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地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
第5章 姫巫女が遺したもの
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 パチパチと音を立てながら燃える火を眺める。暖かな部屋の中で、私たちはミカニ神聖王国からの使者を待っていた。


 部屋の中には、今回の騒動に大きく巻き込まれた人物ばかりが集まっていた。お姉様は、部屋の一番奥にあたる場所に座っている。その後ろには、ルセック様が騎士としての正装をしたうえで静かに立っている。どちらかというとお調子者の彼が、こうも黙ってまじめに仕事をしているのを見ると不思議な気分になる。


 その横には、エイブラム様とシリル様が並んで席についていた。最後までシリル様が辺境伯家の人間であるか確信が持てなかったのだが、古代遺物の効果が切れて停戦になってから、こちらへとやってきたエイブラム様により、確かに辺境伯家の人間であると証明された。


 貴族らしい上質な服を着ているが、表向きとはいえ、王家の狂信者として過ごした時間が長かったためか、服装と行動がちぐはぐだ。今も、周りの人々がぴしりと座っている中で、ふらふらと頭を揺らしたり、体を揺らしたり、居眠りをしたりと自由だ。しかし、頭は切れる、というエイブラム様の言葉により、彼はここに座っていた。


 私は、お父様の隣に座っていた。酷く疲れた様子で、私がミカニ神聖王国へと向かったころよりも、やせてしまったように思える。オールディス侯爵家は、中立派ということもあり、お父様はそれほど権力争いなどには首を突っ込んでいなかった。そのため、王城を訪れるのは必要最低限で、今も少し緊張しているようだ。


「ミルドレッド? 何か心配事か?」


 私がじっと見ていたことに気が付いたお父様が、少し白髪の混じった眉を下げて微笑んだ。


「いいえ、お父様がお疲れの様子でしたので……」

「あぁ、うん、そうかもしれないね……」


 私から視線を外しつつ、ため息をつくようにつぶやいた言葉が空気に溶けていく。どこか寂し気に遠くを見るような目になった。どこか消えてしまいそうな覇気のないお父様に胸が痛む。


 オールディス家は全員無事だった。お姉様のおかげで、お抱えの騎士も侍女も、さらには、領民さえも迅速に辺境伯領に避難させたというのだから驚きだ。


 しかし、命は無事でも、私たちオールディス家は今まで通りとはいかなかった。避難を促す前に、お姉様が、お母様を捕らえた。お母様は王家の狂信者の一員だったのだ。後からこの話を聞いた私は驚いて、聞き間違ったかと思った。


 お母様も生きてはいるが、今回の騒動によって、裁かれることは決まっている。あまりにも王家の狂信者たちが多いため、どのような罰が与えられるかが決まるのは、まだまだ先だろう。しかし、私たちと一緒に暮らすことはもうないだろう。


 私が気が付いていなかったように、お父様も気が付いていなかった。お姉様から話を聞いて、泣いたり、怒ったり、暴れたりもしなかったようだが、それがどこか痛々しくもある。いっそのこと感情をあらわにした方が私たちとしても安心できる。


 ただ、それはお父様だけでなく、お姉様にも言えることだった。お姉様は、今回の騒動で多くのものを失っている。お母様に、婚約者の王子殿下、王家派閥の友人も王家の狂信者だった人物がいたようで牢に入れられたと聞いている。それでも、悲しみすらも表情に出さず、いつも通りの微笑みを浮かべて、淡々と仕事をこなしている。


 一度心配で声をかけたのだが、軽く笑ったかと思うと、裏切られるのは慣れているから、などと言われてしまった。この世界での今までの彼女の生活を見ていると、きっとその言葉が指しているのは前世のことなのだろう。


 扉がノックされて、パッと顔を上げた。


「どうぞ」


 お姉様の声に合わせて扉が開かれる。その向こうに見えたのは、よく知っている顔だった。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「いえ、本来であれば、こちらから伺うべきところ、お越しいただきありがとうございます」


 お姉様とやり取りをしたクリフは、ニコニコと微笑みながら、勧められた席に着いた。そのすぐ横に、案内をしていたランドルフ様が座る。


「さて、本日は正式に終戦宣言をするための準備と伺っています」

「えぇ、エルデ王国が理由なくミカニ神聖王国に攻撃を仕掛けたことを、まずはお詫び申し上げます。そのうえで、本日は、終戦にあたり、賠償金と、今後の国交正常化に向けてのご相談をさせていただければと思っております」


 お姉様の言葉に、穏やかに頷くクリフを見ながら、私は胸をなでおろしていた。それは、二国間の溝が深いものの、まだ修復の余地がありそうだからというのもあったが、何よりも、彼自身の体に大きな影響がなかったことにほっとしていた。


