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地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
第5章 姫巫女が遺したもの
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※血が流れる描写があるので、苦手な方はご注意ください。

 殿下は微笑みながら短剣の柄から手を離した。それとほぼ同時に、苦しそうな息を漏らしたランドルフ様が地面に膝をつく。ドサリと崩れるような音で現実に引き戻されて、反射的に彼に駆け寄った。


「ミ……ルド、レッド」

「だめです! 今は話さないで……血が……」


 彼を抱えるようにして、手をまわしてみれば、背中に刺さっている短剣の柄に手が当たった。はっとして、背中の様子を確認してみれば、刃はすべてランドルフ様に突き刺さっている状態だった。心臓の位置からはずれているが、かなり深くまで刺さっている。


「ミルドレッド嬢、わかっているよね。彼はもう助からないよ」

「あ、や、やめてっ!」


 制止しようとした私の手を簡単に払いのけて、殿下は短剣に手をかけると、それを勢いよく引き抜いた。途端に大量の血があふれ出す。


「あ……や……やだ、まって、止まって……」


 必死に彼の背中を押さえるが、私がどんなに止血しようとしたところで、指の間からどくどくと血が流れていく。このままでは死んでしまう。


 ぽたぽたと涙がこぼれるのを感じながら、流れていく血をどうにか止めようとするが、それは止まることがない。ランドルフ様もいつの間にか伏せてしまっていた。


「い、嫌。置いていかないで……」


 返事はない。彼の息があるかもわからない。確かめようと思って身を寄せようとしたところを、殿下に引き離された。


「や、やだ! やめてください! ランドルフ様!」

「彼は助からないよ」


 淡々と言い放って、私をずるずると石碑の方へと引きずっていく。抵抗しても、小柄な私ではされるがままだ。手も服も、ランドルフ様の血にまみれたまま、私は石碑の前へと引きずって行かれて、その場に放り出された。


 膝を強く打ったが、痛みを感じない。私が、再びランドルフ様の方へと駆けだそうとすると、すかさず押さえ込んできた殿下が耳元に顔を寄せてきた。そして、嘲笑するかのようにささやかれる。


「君のせいだよ。君のせいで彼は死んだんだ」

「……ぁ……」


 そう、私のせいだ。


「彼は君に巻き込まれただけだ。かわいそうに」

「……」

「君と婚約を結ばなければ、こんなことにはならなかった。そうだろう?」

「っ……!」

「ミルドレッド嬢のせいだよ。君がいなければ、誰も不幸にはならなかった。まだ抵抗する? 次はアデラ嬢? かわいそうだなぁ」

「……ぅ」


 石碑の前で何もできずに転がっている私に対して、殿下はさらに語り掛ける。


「古代遺物を使わないと、アデラ嬢の実家がどうなると思う?」

「そ、それは!」

「じゃあ、わかるよね」


 微笑んで私の顔を石碑へと向けさせる。まだ、ランドルフ様の温もりが残った手で、彼の血にまみれてしまった手で、私がやるべきことを思い出す。王子殿下は、震える私に短剣を握らせると、満足そうに後ろでたたずんでいた。


 短剣は、先程までランドルフ様に刺さっていた短剣だ。彼が倒れていく瞬間が目の前に浮かんでは消えていく。


「はっ……はぁ……」


 ガタガタと震える手で自分の指に傷をつけようとするが、震えているせいで刃先が大きく揺れる。浅い呼吸を繰り返しながら、短剣で指を切る。


 狙いが定まらないせいで、いつもよりも深く、そして、長く切ってしまった。ぱっくりと切れた指先からはどくどくと血が流れ、手にこびりついているランドルフ様の血を洗い流すかのように流れていく。恐怖か、後悔か、それとも、悲しさか。大きな感情のせいなのか、混乱のせいなのか、これほどすっぱりと切れている指にも痛みを感じない。


 それを石碑に押し当てると、既に輝いていたはずの石碑はさらに青白く輝いた。そうして、青い文字が現れる。震える声で、現れた古代語を読んでいく。古代遺物の存在を知ってから、古代語の勉強を欠かしたことはない。最初はあれほど苦労して読んでいた古代語も、今は意味を理解したうえですらすらと読める。


 これほど混乱して、頭がどこかふわふわとしてしまって、現実味がない中でも、私の口は勝手に言葉を紡いでいく。涙腺が壊れているのではないかというほどに、私の目からは涙が流れていた。


 やがて最後まで読み終わると、ズドンと大きな音を立てて、もはや白色に近い青色の光の柱が立った。それを見ていた殿下が声を漏らす。


「これは、今までとは違う。やはり、オールディス家の血は特別か」


 笑みを深めて、座り込んでいる私の腕をつかむと、次の石碑へと向かって歩き出した。光の柱が立ったことで、あたり一面が青白く見える。引きずられるようにしながら、殿下に合わせて歩いていく。


 何もしたくない。ランドルフ様のそばにいたい。


 でも、これは私が決めた結果なのだから、最後までやらなくてはいけない。私が、すべての石碑を起動させたとき、きっと古代遺物の力は消え去る。そのことに気が付いた殿下は怒るだろうか。私を殺すだろうか。あぁ、殺してくれるのならば、それも悪くはない。


