2―1 正しく繋げて、捧げよ
中央に置かれたメモ帳からむず痒い匂いがした。古びた畳が近いのかもしれない。乾いた草。郷土資料として保存されている古い民家の香りだった。
四人はただ神妙な面持ちで俯いている。仕切ると言った以上私が口火を切らなければ。端だけ黄ばんだページから四本出ている綱は相変わらず現実味がない。ほんの少しとペットボトルのお茶で口を湿らせた。
「まずそのレイアイ村で何があったか。というかどんな心霊スポットだったか教えてもらいたいんだけど」
スマートフォンを取り出しボタンを押してからため息をつく。さっき誰かが叫んだとおり、圏外と表示されていた。これでは検索はできないか。不安だがやはり四人の証言のみを元に考えるしかない。
「相沢さんは……本当に何も知らない?」
「レイアイ村について?」
「というか俺達の活動。かなり盛り上げたんだけどな」
スマートフォンの代わりにルーズリーフを一枚取り出し、ペンと一緒に目の前に置いた。
「SNSのことだよね。ごめんなさい、私アカウント持ってなくて」
「この時代に? うっそだぁ」
金本君の苦笑いに同調するように日渡さんがわざとらしく手を口の前に持ってくる。時代遅れ。格下。そういう侮蔑のこもった笑みだった。
「そんなの人それぞれだろう。それよりも本題に」
水原君が肘を机に乗せ、割り込む。二人はまた目を丸くして「わあ」と冷やかすような甲高い声を上げたが、その視界に自分の胸から伸びる綱を留めると一転して無言となった。
SNSを本当はやっているのは絶対内緒だ。興味がないからこの四人のものは一切見てなかっただけで。そもそも現実で繋がりのある人間に自分のSNSを教えたくはない。もっとも所謂“閲覧用アカウント”で自分から発信は一切していなかったけども。
「相沢ちゃんも俺達がよく心霊スポットに行って遊んでるのは誰かから聞いてるだろ?」
首肯すれば水原君が続けた。
「その……不法侵入だの器物損壊疑いだの窃盗だの一部の奴は叩いてくる。けどそういうのって生きている被害者が直接訴えるものだろう。たしかに法律に当てはめればアウトかもしれないが、グレーゾーンというかもっと裁くべき悪があると思わないか? 俺達も、見てくれる人達も楽しんでいるんだしチャラだと俺達は思っている」
「総意みたいに語らないでくれる?」
日渡さんが机を拳で殴った。
「何だと」
「まあまあまあ! 落ち着けよ日渡も水原も。俺も水原の意見に同意だし。お前らもそうだろう。外野がギャンギャンうるせぇんだよな。誰にも迷惑かけてないんだし。学生のモラトリアムを邪魔すんなって話だよなぁ」
「ちゃんと呪われないように線引きしてるし」
「線引き?」
「境界を越えないとも言う」
私が不思議そうにすれば水原君が得意げに答えた。
「あの世とこの世みたいに住んでいる世界を分ける言葉があるだろう。そんな感じで俺達は自分達の世界にあっちの世界のモノを持ち込ませないようにしているんだ。何も持ち帰らないで帰る。遊んだ道具も全部途中で捨てて、移動に使った車は全部レンタカー。綺麗さっぱり日常に戻る。徹底して……」
「そんなことしてるからやっと“死んでいる人間が今直接訴えてきている"んじゃないの」
月川さんの一言で全員が凍りついた。
「だってこれ、ねぇ」
綱を払うように手をひらひらとさせる。プロジェクションマッピングのようなそれはたしかに月川さんの胸にも繋がっていた。
ガタンと椅子をひっくり返し金本君が立ち上がる。「お前」と唇を戦慄かせれば水原君が羽交い締めにした。
「お前! 徹底してたのにお前がこんなモンをなあ!」
「金本。落ち着けって。月川も! そんなモン持ち歩いて少しは反省を」
「待って」
ここまで繰り返されたら何となく事情だけは察する。感情が昂ぶって話にならない金本君を放っておいて私は問題のメモ帳を見つめていた。ページの中央は新品同様なのに表紙や端は使い古したように薄汚れている……はずだった。
「ねぇ。このメモ帳ってこんなに汚れていたっけ? 月川さん。これの出所って」
瞬間。金切り声が鼓膜を刺す。暴れていた金本君が腕を下ろし、水原君も脱力する。日渡さんが立ち上がり自分の身体を抱き締めながら悲鳴を上げ続ける月川さんに駆け寄った。
