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地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
第5章 姫巫女が遺したもの
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 時折、すりすりと頭を寄せてくる馬が可愛らしい。嫌われてはいないようだ。軽く頭を撫でてやると、ブルルと鼻を鳴らして満足そうだ。パカパカと音を立てながら、大人しくついてきている馬を見ていると、やはり、どこかに置き去りにするのはかわいそうに思えてくる。


 だんだんと空が白んできたことで、自分たちが畑のど真ん中にいることが分かってきた。目線の先には、街が見えるが、その手前にもぽつりぽつりと家がある。


「ここら辺の農家の方にあずかってもらうことは難しいでしょうか」

「領地にもよるが、農民の生活は決して裕福とは言えないからな。馬を預かると、その分負担が増える」

「そうですよね……」


 つぶらな瞳と目が合う。かわいそうだが、やはり、どこかに置いていくしかないだろう。自由に走って、少しでも草や水がありそうなところに行ってくれるといいのだが、今まで人の手によって世話されていたであろう馬がそう簡単に生きていけるのだろうか。


 しかし、これ以上迷っている時間もないだろう。自分の上着の下に隠れている侍女服からエプロンを外して、それを細長くなるように軽くたたむ。


「何してるの?」

「ルセック様、短剣を貸してください」

「え」

「説明は後でします」

「……自害とか勘弁してよ」

「しません」


 困惑しつつも、仕方なさそうに短剣を取り出してくれたルセック様から受け取って、指先を軽く切りつけた。戦争が始まってから毎日古代遺物を扱っていたこともあり、指先には切り傷ばかりだ。場所によっては、既に治癒しているものの皮膚が固くなってしまった部分もある。


 血が出てきたことを確認して、短剣を返し、先程のエプロンに染み込ませる。当たり前だが、古代遺物ではないただのエプロンのため、赤くじわじわと染み込む。しばらく待ってから、そのエプロンを馬の首に軽く結んでやる。頭を摺り寄せてくる馬を軽く抱きしめてやり、エプロンに手を当てながら、小声でいくつか古代語をつぶやく。


 エプロンが軽く青い光を放ったかと思うと、すぐに元の状態に戻った。それを確認して、そっと馬から離れる。


「さ、お行き」


 馬がしばらくこちらを見つめていたが、やがて、静かに私たちから離れると、そのまま走り出した。どうやら、向こう側に見えている森の方へと向かっているようだ。


「今のは何だ」

「お守りみたいなものです。それほど効果はないと思いますが、私の血を利用することで古代遺物のように若干効果を付与することができることに気が付きまして」

「それはミカニ神聖王国で知ったのか」

「はい」


 姫巫女様の記憶を見ることで、彼女がどのようにエルデ王国の王城の古代遺物を作成していたかを見ることができた。完璧に再現はできないが、何となくやり方は理解し、既にミカニ神聖王国内でも実験済みだ。


 そうはいっても、何か効果がある気がする程度のものしか私には作れていない。作成方法をすべて知っているわけではなく、断片的にしか記憶を見ることができなかったからだろう。


「私はかつての姫巫女様のような力はなく、これもお守り程度のことしかできないのですが、無いよりはましかと」

「そうか」


 私たちは、しばらく馬が走っていく様子を見ていたが、再び歩き始めた。覚悟はしていたが、農業地帯ということもあって、なかなか足場が悪い。街はすぐそこにあるように見えるが、実際の距離は思ったよりもあるだろう。




 日がすっかり高くなったころ、私たちはようやく街にたどり着いた。私とは対照的に、二人は顔色一つ変えない。ルセック様は騎士ということもあり、体力があると思っていたが、文官のランドルフ様まで体力がこれほどあるのは意外だ。


 街の中に入ると、思ったよりも普段通りの活気があった。あまり戦争中という雰囲気はない。人々はいつも通りに買い物を楽しんでいるようだったし、あちらこちらで楽し気な声が聞こえる。


 意外に思いながらも、私たちは人に紛れるようにして街の中に足を踏み入れた。人々の会話に耳を傾けてみるが、戦争の話は入ってこない。周りを見回してみようとしたところで、ランドルフ様に引き寄せられ、低い声で囁かれる。