 どうせ、生き残ったところで、ランドルフ様はいないのだ。私も彼を死に追いやってしまった責任がある。それを胸に秘めながら、何事もなかったかのように日々を過ごすなんて、そんな器用なことは私にはできない。




 次々と光の柱を立てていき、最後の石碑へとたどり着いた。石碑がある場所は、どこもかしこも寂れた場所ばかりだ。姫巫女様が実は初代国王陛下と仲が良かったことを、私は知っているが、きっと誰も信じはしないだろう。現に、これだけ姫巫女様の庭が荒れているのだから。


「ここで最後だよ」


 相変わらず穏やかな表情を崩さない殿下を、力なく見上げる。月光の中でキラキラと輝く銀髪を見ながら、まるで精霊のようだなどと思うが、その中身は真っ黒だ。今までと同様に血が流れている指を石碑に押し付ければ、しばらくして青い光が浮かび上がり、古代語となった。


 泣きすぎて鼻声な上に声はかすれているが、そこらへんは考慮されないらしい。私が読み上げるたびに、周りをふわりふわりと青い光が舞う。幻想的なその光景は、私が読み進めていくほどに、さらに華やかで輝かしくなっていく。


 まぶしいほどに光を放つそれらは、私が最後の単語を読み上げると共に、一つの場所へとぐるぐると集まり、やがて、先程までと同じように大きな音を立てて青白い光の柱となった。柱が立った際には振動で地面が揺れた。


 あぁ、やっと終わったのだと、目の前の石碑を見つめていた。暗い夜空の中に、何本も立ち上がっている強い光の柱。幻想的な光景を前にしても、心は全く動かない。脱力しきっている私は、その場にぺたりと座り込んで、ただただ、空を見上げていた。


 柱が立ってから数秒、まだ何も起こらない。


「何か間違っていただろうか」


 不思議そうに後ろで殿下がつぶやいたのと同時に、光の柱は色を白に変えた。上に浮かんでいた神の眷属たちは、その輪郭を失い、ただの光の靄へと変わる。光の柱と合流したかと思うと、新たに光の靄が現れ始めた。段々と何かを形作っていく様子を呆然と見つめる。


 私は、これが古代遺物を使えなくするものだと聞いているが、どのように実現されるかは聞いていない。徐々に形作られていくそれを見上げる。ミカニ神聖王国滞在中によく見かけた神像に似た姿が出来上がっていく。


 ピメクルス教の最高神が形作られても、光の靄が収まる様子はない。さらに何かが形作られていく。私の涙すらも乾かしてしまいそうなほどの明るさに目を瞬いていると、次々と神の眷属たちが形作られていった。


「……これがオールディス家の血の力」


 大きな力を手に入れて喜びをかみしめているのだろうか。殿下の傲慢さを含んだ声によって、私は俯いた。まだ、指の傷はぱっくりと切れたままだ。手も服も血だらけ。ほぼすべてがランドルフ様の血だ。この出血量では無事では済まない。彼の最期くらい傍にいたかった。


 自分勝手に自分の思いを伝えて、私の都合に巻き込んで、最後は死んでしまった。――私のせいだ。


 深く深く目を閉じて、せめてもの祈りをしようと手を組みかけたところで、パキリと何かにひびが入ったような音が聞こえた。思わず目を開けて周りを見渡していると、次の瞬間には目の前の石碑が砕けた。


「え……?」


 ふと顔をあげてみれば、上空に浮かんでいる眷属たちは弓を構えている。そこからとめどなく矢が放たれていく。その方向は様々で、王城内に放たれることもあれば、はるか遠くに向けて放たれることもある。しかし、弓から離れた矢は不思議なことにその姿を消していく。


 ばらばらになった石碑は、青白い光を放って、さらさらと消えていく。それ自体が最初から光であったかのように、光の砂となって舞い上がると、上空へと消えていく。


 まるで天の川を空全体に散りばめてしまったかのように、光が上空全体へと舞っている。それの光の砂はどんどんと増えていき、王城内の別の場所からも立ち上がり、少し目を凝らせば、王城から離れた場所からも光が舞っていた。


 きれい、だなんてこんなときに思うのは不謹慎だな、と目を伏せたところで、がしりと肩を掴まれた。無理やり振り向かされたすぐ先には王子殿下の顔があった。今まで見たことも無いような表情の抜け落ちた顔でこちらを見ている。


「何をしたんだ」

「お望みどおりに石碑を使用しただけです」

「君は何をした!?」


 私が微笑んで見せれば、殿下は引きつった笑みを浮かべた。


「あぁ、そういうことか。状況はわからないが、私は君に嵌められたわけだ」


 ゆらゆらとしながら、しゃがみこんだかと思うと、私のすぐ横に落ちていた短剣を握った。そのまま立ち上がると、私を冷たい水色の瞳で見下ろした。


「リリアンの妹君だから、悪いようにはしないつもりだったんだけれどな」


 短剣を振り上げたのを確認して、そっと目を瞑る。こうしている間にも、石碑の効果は絶大なようで、目を閉じていても瞼の裏に光を感じる。悪くない最期かもしれない。


 大勢の人を巻き込んでしまったけれども、その反省は地獄ですればいい。この世界に地獄なんて概念があるのかはわからないけれども。

お読みいただき、ありがとうございます。

次回は明後日投稿予定です。

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