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お姉様とランドルフ様に連れられて入った部屋には、先程の男性とルセック様がいた。部屋中には暖炉があり、パチパチと音を立てながら燃えている。こちらを見たルセック様が、軽く目を見開いた。
「……どうしてここに?」
置いて行かれたことを少し根に持っているため、あえて答えは言わずに微笑んで見せると、気まずそうな顔をされた。
「ミルドレッド、それは私も聞きたいのだけれど」
お姉様にも言われて頷く。ルセック様には微笑みを返しただけだが、ここまで来て目的を言わないわけがない。話す気はある。むしろ、そのためにここまで来たのだ。
勧められるままに席につき、全員が座ったことを確認したところで、先程の男が口を開いた。
「さて、まずは自己紹介といこうか。私はエイブラム・ガードナー」
「オールディス侯爵家の次女、ミルドレッド・オールディスです」
予想通り、相手はガードナー辺境伯家のご令息だったようだ。まだ青年の域の彼だが、それを感じさせないほどに体格が良い。辺境伯家という特殊な環境ゆえだろうか。
「ミルドレッドは今の状況をどれだけ把握しているのかしら」
「そうですね。先日、辺境伯領とミカニ神聖王国が同盟を結んだことは知っています。それから、お姉様が何か面白いものを持ち込んでいるとか、オールディス侯爵領の領民を避難させたというお話も。あ、お父様とお母様もいらっしゃるんですよね。無事でよかったです」
私が言葉を切った途端、その場の空気が重くなったのを感じた。空気が張りつめるのとは違う。重くなったという表現が正しい。その中でもお姉様だけが、いつも通りに微笑みを浮かべていて、先ほどと同じ違和感を感じる。この空気の中で穏やかな表情のお姉様は、少し不気味にも感じた。
「……お姉様?」
「安心して、みんな無事よ。落ち着いたら、是非顔を見せてあげて」
「はい」
やはり不気味だと思ったのは気のせいだったのだろうか。特に言葉に不自然さもない。首を傾げながらも、話を続けることにした。今は、この戦争を止めるための方法を考える方が重要だ。
「まず、私がミカニ神聖王国に滞在中に知ったことをお話しますね。結論から言うと、今、エルデ王城の古代遺物は兵器として使用されていますが、あれは正規の使用方法ではありません。本来は、古代遺物を使用できなくする効果を発揮するもののようです」
「その情報が確実に正しいという根拠は?」
エイブラム様にそう問われる。まっすぐに彼に向き合ったうえで、口を開いた。
「残念ながらありません。ただ、確実ではないものの、正しく使われていないという可能性は高いと思います。まず、古代遺物の大前提として、正しく効果を発揮するためには、ミカニ神聖王国民の血が必要となります。しかし、現時点で王城にミカニ神聖王国民はおそらくいません。私の予想では、おそらくエルデ王国民の血で動いています」
「エルデ王国民の血で? 古代遺物ってミカニ神聖王国民の血にしか反応しないはずじゃないの?」
お姉様の言葉に軽くうなずきつつ、続きを説明する。
「本来であれば、そうです。特に昔から存在している物は、ミカニ神聖王国民の血にしか反応しません。これは、ピメクルス教の枢機卿にも確認を取っています。ただ、エルデ王国の王城にある古代遺物は、他のものとは異なります。あれは、かつての姫巫女様によって作られたもので、ミカニ神聖王国民とエルデ王国民のどちらの血にも反応するように作られています」
「兵器にもなるように作られたということか?」
眉を軽く寄せながら、聞いてきたのはランドルフ様だ。確かにそう考えるのが普通だろうが、私が夢の中で見た姫巫女様は争いを望んでいなかった。
「いいえ、おそらく副産物でしょう。あの古代遺物の本来の使い方は、ミカニ神聖王国民とエルデ王国民、両方の血が必要なのです。それも、両国の平和を望むという条件付きです。ここからはあくまで推測ですが、おそらく、今、あの古代遺物を使用しているエルデ王国民は、両国の平和を望む方なのではないかと……」
あの古代遺物が、いくら荒れた庭に放置されているからといって、今まで誰の目にも止まらなかったことが不思議だった。特に、姫巫女様が生きていた時代では、エルデ王国の貴族たちは、彼女の血や古代遺物を利用しようとしていた節がある。
そうであれば、いかにもそれらしい石碑をどうにかして使用できないか試したはずだ。それこそ、姫巫女様の真似をして血を垂らした貴族もいたかもしれない。
それでも古代遺物が反応しなかったとしたら、それは何か条件を満たしていなかったからだ。以前、石碑が光ったと喜んでいたケネス様や、実際に動かしてしまったアデラ様。彼らのことをよく考えてみれば、二人ともミカニ神聖王国に対して、非常に寛容だったことが分かる。
まず、ケネス様は古代遺物の研究者ということもあり、ミカニ神聖王国に対してマイナスイメージを持っていない。それどころか、今の両国の関係性が冷え切っていることで、古代遺物を集める際に苦労していたようなので、両国の関係性が良好にならないか、と思っていたようだった。
アデラ様についても、強く関係性の改善を願っていたわけではなさそうだが、根っからの善人ということもあってか、できるだけ争いが起こらないように願っているように見えた。彼女が、ぼんやりと両国の平和を願っていても全く不思議ではない。
副産物としての古代遺物の発動条件は、おそらく平和を願うエルデ王国民の血だ。
そして、平和を願う人間が、仮に一度誤って攻撃をしてしまったとしても、自分がやってしまったことに恐れをなしたり、反省したり、深い後悔に襲われるはずで、このように何度もこちらを攻撃してくるとは思えない。それならば考えられる可能性は一つだ。
「そして、その方はおそらく強制的に古代遺物を使用させられているのではないかと思います」
「……やってくれるわね」
先ほどまで微笑みを浮かべていたお姉様から表情が消え去った。怒りに震えているわけでもなければ、恐れているわけでもない。本当に表情がごっそりと抜け落ちた顔をしている。
「ですから、私は王城を目指します。古代遺物を正しく使用することで、この状況を変えたいのです。ただ、そのためには、両国の平和を願ってくださる方がもう一人必要で……」
「私が行こう」
ランドルフ様がきっぱりと言い切った。こんなにも早く決まるとは思っていなかったため、拍子抜けした気分だ。
「あの、王城にたどり着くまでに捕らえられる可能性もありますし、下手をしたら死ぬこともありますが、良いのですか」
「わかっている。それに、それほど危ない場所にミルドレッドを一人で放り込むわけにもいかない」
その言葉に少しうれしくなりながらも、問題はもう一つ残っている。今、私からも話した通り、王城にたどり着くまでが難しいだろう。
「問題はどうやって王城にたどり着くかだね。護衛として俺もついていくよ」
ルセック様がそう言いながら、考え込む。やはり、人数が集まったところで、解決策はそう簡単には見つからないだろうか。馬鹿正直に正面突破をしようものならば、エルデ王国側の騎士に途中で捕らえられてしまうだろう。
「あら、いい方法があるじゃない」
そう言って、私を手招きするお姉様に近づくと、がしりと手首をつかまれて、立たされた。困惑してまたたきを繰り返していると、お姉様が部屋の中を見回して、微笑んだ。
「少しの間待っていて。すぐに戻るわ」
「え、お姉様」
お姉様にぐいぐいと引っ張られて、慌ててその背中を追う。彼女に従って、部屋を出て廊下を進む。途中で、お姉様が侍女らしき人物に何やら声をかけ、また進み、そして、先程とは別の部屋へと入った。
「さ、座って」
混乱しながらも、大人しくうなずいて、指定された場所に座った。
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