4-1 何も正しくなんかない
「そもそも金本が日渡と二股してたのがいけないんじゃない。そんな状態でよくもおまじないなんかできたわよね」
月川さんが必要以上に零れ落ちそうな眼球を動かしている。横にいる日渡さんと前の金本君の姿をその視界に捉えているようだった。日渡さんと月川さんの間には残念ながら私が座っている。魚眼が私も捉えていて、レンズに歪んだ顔が反射していた。
ふたまた……二股? 月川さんの変貌に気を取られていたが、ハッとして魚眼から問題の二人を見やる。金本君はかろうじて人間と呼べる状態を保っている耳を気怠そうに掻き、緑の粘液でべちゃべちゃと音を鳴らしていた。日渡さんも大きくため息をつき、垂れ下がった皮膚を揺らしていた。
「“正しく繋げて、捧げよ”ってそもそも何も正しくないじゃない! 車の影に隠れてキスして……おまじないしたすぐ後にそんな裏切りを見せられた私の気持ち考えたことある!? 信じてたのに。『マジでお前だけだわ』って言葉信じてたのに金本ぉ!」
「お前みたいな根暗女誰が本命にするってのよ。鏡見たことあるの、その厚化粧。チーク塗りすぎてほっぺパンパンにしか見えねぇの。鏡も見れねぇくせに男に媚びた顔だけは作れるのよねアンタ」
「私は金本と話してるの日渡! 二人して私を見下して……『あの根暗面倒だから別れるのは待ってくれ』? 二人して別の女と寝てもいいなんて、どんだけ股が緩いんだよ!」
「大学デビューして俺が初彼だったんだっけ? 最高な夢見れただろ? 感謝してほしいぜ。お前みたいな不良債権と付き合って鬱になりそうなのをこいつが支えてくれたんだから」
なぁ、と向き合って金本君と日渡さんが頷き合えば月川さんからか細い悲鳴が上がった。
信じられない。私は咄嗟に握っていた拳を何とか緩め、無意識に止めていた息を吐いた。沸々と腹の中が熱くなる。公然と一人の人間が傷つき、そして傷つけられた現場に居合わせていた。見た目じゃない。この二人は中身が化け物で──
「私らより悪いのは水原でしょ。初彼できてそんで円満に別れるって“夢”を壊したんだから。水原が『金本と月川の永遠の愛のために』なんて令藍村に行こうなんて言わなきゃバレずに終われたのにな」
「月川が可哀想だからはっきりさせてやろうと思ったんだ」
水原君からコロコロと不気味な音がする。また何か恐ろしい真実が開示されようとしていた。
「俺達が四人で連む前から金本が月川と付き合っていたのも、連み出してから二股し始めたのも知っていた。いくらなんでも酷すぎるだろう。お前達と違ってまともな女の子を寄って集って弄んで」
「うっそだぁ。善人振るのやめろって水原。お前さ、日渡に振られたから月川を利用して俺と日渡の関係を壊したかったんだろ?」
獣の唸り声がして緑の飛沫がそこら中に飛び散り、思わず両腕で顔を覆う。「てめぇ」と地を這う声とべちゃりべちゃりと不快な音が混ざった。
わなわなと拳を振るわせている水原君が立ち上がり、椅子から転げ落ちた顔の下半分の原形を失った金本君を見下ろしている。その拳に粘液が付着していた。
「暴力に訴えたら負けってママに習わなかったのかよ、水原ちゃんは」
「黙れ! お前が月川も、日渡も弄んで」
粘液の中の舌が震え、ぼちゃ、ぼちゃと泡立った。それが今の金本君の笑い声だと気づくのにほんの少し時間がかかった。
「あのな。日渡は俺が月川とヤッてんのも、全部知ってんだよ。知った上で馬鹿な月川観察を楽しんで付き合ってたの。月川を被害者とすんなら俺と日渡は共犯で、それはお前も知ってただろ。大体、本当に月川のためならおまじない企画なんて晒し上げしないで、本人にこっそり教えて慰めるなり俺を糾弾するなりすりゃ良かったんだ。余計な企画いつも立てて、リーダー気取りで俺達をまとめてやっている……今度はナイト気取りか?」
水原君が地団駄を踏むように足を振り上げて下ろせば緑の飛沫が舞い上がった。縫いつけられたように私は椅子から腰を上げることができない。日渡さんがアルミホイルのような光沢を放つ耳まで裂けた口を大きく開けケタケタとカラスの鳴き声のような笑い声を上げる。月川さんの大きな魚眼が血走り始め、鱗が敷き詰められた左手の手の甲を右手の水掻きで引っ掻いていた。
とめるべきだった。醜くて傷つけ合うだけの会話なんて。更に私達には時間がないのだ。全員が化け物になってしまう前にここから脱出しなければならない。命の保証すらない状態で、残酷な言い方だけど痴話喧嘩をしている場合じゃない。
でも、私の口も喉も足腰も硬直してしまっているのだ。外見じゃない、それ以上の悍ましさが背筋に汗をかかせていた。




