3-3 繋がりなき怪異
「こういうの……怪異って普通何かしら原因と結果に関連性というか繋がりがあるでしょう。例えば日渡さんが最初に言ってた強盗殺人の被害にあった資産家の幽霊に遭遇したらお金を渡さないと殺されるって話。これは幽霊が生まれた原因と撃退方法に因果関係があるよね」
「無念の一つがお金を盗まれたことだから、お金に絡んだ幽霊になったってことだよね」
「うん。でも今の日渡さんの例を含めて皆が話してくれた令藍村が心霊スポットになった話とデートスポット……令藍さんという巫女の幽霊が恋を応援してくれるのには一切の繋がりがないじゃない。どうして強盗殺人の被害者の資産家が他人の恋を応援してくれるのか。他の話もそう。相合い傘を書いたカップルに力を授けるなんてしてくれないというか、そもそも関係がないように思えるの」
「それどころか仮に俺の記憶が正解だったとしたらストーカー殺人なんて恋に嫌悪感を持ちそうな最期を迎えたのに他人の恋を応援なんかしないよな。ということはやっぱり違うのか」
おそらくというか間違いなくこの四人が話した伝承か都市伝説かわからないそれは、全部外れなのだ。他の沢山の心霊スポットの中の四つだと私達は頷き合った。
「でね。令藍村で何が起こったか、正確には何故心霊スポットとなり更にデートスポットとして有名になったかは今誰にもわからない、それはいいの。令藍村のそれが実はメモ帳を持ち帰ることが最大のタブーだった可能性が高いのも……ひとまずはそういうものとして仮定する。でも妙なのはここからよ。……持ち帰って全員が違う怪異に襲われている。それも少なくとも伝わるおまじないとは全く関係なさそうな祟りでね。心霊スポットとしても一貫性がないし、デートスポットとしても心霊現象に襲われるなんて前代未聞でしょう。それどころか実際は月川さんがメモ帳を返却してなかったのに、一度怪異は収まって、何故か今こんなことになっている。全部の情報がかみ合わないのよ……妙でしょう?」
そう──私は目の前のルーズリーフに書き込んだ情報をもう一度上から順に目でなぞっていた。
今回の件で一番の疑問。それは情報に殆ど繋がりがない、かみ合わないことだ。
四人が語った令藍村が心霊スポットとして有名になった原因の伝承、もしくは都市伝説も。そんな場所がデートスポットとして有名になったのも。
仮にメモ帳を持ち帰ったことが心霊現象の引き金だったとしても、全員が違う怪異に襲われているのも。
結局メモ帳を返却していないのに、一時的に心霊現象が収まり、そうして今襲われているのも。
情報に関連性がなく、かみ合わないのだ。
話を聞き始めてからずっと靄がかった思考に後頭部から腰まで重いような感覚に襲われている。情報が明らかに足りないのは諦めがついている。そんな中でほぼ妄想に近い推理をしなければならない危険性も理解している。けど、そこじゃない。
何か重要なことを見落としている気がしてならないのだ。私は何に気づくべきなのだろう。
「妙なのに今だけ令藍さんの恋愛絡みのパワースポットの祟りみたいな状況に陥っている。これって要は“赤い糸”みたいなものでしょう」
「“運命の赤い糸”なんてクサいドラマの台詞でしか聞かないけど、そういう意味だよな」
水原君がまた腰を浮かし、メモ帳に指を沈める。赤い二叉の綱が姿を現した。
「たぶん。でもだから結論を出す前に留意してほしいの。“何故か今回だけ”デートスポットとして噂されている令藍村と心霊スポットとしての祟りがかみ合って発生した。何かあるって思わない?」
「例えば?」
「それこそ、罠とか」
プッと日渡さんがふき出す。頬に熱がたまるが自分でも芝居がかった台詞だと自覚はあった。
「とにかく」
自覚はしているが、皆の顔を見れないで俯く。「アニメか何かの主人公にでもなったつもり」と日渡さんが小声で誰かに耳打ちしているのが聞こえてきた。
「時間がないし埒があかないから正しく繋げるのをやってみるのは現実的な選択よ。でも、“それしか選択肢がない状況”に追い込まれている可能性を知った上で皆に選んでもらいたかったの。……だってその綱に繋がれているのは私じゃないから」
「ここにきて責任逃れ? 私は最善を尽くしましたなんて顔をして、見下して何様のつもり?」
「俺もちょーっとムカついたなぁ。今まで全部やってくれてたのに、こういう時だけやってくんないの」
「そう思ってくれてもいいよ。でも実際、私は令藍村には行ってないし、おまじないにも参加してないから」
「いい気になってんじゃないよ。自分の命は安全だからって」
日渡さんが握った拳を震わす。実際見下してるのは、とまで考え、眉間を軽く指で叩いた。今は四人に体する不満を吐き出す場ではないからだ。
とはいえ。
何か忘れているような感覚がどうも拭いきれない。やはり何か気づかなければならないことが──
「まあまあまあ!」
水原君が両手をぶんぶんと振った。
「色々あるけどさ、相沢ちゃんの言うとおり失敗した時に被害があるのはたぶん俺達だ。それはちゃんと把握しておいた方がいい。で、踏まえた上で多数決取ろう。これを繋げてみるのに賛成の人!」
そのまま水原君の右手が天井に向かって伸びた。何か言いたげな金本君、日渡さんも挙手し月川さんもそれに同調する。決まりだった。
「正しく……ってことは“令藍村”で記入したとおりに、でいいのよね」
「誰と誰を書いたの?」
直接聞いたわけではないが、現在恋愛関係にあるのはおそらく金本君と日渡さんだろう。日渡さんが猫撫で声で金本君にしなだれかかり甘えている姿を講義室で見かけるからだ。一応確認とメモ帳のページに手を伸ばす。これがおまじないに使用したノートなら正しくも何も相合い傘が書いてあるはずだ。
「私が破って捨てたからないわよ」
月川さんが突如そんなことを言う。
「破った?」
「ええ。とっても腹立たしくて。でも書いた内容なら覚えているわ。……金本君と私。以上」
え?
動揺を悟られないよう顎を引く。目だけ動かして、何とか周囲を見渡そうとした。全員が俯いて自分の手元を見ている。部屋の温度が下がったような気がした。
「驚いたの? 他人の恋愛事情に首突っ込まないでよ」
月川さんが立ち上がるとそのままメモ帳に長い爪を差し込んだ。自分の綱と金本君の綱をそれぞれ片手で掴みY字に分かれた端と端をくっつけようと綱に爪を食い込ませる。
「何か言いたげね、相沢さん。ええ、今私は金本君とそういう関係じゃないわ。それでいい?」
他の三人の無言が答えだった。友人の言葉が脳内で響き渡る。ああ、険悪な雰囲気の正体って。
私の混乱とばつが悪そうな三人を余所に月川さんはそれをいよいよ近づける。すると先端同士がぐちゃぐちゃと粘性の音を立てて絡み合い、そしてそのまま最初から繋がっていたように一体化した。
「捧げる……はどうすればいいの」
「……たぶんそのままメモ帳の中に沈めれば」
「ふうん」
水原君が肩を落としながら答える。月川さんはそのまま両手で綱をメモ帳に近づけた。
「急にだんまりなの? 日渡さん」
勝ち誇ったような、けれど地を這う蚯蚓の蠢きを想起させる声で月川さんが笑う。
「知らないとでも思ったの? だから持って帰って……」
月川さんのその後の言葉は続かなかった。




