3-1 無数の元凶
ルーズリーフにただ「令藍村。令藍さん。おまじない」と単語を書き込む。
月川さんはじっと床を見つめたままだんまりを決め込んでいる。水原君が問い詰めようと口を開いたので私は手で制した。
「相沢ちゃん?」
「話が本当ならこのメモ帳が原因なのはわかった」
「本当ならって。信じてないのかよ」
「違う。原因を作った側の意見も聞かないと不公平でしょう」
「三人も月川のせいだって言ってるのに」
「人数の問題じゃない。それに今大切なのは何故月川さんがそんな危険な物を持って帰ってきてしまったかじゃない。何故それが危険か、よ」
「良い子ぶりっこ?」と日渡さんが赤茶の髪を指先で弄ぶ。否定するのも煩わしい。一瞥だけして話を続けた。
「令藍村に肝試しに行ったのはわかった。じゃあそこにどんな民話や伝承があって、具体的に何をしてその令藍さんに呪われたか……そっちを説明してもらわなきゃ何もわからない」
スマートフォンを机の上に置く。念の為短めに設定。五十分後に鳴るようにタイマーをセットした。月川さん以外の三人が不安げに目を細める。これが何を意味するかを私よりも理解しているはずだ。
「令藍さんってのは村の名前から取っただけで、特に意味はない。たしか……三十年前だっけ? 当時そこで医者をやってたストーカー男が女を監禁。腐ったパンと下水だけ飲まされて一カ月暮らした挙げ句結局殺害されちまう。で、村の山奥に死体を埋められて見つかってない頭部を探す女の幽霊がその跡地に出るって話で」
「え? 違うでしょ金本。あの廃屋は二十年前は資産家の別荘で強盗に殺害されて盗まれた金を返せって夜な夜な徘徊してるって話じゃなかったっけ? で、出会ったらお札を置いて逃げないと一週間以内に資産家と同じように刃物で切られて死ぬっていう」
「それも違うわよ。……鎌倉時代に川の氾濫をとめるために生け贄にされた少女を奉る祠が植林工事で破壊され、以降出現するようになった霊が村の名を取って令藍さんと」
「そんな昔からあるモンじゃなかったはずだ。十年前の殺人事件じゃなかったか? 借金返せなくなった男がヤクザに臓器を摘出された後に埋められて……そんな話だったぜ」
「ちょっと待って!」
視界が回りそうな情報の羅列に思わず叫ぶ。ペンを動かす手が単語だけ拾い、意味の通じない文章を作った。全員が不思議そうに私を見つめている。インターネットの情報を鵜呑みにするのは良くないが、それでも検索をしたい。そんな衝動に駆られていた。
「全員言ってることが違うじゃない。そもそも伝承の類いは月川さんが言っているのだけで、後は都市伝説というか噂の域でしょう」
「そんなこと言われてもなあ」
金本君が首を左右に振ってコキコキと鳴らす。
「俺達かなり色んな場所に行ってるからもうどれがどれだかわかんねぇのよ。皆で巡ろうぜってなってから三十カ所以上は遊んでるわな」
三十。私はただ数を繰り返し口にしていた。友人曰く彼等が出会って意気投合したのは大学に入学してかららしい。ということは雑に計算しても一ヶ月に二回以上は心霊スポット巡りをしている換算になる。長い大学生の夏休みに観光地巡り感覚で十数カ所回ったとしてもかなりの量だ。
「大体、伝承と民話と都市伝説ってどう違うのよ。全部心霊スポットなら私からすれば同じだっての。怖い物を生んじゃった“やらかし”が大昔か今かだけだし、そんな理屈の話してる場合?」
日渡さんのため息に私は顎を引いて小さく呻く。たしかに今必要な情報ではないし、今の私は返せる知識を持ち合わせていなかった。
「たしかにそう、ね。でも、良くないことが起きたんでしょう。それにおまじないもしたってさっき言ってた。どれが令藍村のか思い出せない? というか今のところメモ帳と繋がりそうなものが一切ないのだけれど……」
「待って。今思い出すから」
「良くないことって割とあるからなあ。どこだっけ? 帰ろうとしたらフロントミラーに血塗れの男の顔が映ってたのって」
「花火してたら一人増えてたしね」
「だから徹底して持ち帰らないようにしてたんだよ。フロントミラーの男もいなくなるまでそこで待ったし、花火の奴もそうだ」
「写真だって心霊写真になったらその場で削除して、SNSにアップするのは何もないやつだよ」
信じられない──うんうんと唸っている水原君の顔を私は呆然と見つめていた。実害があるのに四人はそれでも心霊スポットに面白半分で立ち入っていたのだ。他の三人も一応考える素振りを見せているが欠伸をかみ殺したりとやる気が感じられない。命がかかっているのに大丈夫なのだろうか。
でも。
そんな彼等がここまで怯えるのは何故なんだろう。
おまじない、と日渡さんはそう呟いた。となれば。
「わかった。じゃあおまじないのことを聞かせてもらえる?」
「いいの? 令藍村の都市伝説か伝承か民話の話は」
「覚えてないってことはきっと重要じゃない。それよりかは実物があって今現在も実害があるこっちを探った方がいいと思うの。……そっちは覚えてる?」
「やっぱりそっちだよなぁ。それなら」
金本君が親に悪戯を暴かれた小学生のような顔を作る。そんな無邪気なものではないのに楽しげで私は内心頭を抱えたのだった。




