4-3 突きつけられた真相
金本君の鎖骨の部分のゼリーが膨張したかと思うと破裂する。そして中から白い布のようなものがずるずると地面に垂れ下がっていった。
粘液に塗れた一メートルを越える長さの布が床に落ちたかと思うと揺れながらゆっくりと天井に向かって伸びていく。次々と枝分かれし、白の一部が赤く染まり、そうして金本君の肩を後からその“長い腕”で抱き締めた。
腹に真っ赤な穴が開いた半透明の少女の幽霊だった。それが鬼のような形相で金本君を抱き締めて、時折べちゃべちゃの首筋を撫でている。
──もしかして、この“人”って。
息が止まるんじゃないかというくらい全身に電流が走った。四人に悟られないようにルーズリーフと全員を見渡して首元の汗を手の甲で拭った。
「自分が一番上で何をしてもいいと思ってるんだ。たまに私にも高圧的で……」
日渡さんの裂けた口から落胆が漏れている。私も同意見だが、それどころじゃなかった。
情報が繋がるわけないのだ。だって赤い綱以外は令藍村のおまじないと関係ない別の怪異の呪いなのだから。
四人はここ一年くらいで三十カ所以上の心霊スポットを巡ったと自慢していた。そして令藍村のことを聞いた時もそれぞれが別の心霊スポットの由来を口にしていた。腐ったパンと下水だけ飲まされて監禁されていた女性、刃物で全身を切られた資産家、川の氾濫を止めるために生け贄として沈められた少女、臓器を取られた男性。全部金本君、日渡さん、月川さん、水原君の変貌と繋がりがあるのだ。
つまり、彼等の身に降りかかっている惨状は別の心霊スポットの怪異の仕業だ。更におそらくだけど──金本君の背後の“女性”を一瞥し私は緩く首を振った。一カ所、一つの怪異、あるいは生霊の仕業ではないのだろう。様々な場所で、あるいは日頃の行いから四人は沢山の怪異、あるいは生きた人間から呪われ、憑りつかれ続けてきた。
だが、あの日までは彼等は自身の罪への鈍感さから逃れていたのだろう。「徹底して持ち帰らないようにしていた」なんて胸を張っていたが全く効果はなく、“呪われていること、憑りつかれていることに気づかない”だけで彼等はずっと大勢に呪われていたのだ。今と同じように“無意識に現実から目を逸らして”呪いを認識しないでいて、幸か不幸か何とかなってしまっていた。
そんな思い込みが瓦解したのは月川さんがメモ帳を持ち帰り、おまじないをした四人全員にメモ帳を見せたことだ。
彼等なりのルールが崩壊した途端、少なくとも不安になったに違いない。境界を越えてしまったと信じこみ、始めて現実を注視した。大勢から呪われている事実に。
そして一度ノートを返したことでまた目を逸らすことに成功し、今また現実を見つめてしまっている。徹底して線引きをしているなんて馬鹿らしい。そう思い切り馬鹿にできたらよかったのだ。
嗤えない。鳥肌が立ち私は両手で自分の身体を抱き締めた。だってここには、沢山の呪いが、そしてその大元の怪異が当たり前のように存在している。今までそれを知らずにこの四人と共に過ごしていた自分の鈍感さにも、凄惨な報復を受けるほど彼等が様々な場所で失態を侵してきた事実にも身体の芯から冷えていった。
じゃあどうすればいい? この大量の呪いを受けた四人とここから脱出するには。
窓の外よりも深い黒が自分の心を侵食していく。「正しく繋げて、捧げよ」なんて単語の意味を無事解明できたとしても、四人が踏みにじった心霊スポットの数以上の呪いがここには存在している可能性がある。令藍さんが納得したとしても残りの呪いはどう解けばいいのだろう。
部屋がとても広く見えた。化け物四人と気がつけばその周囲にいる“それ”で窮屈なはずなのに、たった一人のようなそんな感覚に襲われた。
「ほら見ろよ。金本より俺の方がよっぽどマシだろう。振ったこと、後悔すんだな」
水原君の胸から熊の顔を潰したような生き物が複数顔を覗かせていた。臓器がなくなった場所に他の呪いが入り込んでいるようだ。
「そうやってすぐ自分をよく見せようとするのが嫌だったのよ! 女と付き合うのだって自分を着飾るアクセサリーがほしいだけでしょ。自分が下になるのがそんなに嫌?」
刻まれたブロックが積み重なったような姿の日渡さんは、同じくブロック状の目玉を頭に何個も乗せている。
「それはアンタもでしょう! 『投資も恋も本気! 女子大生サンサン』だっけ?」
鱗まみれの身体を床から生えた蔓で縛られている月川さんが吐き捨てた途端、日渡さんの顔が見る見る内に紅潮していった。
「月川ァ! どこでそれを!」
「裏アカウントに表と同じ画像を使わない方がいいですよぉ! あ、昨日、被害者だって泣きついてきた子と学務課にアカウント見せに行ったわ。『明日二十時より会員限定! 学生でも稼げる投資のいろは講座第二十二回が配信されます! 入会するには下記のフォームよりクレジットカードにて受講料をお振込みください! 私もこの講座を受けてから三カ月で十五万の利益を出しました!』だっけ? 紹介料で儲けて、裏で随分と馬鹿にしてるじゃないの。……暴力中絶男と詐欺師かぁ。犯罪者同士お似合いのカップルだったね。裏切られた時はショックで、こんなおまじない意味ないってメモ帳を持って帰ってきたけど大正解だったみたい。アンタ達に見下され続けるより呪われる方がマシだっての」
「このっ……!」
日渡さんが立ち上がったと同時にビー、と音が鳴り私のスマートフォンが机を振動させた。
処刑台の上の気分で私は振動をやめないそれをぼんやりと視界の端に留めている。
時間が来てしまった。ただ四人が醜態をそれぞれ晒しただけの会話で、複数の怪異と呪いが存在する事実を突きつけられただけで終わってしまったのだ。




