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近場千花は怪異に気づけない  作者: 高崎まさき
3.前編 遠出叶大は夢から覚めたくない
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3-14 僕は憎悪の光に魅せられた

 近場さんは退怪者の才能がある。僕よりも父さんや母さんよりもきっとそれこそ“修行”を積めば強い退怪者になれる。怪異と出会い、立ち向かったことで近場さんは自身の“門”を開けてしまった。光の巨人は彼女なりの退怪気弾みたいなものなのだ。でも僕にとって大切なのは、そんなちっぽけな話じゃない。

 人間は見たいものしか見ないし、見たくないものは見えない。

 そんな中、近場さんは見たい、見たくないじゃない。ただ“人より見えるものが多く、それを現実として受け止められる”のだ。

 気配りができる。目聡い。気が利く。配慮が行き届いている、感受性が強い……通信簿の先生のコメント欄に書いてありそうな単語が浮かんでくる。鼻が利くとか察知能力が高いとかそういう言い方もあった気がする。とにかく人よりも近場さんは心の動きだとか高難易度の間違い探しのような変化だとか“怪異の正体”だとかに気づいてしまうのだ。

 常人よりも気づいてしまうし、それを受け止めきれるキャパシティを持っている。

 彼女は年齢の割に沢山の物を見てきたからこそ、“考えるよりも身体が先に動くと錯覚してしまうほど”機敏で、優しかった。

 だから人気の少ない場所へ向かう赤の他人だった僕に気づけてしまったし、こんな森に入ろうとしていたのに声をかけ、何も教えないのに付き合ってくれた。

 異常事態が発生している森をはっきりと認識した上で、正気を失いかけていた僕を追いかけてきた。常識の範囲外の存在である“怪異”をしっかり見れてしまうからこそ、術に嵌まらず、対峙できてしまった。

 自分と僕の命を守るために現実から目を逸らさず、そして理不尽な行為に胸を痛め同時に怒りの炎を燃やせた。

 それが一番の問題だった。

「手を合わせて、帰ろうか」

 僕が脱げた靴を回収し、履いていると近場さんがポツリと言葉を漏らし、祭壇があった場所へ足を進めた。

「手を?」

「だってここで大勢の人が昔から亡くなってたんだから。もう犠牲は出ないよ。辛かったねって。自己満足かもしれないけど、私はしたい」

 音もなく光の巨人が近場さんと共に動く。その逞し過ぎる背中についていく。スニーカーの靴底がキュッキュッと間抜けに鳴った。大理石が青ざめた僕の顔を反射していた。

「ここでいいかな。遠出君は?」

「僕も……していくよ」

 近場さんの斜め後ろに陣取って真剣な顔で瞼を下ろし手を合わせたのを見届ける。僕も手を合わせ目を閉じる。でも、同じ道を辿りそうになっていた犠牲者達への祈りは早々に切り上げて、斜め前の少女のことをずっと祈っていた。


 近場さんの“優しさ”が別の人に向かいませんように。

 

 どんな感情も行き過ぎれば良くない、と道徳の授業で先生が言っていた意味が初めてわかった。

 近場さんは優しい。赤の他人の僕を命懸けで助けてくれるほどに、亡くなった大勢の人の絶望に触れて怒りを燃やせるほどに。きっとそれは所謂“感受性が強く色んなことに気づいてしまうから”なんだと思う。一方で、だから“優しくない理不尽”に憎悪を簡単に抱けるのだ。ただ怪異を祓うだけじゃない、明確な悪意を持って彼女は怪異の精神を追い詰めて心身ともに叩きのめした。

 僕は近場さんが怪異を食べ始めてからそれが一番恐ろしかった。あんな肉塊なんて目じゃない。あんなに優しい彼女が一番残酷な仕留め方を考え抜いてヘラヘラと笑いながら躊躇いなく行う姿に、身動きが取れず震えるだけだった。表裏一体なんて言葉があるけど、近場さんの優しさは裏返せば激しい憎悪の温床だ。命の危険だとか正当防衛だとか“正しい理由”があったとしても、間違いなく暴力だった。見て見ぬ振りをしたかったけど現実に存在する理不尽ではないだけの狂気だった。

 でもさぁ。僕は。

 薄目でまだ両手を合わせている近場さんの横顔をのぞき見れば、胸の奥が温かくなる。唇がむずむずして、前歯で唇を噛んだ。

 虐待して、僕を殺すために送り出した両親。それに気づかないクラスメイトや先生。そんな碌でもないものより、僕は近場さんが良かった。近場さんが世間の常識からすると間違っていたとしてもどうでもよかった。

 恐ろしい憎悪を他人に笑いながら向けられる存在でも、彼女が僕を追ってくれたこと、一緒にいてくれたこと、自分よりも優先して僕を逃がしてくれたこと、命を助けてくれたことも全部本当だった。何より僕が父さんと母さんに生贄にされかかったのを気づいてくれた。彼女だけは僕に優しかった。

 だから何かあったら憎悪も受け止めるから、一番残酷な方法で殺されてもいいから近場さんを僕にください。皆は持ってるだろ? だったら一人もいない僕が貰ってもいいじゃないか。

 それに彼女なら。

 誰に祈ってるのかもわからず瞼の裏で光が弾けるほどギュッと目を閉じて僕はただ手を合わせていた。

「よし!」

 近場さんが自分の頬を叩く。すると光の巨人は消え、近場さんの周囲を覆っていた光も消えた。「おお!」と目を丸くする。キョロキョロしながら手を前にかざしたり足を蹴り上げたりしていれば、光の巨人が出てきたり消えたりした。大きく頷く。

 両手を上にして伸びの体勢を取り、振り返って微笑んだ。

「それじゃあ帰ろうよ。……外、どうなってるんだろう。血の池みたいなの無くなってるのかな」

「ねぇ。……千花さん」

 近場さん……千花さんが顔を輝かせる。呼び捨てでいいよ、と笑われたのでそのまま「千花」と口を動かす。何故か心臓が跳ねて、頬が熱くなってきた。

「明日は無理かもしれないけど、今週放課後遊ぼうよ。外の公園ならきっと大丈夫」

 僕達はただの小学生のような会話をそれから扉を開くまではしていた。携帯ゲーム機を持って行くだとか、水筒に何を入れていくだとか。

「氷いっぱい入れたいよね。水筒の中でさ、カランカランって鳴るのが好き」

「溶けたら薄くなるじゃないか」

「でも飲める量増えるよ?」

 真剣な顔で水筒に氷を入れるメリットを語るから僕は声を出して笑っていた。明日から学校でも話せたらいい。でも、彼女が僕と同じような目に遭うのは嫌だった。けど、僕より他の友人と遊ぶ彼女を見るのも苛立たしかった。

 考えなければならないことが山積みで、それでも今は楽しい話だけをしていたかった。だから水筒の氷の量で盛り上がって、打ち明けたい一番の“これから”を僕はあえて口にしなかった。

 あれだけ他人のために激しく怒れるのだからきっと僕のために怒って優しくしてくれる。

 獣のように四つん這いになり怪異の肉を食らいながら、淡々と悪意に満ちた言葉を笑顔で投げかける千花は、この世で一番恐ろしく、一番優しかった。

 彼女なら、僕が今まで見て見ぬ振りをしていた──父さんと母さんに対する憎悪を受け入れるはずだと、ほくそ笑んだのだった。


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