「月川! どうしたの!」
「あ、あ……私の胸。痛くて、見たら」
「胸?」
日渡さんが無理やり月川さんの椅子を後ろに引いたので、私も立ち上がり金本君と水原君の視界を遮るように立つ。日渡さんが小さく了承を得て月川さんのシャツのボタンを外す。薄ピンクの花柄の下着に覆われた胸の中央には赤い綱。
その周囲の皮膚が青黒い瓦屋根のように積み重なり変化していた。
「レイアイさんの呪いだ」
日渡さんが半泣きの声で呟く。静まり返った会議室に洟をすする音が数秒響いた。
「服直して」
自分でも驚くほど冷淡な声だった。
「アンタ、何を」
「金本君。今は何時?」
突然名指しされ、金本君はポケットからスマートフォンを取り出す。十三時四十五分過ぎくらいと返され、もう一度メモ帳を凝視した。
月川さんの胸に繋がっている綱の周辺だけが黄ばんできている。恐らく見開きを四分割して……とざっくり計算する。
「全員席について。あと一時間くらいで全員たぶんそのレイアイさんの呪いに全身が侵されると思う。だからその前にこれ、何とかしないと」
どんな仕組みかなんてわからなかった。ただ、このメモ帳は呪いの侵食具合をご丁寧に教えてくれるらしい。見開きページの四分の一ずつがこの綱に対応していて、この長年使い古したような状態になるのが侵食具合を表しているのだ。部屋が揺れてから今までの時間、胸の青黒い“段々”とページの侵食具合、それから四人一斉に起きてないことを考慮するとそう考えるのが自然……と告げれば全員瞳に暗い影を宿しながらも頷いた。
「で、じゃあどうすればいいのよ?」
ハンカチで目尻を押さえて日渡さんが呟く。
「わからない。けど、"正しく繋げて、捧げよ"ってことはたぶん」
赤い綱を全員が見た。
「これを何とかするってことだよな」
水原君が恐る恐る手を伸ばす。そして自分の綱とメモ帳の繋ぎ目に指を這わす。すると指がヨーグルトにスプーンを入れるようにメモ帳の中に沈む。ひっと金本君が悲鳴を上げるのを聞かない振りをして水原君がその親指と人差し指を中で動かしているようだった。
粘液に塗れた指が綱を挟んでメモ帳からゆっくり引き上げられる。ドクン、ドクン、と脈打っているそれに私達は息を呑んだ。
「仕組みはわからないけど、中で枝分かれしてるらしい。Y字を逆さにした形状って言うのかな? その片方は持ち上げられる。もう片方は抜けないけどな」
「じゃあそれを繋げれば良いってことだ。じゃあ」
「正しく、でしょう。……正しくって何?」
月川さんの一言でまた私達は押し黙る。正論だが、少し黙っていてほしいと思ってしまう。「だから聞かせてほしいの。そのレイアイ村の話を」
少しだけ声に苛立ちが乗ってしまった気がする。その証拠に水原君と金本君が眉を大きく動かしていた。
「だって何もわからないから。四人で考えるより五人の方がいいでしょう」
四人でわかるならもう私なんか無視して何とかしてるだろうし。意外に仕切りたがりの水原君が呪いについて一切解決策を語らないのが証拠だった。
「レイアイ村とは命令の令に藍色の藍と書くんだ。だからレイアイさんはそのまま令藍さん」
金本君がため息と一緒に言葉を漏らす。覚悟を決めたというより、追い込まれたの方が正しい顔色をしている。
「さっき水原が言ったとおり、俺達はそこに昨年の夏休みに遊びに行ったさ。相沢ちゃんは知らないだろうけど、そういう界隈では結構有名な心霊スポットでまあ普通に肝試しして花火して帰ってきたってよくある流れ。ただ心霊スポットでもあるんだけど」
「おまじないをしたの。これも有名。今電波繋がってるなら適当に検索すれば何件も引っかかるようなものね。それで終われば良かったのに」
金本君と日渡さんが月川さんを睨む。胸を押さえ月川さんが目を反らした。
「ざっくり言うならおまじないに使った“もの”を月川が持って帰ってきちまって、良くないことが起きた。うん、予想してるだろうけどこのメモ帳。ヤバいから皆で返しに行ったんだけど……何で持ってるんだよ、月川」
ひりついた空気の原因を私はようやく理解した。




