけに訴えてもどうにもならないのだけはガキの俺でも理解できた。

 まあ、そんなことはどうでもいい。ただ、その日々のお陰で理解した二つの事実だけが重要だった。

 一つは千花の“体質”について気づく退怪者は今後現れない可能性が高いことだ。

 理屈は省くが要はあまりにも気が大き過ぎて退怪者には計測できない状態なのだ。計りの目盛りが重すぎると針が一周して表示上はゼロになるのと近い……かもしれない。だから今までどんな退怪者に出会っても、千花の“体質”に気づいた奴は一人もいなかった。目の前で怪異が爆発しても、突然消えたように見えるだけらしい。逆に“門”が開いてない怪異に襲われている大半の人間の方が異常なものとして認識できるのは、様々な場で千花が怪異を爆発させながら生きている隣にいたから気づけたことだった。

 そして二つ目は、千花が怪異に気づけない理由だった。

 怪異はそんな圧倒的な力を持った千花を恐れ、逃げ隠れしようとする。しかし、千花を認識し恐れる頃には手遅れで結局爆発してしまう……つまり、千花が怪異という異常を認識する前に全ての怪異は消滅するのだ。


 だから近場千花は絶対に怪異に気づけない。


 人間が見たいものしか見ないし見たくないものは見えない生き物であっても、千花がその法則の例外のような人間でも関係がない。怪異の方が逃げ隠れ、そして勝手に消滅するのだから。

 それこそ記憶を取り戻さない限り。だから絶対にありえない。

 だが、それでも……そこまで思い出していれば、頭がぼんやりと霞がかってくる。待ちに待った眠気に俺は襲われていた。

 呼吸が深く、小さくなる。腹が上下しているのがわかった。

 タオルケットの柔らかい感触が心地良い。冷感接触素材を使用した枕カバーが頬を冷やしていた。

今よりも幼い千花の顔が浮かぶ。ああ、そうだ。それでも心配だから……。

 夢の続きを見そうだと、ふとそんなことを最後に考えた。


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