「あまりきょろきょろするな。怪しまれる」


 こくこくと頷いて、そのまままっすぐ歩く。しばらく街の中を歩いていてわかったことは、辺境伯領の特産物が見当たらないということだった。この街は、辺境伯領にかなり近い。それを考えると不自然だ。誰も戦争の話はしていないが、それは彼らの生活にあまり影響がないから話題に上がらないだけだ。


 しかし、おそらく辺境伯領やミカニ神聖王国と商売をしていた商家はそれなりに打撃を受けているはずだ。それにも関わらず、彼らの文句が聞こえないのも少し不気味だ。どこかから圧力をかけられているのだろうか。


 思ったよりも活気あふれる街を歩いていると、ランドルフ様が不意に足を止めた。それにつられて、私たちも足を止める。彼の視線の先を追うと、そこには小さな店があった。


「ここで服をそろえるか。さすがにこのまま進むのは不自然だ」


 私たちの現在の格好は、ランドルフ様が御者、私とルセック様が侍女服を隠すために長い紺色の上着だ。確かに人々の中では浮いている。


 三人で店に入ってみると、かなり若そうな男性が店番をしていた。居眠りをしていたのか、私たちの足音に気が付いて、慌てて顔を上げた。


「いらっしゃい」


 寝ていません、とでもいうようににこりと微笑みを浮かべているが、眼鏡がずれている。店内には、服が積み上げられている。


「お客さんたち、珍しい組み合わせだね。御者のお兄ちゃんに、そっちの二人はいかにもお尋ね者って感じの服装」

「辺境伯領から逃げてきたんです」

「へぇ、まあ、今は随分と酷い状況らしいね。良く逃げられたね」

「まあ、おかげで財産はほとんど使ってしまいましたが」


 お財布をひっくり返すような動きを見せれば、けらけらと笑い声をあげられた。彼は眼鏡を元の位置に戻すと、足を組みなおした。


「そりゃ大変だ。少し安くしてあげるよ」


 私たちが話している間に、ランドルフ様が服を三着持ってきた。適当に見繕ってくれたのだろう。当たり前のように男性用の服が一着と、女性用の服が二着だ。ルセック様は女装しないとばれてしまうのだから仕方がない。


「これらを買いたいのだが」

「うん、三着ね。じゃあ、三十エルンドね」


 少し高い。値切るのが前提だからだろうか。にこりと笑みを張り付けて、店番の彼が腕を置いている机に近寄る。


「ちょっと高いです。どうにかお安くなりませんか」

「うーん、じゃあ二十五エルンドでどうかな」


 さらにずいっと顔を寄せる。


「さっきも話したけれど、私たちお金があまりないんです。もう少しお安くなりませんか」


 お財布をひらひらと振る。それを見ていた目の前の男性はおかしそうに笑うと、両手をあげて、目線を斜め上にずらした。


「そう言われちゃうとなぁ……。二十二エルンドでどう?」

「ありがとう! とっても助かるわ!」


 お財布から二十二エルンドを取り出すと、彼の前に置いた。それと同時にランドルフ様が後ろから話し出した。


「ずっと歩いていたから埃まみれなんだ。ここで着替えても?」

「どうぞ。店の奥に着替える場所があるよ。あ、そこの間を通って行ってね」

「すまない、助かる」


 私たちは服を抱えて、案内された通りに、奥の方へと進んでいく。積まれた服の山の間を通って、進んでいくと、扉が目の前に見えた。この扉の向こうで着替えるということだろうか。


「私たちはここで待っている」

「ありがとうございます」


 ランドルフ様から服を一着受け取り、少し先にある扉に手をかける。そっとドアノブをまわして押してみれば、ふわりと風が頬をかすめた。疑問に思うよりも先に、視界がぐるりと回る。


「きゃあっ!」


 反射的に声が出る。ボフンと音が鳴るのと同時に、背中に軽い衝撃が走る。痛くはないが、状況が読めない。顔をあげようとしたところで、口に布を噛まされ、手足を拘束された。状況を把握する間も、抵抗する間もなく、首のあたりに強い衝撃を受ける。


 耳の奥でランドルフ様とルセック様の焦った声が聞こえたような気がしたのを最後に意識を失った。

お読みいただき、ありがとうございます。

次回は明日投稿予定です。

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