 部屋に集められた貴族たちも交えて、賠償金と今後の活動についての話し合いが進められていく。基本的には、エルデ王国側が一方的に悪いため、私たちとしてはあまり意見を言えるような立場でもないのだが、クリフは無理難題を吹っ掛けてくることもなく、会議は淡々と進んでいく。


 外で、雪が降り始めたころ、会議は一度中断となった。しばらくの休憩を挟んで再開するということで、それぞれ席を立って廊下に出ていく。私も外の空気を吸おうと思って立ち上がったところで、クリフと目が合った。呼ばれている気がして、彼を追いかけて廊下へと出ると、私に合わせて少しゆっくり歩いてくれていた。


 中庭へと差し掛かったあたりで、立ち止まったクリフがこちらを振り向く。先ほどまでの枢機卿としての顔ではなく、どこか無邪気な少年のような笑みを浮かべている。気のせいかもしれないが、少し身長が伸びただろうか。


「久しぶりだね」


 いつも通りの口調にほっとする。私の知っているクリフは、どちらかというと砕けた口調の彼だ。


「お忙しいのにエルデ王国まで来ていただいて申し訳ありません」

「いいよ。オールディス家のみんなの様子も見たかったからね。それにしても、リリアンお嬢様は、いきなりやれって言われてよくやっているよね」

「そうですね。お姉様に負担がかかるので本当はお願いしたくなかったのですが、他に適当な方がいなかったもので……」

「まぁ、エルデ王族の血を引く家は、一家丸ごと王家の狂信者だったりするから仕方ないよね」

「オールディス家からも王家の狂信者が出てしまったので、本当は適切ではないのかもしれませんが……」

「……そうだね。まさか、クラリッサお嬢様が王家の狂信者とは」


 お母様をお嬢様呼びしたことに、彼と私の大きな違いを感じて、やはり、彼が私とは違う時間感覚で生きていたことを実感する。


「クリフは、お母様のことを知っていたのですか?」

「そりゃあ、もちろん。だって、どれだけ生きてると思っているんだい? オールディス家のことはずっと見ていたよ。だから、オールディス家に嫁入りしたクラリッサお嬢様のことだって、昔から見ていたさ」


 どこか懐かしそうに目を細めて、そのまま顔を軽くゆがめた。


「……オールディス侯爵は元気?」

「あまり……元気ではないですね。お母様が王家の狂信者であったという事実に驚いてしまったようで……」

「そうだよね……」


 それはどういう感情を表しているのだろうか。いくつもの感情が混ざったような表情を浮かべているクリフを見上げて、かける言葉を探す。やっとのことで口から出てきたのは、どうでもよい言葉だった。


「身長伸びましたか」


 言ってから、何を言っているんだろうと思ったが、クリフにとっては、それは嬉しい言葉だったようで、目を見開いたかと思うと、屈託のない笑みを浮かべた。笑った彼が、白い息を吐きながら楽しそうに話す。


「ミルドレッドお嬢様のおかげで、最近少し身長が伸びているよ。あの日、古代遺物を使えなくしてくれたから、祝福であり、呪いであった古代遺物の効果が切れたんだ」

「正直なところ、効果が切れてどうなるのかが、わからなかったから不安だったんです。突然今までの分の歳をとるなんてなったら、クリフが生きていられるか保証はありませんでした。でも、クリフが良かったのならば、よかったです」


 クリフは静かに頷いて、また笑った。


 彼は、彼自身に古代遺物の効果があった。それが生まれつきだったのか、それとも、後天的なものだったのかはわからない。彼にきっちりと確認したことはないからだ。


 それでも、私がかつての姫巫女様の記憶を垣間見ていると、必ずと言ってよいほどに、クリフによく似た人物がどこかにいた。最初は、よく似た他人だと思っていたのだが、あまりにも似すぎていた。気になって、ある日彼に聞いてみたら、不老不死なのだと教えてくれた。


 どれほどひどい傷を負おうとも、しばらく時間が経てば、元に戻る。ただ、その間に、人々は彼が死んでしまったと勘違いするため、何度か土に埋められたことがあると愉快そうに笑っていた。これは神様が与えてくれた祝福かもね、と笑って、そっと背中を見せてくれた。その背中には、びっしりと古代語が刻み込まれていた。


 ずっと笑って話していたが、人よりもはるかに長い時を生きていく彼の気持ちを想像すると、何とも言えない気分になった。彼の家族も、仲の良かった友人も、ずっと見守ってきた姫巫女様も、みんなみんな最後は彼を残して死んでいく。笑っていたけれど、どこか寂しげだったのは、そのせいだったのだろう。

お読みいただき、ありがとうございます。

すみません、少し遅刻しました。

次回は金曜日に投稿予定です。


1/19追記

予定では本日投稿でしたが、時間をあまり取れず、本日中に投稿が難しそうなため、明日投稿とさせていただきます。

お読みくださっている方には申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

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