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近場千花は怪異に気づけない  作者: 高崎まさき
2.泥濘の赤い綱
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4-2 変貌

「リーダー気取りだぁ?」

 それでも視線だけは声のした方へ向かう。悲鳴すらでなくなった喉がまた引きつるのを感じた。

 水原君の頬に臼歯が生えだしていた。三つ、四つと増え吹き出物のように脂ぎった肌を強調している。そして代わりにシャツの襟首から見える皮膚がなくなり肋骨が見えていた。血管や肉、心臓といった臓器はない。中はきっと空洞で皮膚と骨と歯。それが水原君を構成する全てになりかけていた。

 待って。まさか。

 悲鳴が出なくて良かったかもしれない。不幸中の幸いだと、首をゆっくりと左右に捻る。さっきは信じたくなくて見逃した振りをしてしまったのだろう。でも間違いない。月川さんも日渡さんも外見が更に人間から離れていた。そして赤い綱の先のメモ帳が更に黄ばんでいる。

「リーダー気取りなのはてめぇの方だろ。金本」

 金本君が立ち上がる。悪い方向に予想は当たっていって、金本君も“悪化していた”。耳が消失し痛々しいピアスが緑のゼリーの中で浮いている。目玉と頭部だけが人間の姿のままなのがかえってグロテスクだった。

「俺に毎回面倒な旅行の準備押しつけてよお。バーベキューのセットのレンタルも、自動車の運転も、金の計算も全部俺だ! お前がやるのなんて適当にネットで検索して引っかかった心霊スポットを俺に見せるだけじゃねぇか! それで月川とも日渡とも乳繰り合って『雰囲気ある場所だろ。見つけてきたんだぜ』なんて手柄は独り占めだ! 騙されて可哀想に」

「手柄ぁ? ダサッ」

 裂けた口の端から涎を垂らしながら日渡さんが吠えた。

「自分が一番皆のこと理解してますぅ、お前達と違って頑張ってますアピール? 相沢みたい。そういうの本当にダサいよ」

「黙れ尻軽女! 相沢を悪く言うな!」

 金本君がいつもの顔なら、にやついた顔をしているのだろう。頬を震わせながら「へぇ」と冷やかすような声を出した。

 唐突に自分の名が飛び出したけれど、特段気にはならずにただ息を吐く。実際そうだったからだ。私はこの四人のことを見下していたし、きっと行動にも出ていたと思う。心霊スポット巡りという不法侵入に巻き込まれたくはなかったし、過剰に素っ気なく接していた自覚はあるのだ。それに全ての課題を私に押しつけ、気楽に評価だけ受け取っている人達をどう対等に扱えと言うのか。ただ、逆に彼等も同じく私を見下していたのも気づいていた。

 真面目に自分達が楽するために動いてくれる存在。“正直者が馬鹿を見る”じゃないけれど講義の課題に関しては言いなりになっていて、自分のことばかりの彼等からすれば間抜けな格下の生き物に違いないのだ。素っ気なさも自我のないつまらない人間だと思われていた。別にそれでいいし、それで諦めてほしいと願っていたのだけれど。

 ふと視線だけ水原君に向ける。肩で息をする度に眼窩で転がる歯を見つめていた。私みたい。そう水原君は称されていた。おそらく私がこの四人と一緒の時のように率先して貧乏くじを引くタイプなのだろう。それでも何故か共感が一切湧かず内心首を傾げる羽目となっていた。

 そんなことよりも。

 一番の疑問も、解決しなければならない問題も全て私の内ではなく、外にある。

 ルーズリーフと目の前の光景を見比べる。


 果たしてこれが本当に令藍さんの呪いなのだろうか。


 恋愛のおまじないと、目の前の惨状に一切の繋がりを見いだせない。全員互いに気づかずに別の方向へ変貌を続けているし、これがおまじないを破ったペナルティなのだろうか。

 何かを見落としている。何かに気づかなければならない。

 焦燥感で胸が痛む。それでも目の前で行われるのは爛れた言い争いだけだった。

「というか女なら誰でもいい水原にだけは尻軽って言われたくないんですけど。私に振られたから水原と付き合ってんでしょ。振られた同士、負け犬カップルでお似合いだわ」

 思わず目を大きく開き、月川さんの方に首を捻ってしまう。

 私は元々この四人の中で恋愛関係にあるのは金本君と日渡さんだけだと思っていた。それがその前に色々あったと知りたくもない情報を聞かされたのが先ほど、そして。

 付き合ってたんだ、水原君と月川さん。あんなことがあって結局。

 両肩に重しを乗せられたような疲労が襲いかかる。この場合の“正しく”とは本当に何なのだろう。

 渦中の月川さんは骨格が変わり魚のように口元が前へ突き出されていた。

「信じてたのに」

 頬に張りついていた睫毛が全て鱗になり生臭い空気が左から漂ってくる。その臭いを凝縮した呼気を吐きながら身体を震わせた。

「私のことなんかどうでもいいんでしょう! だって二年になって講義を」

「ああ、どうでもいいよ! 一回寝ただけで毎日五十回も連絡してくるわ、血液入りのクッキーを無理やり食べさせてくるわ、おまけにカメラを俺の部屋とトイレと風呂場にしかけてくる奴なんて! 身体以外愛せるわけないだろう!」

「テメェが女なら誰でもいい浮気性だから繋ぎとめてやってんだろ!」

「嘘つけ! 弱らせた上で弱み握って、楽しんでるだけだ!」

「そんなこと言っていいの? 酔っ払ってトイレの扉めがけて盛大にゲロを吐きかけた瞬間、晒してやるわよ。あの時の顔、本当に最高なんだから」

 衝撃の発言に私は目が回りそうだった。

「お前俺だけじゃなく水原にもしてんのかよ。な? だから遊び半分で付き合って別れて正解だろ」

「日渡以外にもセフレが三人もいる奴に何言われても痛くもかゆくもないわ。振ってくれてありがとう金本君。……調べたんだけど高校の時、他校の子を孕ませて腹を蹴り飛ばして無理やり中絶させたんだってね。別れて正解だわ」

「じょ、冗談でしょ! ねぇカネ……」

 日渡さんがブロック状になった身体を椅子の上で跳ねさせる。私達も全員身体を仰け反らせて金本君をねめつけた。

 腹を蹴って中絶。一瞬、誰かしらの怒号で支配されていた空間が水を打ったように静まり返った。様々な醜態を互いに晒し合っていたが、その中でもインパクトが強い話題だった。

「してねーよ、してねぇ!」

 立ったままだった金本君が自分の椅子を思い切り蹴り飛ばし、扉とぶつかる。髪が消失し顔の全てが、いや少なくとも上半身がゼリー状になった金本君がゴボッと粘液を吐き出しながら怒鳴り散らした。空気が一層怒りや憎しみといった熱を帯びた。

「『できちゃった、できちゃったから責任取って、捨てないで』ってうるせぇからちょっと仕置きしてやっただけだ。大体本当は妊娠なんかしてなかったんだぜ。ちゃんと検査して陰性。こっちがいい迷惑だ」

 何があったかは知らないけれど結局当時の“恋人”を捨てようとして、更には腹を蹴り飛ばしたのは事実でしょう──! さすがに我慢ができず口を挟もうとした途端、私は目を見開いた。


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