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近場千花は怪異に気づけない  作者: 高崎まさき
2.泥濘の赤い綱
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3-4 繋げた綱の末路

 バチンと静電気を大きくしたような音がして、メモ帳から光が放たれる。途端、古びた畳と、それから緑色をした川の臭いが充満し私達は悲鳴を上げながら全員机の下に潜った。

 目を瞑ったまま、私は両手で口と鼻を押さえる。メモ帳が光っただけだ。何か恐ろしいモノが飛び出したのではない。けれど、息を潜めたかった。呼吸音を外に漏らしてはならない。私がこの場にいるのを存在しているのかもわからないものに知られたくない──そんな感情がこみ上がってきた。

 誰かの荒い息づかいがする。呼吸が浅い人、深いがガラガラと濁音が混ざっている人。誰かの吐いた息が私の後頭部の髪を揺らした。と同時に、人の肌の酸っぱい臭いとコロンの甘い匂いが混ざったものが鼻腔をついてくる。耐えられず目を閉じたまま、机の端に手をかけ腕の力で無理やり身体を立たせ目をゆっくり開けながら椅子に腰掛けた。

「違うじゃねぇか!」

 金本君の怒号が響いて顔を出す。

「いや、違くはないはずだ。本当に違かったら何も起きないはず。やったこと自体は正しいんだ。問題は繋げた組み合わせが違っただけで」

 水原君が咄嗟に返す。

「正しいのか、違うのかわかりにくい言い方すんなよ!」

 日渡さんが髪を振り乱して叫ぶ。

「馬鹿なんじゃないの! つまりここから脱出するための手段は間違っていない! でもあの時メモ帳に書いた、“私と金本”じゃあ駄目ってことでしょう! だから正しい組み合わせを捧げないと」

 月川さんが嫌らしく笑った。

 そうして全員がまた席につく。胸から赤い綱を出し、全員がそれぞれ不満を抱きながら平然と互いを睨みつけていた。

 悲鳴を上げそうな口を私はまた押さえていた。

 金本君の右腕、首から顎、鼻にかけてまでの肉が緑色のゼリー状の物体となっていた。机の上に投げ出された腕には骨がないようで叩きつけられたトマトみたいに広がっている。それからゼリーの中に舌と歯が浮き、唇があったはずの場所は穴が開き、粘液を滴らせていた。

 水原君の顔からは目玉と眉毛が消えていた。眼窩が眉毛まで広がり大きな穴が顔に開いている形だ。不意に水原君が肩に手を当て首をコキコキと鳴らす。同時にカランと音がしてよく見れば眼窩の中に白い小さな物体が入っていた。──歯が眼窩という穴の中でコロコロと舞っていた。

 日渡さんは顔が歪んだ縞模様になっていた。切り傷……だと思う。それがジグザクに入っていて大きなピアスと一緒に何かが顔から揺れていた。目を凝らした瞬間にその暖簾のように揺れていたものが彼女の顔の皮膚だと気づき後悔に包まれた。

 月川さんの胸の青紫は両腕、そして首元に広がっていた。顔は相変わらず青白い。でもそれ以上に目を反らしたくなるものがそこにはあった。瞼がなくなり、睫毛が頬に模様のように張りついていた。眼球は潤んでいるのを通り越して、水の膜で覆われている。魚屋で見た鮪の目を私は思い出していた。

 思わず鞄の底を探り、化粧ポーチを取り出す。鏡に映った私は恐怖でひきつっていたけど、“原形”を保っていた。でも本当に? 見えない場所、例えば腹部から何かが生えたりと変わってしまっている可能性を否定できないのだ。

「鏡なんて見てそんな場合かよ」

 金本君が緑の頬を揺らす。粘液が飛び散って白い机を汚した。

「ごめんなさい。さっき強くおでこを打って血が出てるんじゃないかと」

 取り繕って笑みを浮かべる。誤魔化せているだろうか。本当に一番恐ろしい事実を。

「だから正しいって何よ。おまじないしたとおりなのに」

 日渡さんが机に肘をつく。「金本と月川。間違いなかったよな」と水原君が返す。月川さんがにたりと口角を上げる。丸い目が口を挟むタイミングを虎視眈々と狙っていた。


 四人は自分の、そして他の皆の姿が変貌してしまったことに気づいていなかった。

 少なくとも目に見える場所は“無事”な私だけが人の姿でいる事実を認識せずに、淡々と会話を続けていた。


 化け物──喉元までせり上がってきた苦いものを何とか飲み込み、咳き込む。「大丈夫かよ」と首を傾げる水原君の眼窩でまた歯がコロコロと音を立てた。

「正しいわけないじゃない」

 月川さんがいよいよ口を開けば全員の視線が集中した。視線といっても水原君には視線を送るものが存在しない。そう考えた途端、何だか笑い出したくなってしまった。タイマーを見れば後三十分。来てほしくないタイムリミットを私はひたすらに望みそうになっていた。

 この地獄から解放してくれ。そんな願いとは裏腹に月川さんが口角を上げたのだった。

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