75
「えぇっと……?」
クリフが話した内容が飲み込めずに困惑して、聞き返そうと思うものの、何から質問したものかと頭を悩ませる。私たちは、今、資料室で向き合っている。
「いや、意味が分からないよね。話している僕も意味が分からないよ」
相変わらず笑みは崩さないものの、話した本人のはずのクリフも状況が飲み込めていないらしい。それもそのはずで、その内容というのが、にわかにも信じがたいものだったのだ。
「つまり、その、エルデ王国の辺境伯領は寝返って、エルデ王国と敵対。現在は、ミカニ神聖王国と同盟を結ぼうとしている。辺境伯領とエルデ王室の関係性から考えれば、ここまでは理解できるのですが……」
「まさかその指揮を執っているうちの一人がリリアン嬢とはね」
ハハッと軽く笑ったクリフに対して、珍しく考えがまとまらないままに返答をした。
「いえ、あの、笑い事じゃないですよ」
「だってここまで来ると笑うしかないじゃないか」
あのどちらかというとちょっと抜けているお姉様が、一体どうして辺境伯と手を組んでエルデ王国と敵対しているのか。もともと頭は切れる方だろうが、そのような過激な行いを今まで見たことはない。それに、どちらかと言えば、マイペースで抜けているところがあるように思っていた。
私がお姉様を正しく捉えきれていなかったということだろうか。
「オールディス家の長女であるリリアン嬢が指揮を執っている時点で、私たちミカニ神聖王国としては、彼らとの同盟を断る理由はないんだよね。ほら、オールディス家はやっぱり特別な血筋だから」
「同盟を組んでくださるのは、もちろんありがたいですが……」
そんなことよりも、何故お姉様がそんなことになっているのかの方が気になる。
「詳しい経緯を知りたいって顔をしているね。話してもいいけれど、こう、リリアン嬢のイメージが崩れ去ると思うよ」
「尚更知りたいですね」
クリフは苦笑いを浮かべると、彼が現在把握できている範囲内で、お姉様がしてきたことを話してくれた。どうやら、同盟を組むにあたって、ある程度やり取りをしていることもあって、向こうの状況もつかめているようだ。
話してくれた内容は、大体こんな感じだ。
お姉様は、実は、オールディス家全体が人質に取られていることを把握していた。私としては隠しているつもりだったので、どこでそれがばれてしまったのか心当たりがないのだが、今回、そのおかげで彼女が無事だったのだから良しとしたい。
そして、自分たちが人質になっていることを知ったうえで、表向きにはあえて何も目立った行動を起こしていなかったという。王子殿下が何やら怪しい動きを見せていたことにも気が付いていたようだが、それも知らぬふりを貫いていたらしい。
では、裏側で彼女がどのように動いていたのか。
まず、オールディス家にも王家の狂信者が紛れ込んでいると考えたようで、その人物を探し当てていたらしい。しかし、こちらも探し当てた後、特に目立った行動は起こしていなかった。
次に、王家との関係性がもともと微妙であった辺境伯とやり取りをして、どうにか手を組むことに成功。有事の際には、オールディス家の避難に手を貸してもらう約束を取り付けたようだ。今回の戦争勃発時に、人質であるはずのオールディス家が逃げられたのは、この約束のおかげのようだ。しかも、オールディス家だけでなく、領民までも避難させたというのだから驚きだ。
ちなみに、大使がどのように約束を取り付けたのかをお姉様に聞いたらしいが、微笑みを返されるだけで教えてくれなかったそうだ。オールディス家に紛れ込んでいた狂信者についても同様にはぐらかされたらしく、詳しいことは何もわからない。
このような形で、戦争が起こるとほぼ同時にオールディス領から逃げ出したお姉様は、約束の通りに辺境伯領へと避難し、現在はそこで辺境伯家のご令息と共に指揮を執っているという。
「……えぇ……?」
やはり、私が知っているお姉様とは大きくかけ離れている。それでも無事であるということには違いがないわけで、安堵している自分がいるのもまた本当のことだ。とりあえずオールディス家のみんなが無事であること、そして、さらに領民までもが無事であることに胸をなでおろした。
「それから、姿を消していたエルデ王国の一行――」
「ランドルフ様達ですか!?」
「そう、彼らも無事だよ。大使が辺境伯領内で彼らを見たらしい。とりあえずは一安心といったところだね」
「そうですか。良かった……」
心配していた人々全員がとりあえず無事であることが分かり、安堵のあまり、椅子に沈み込むような姿勢になる。その様子を微笑ましそうに見ているクリフに気が付いて、慌てて姿勢を正した。
「でも、辺境伯領で無事とはいえ、戦争の状況はどうなんでしょうか」
「あぁ、えっと、そのことなんだけれどね」
先ほどまでとは一変して、真面目な表情に戻った彼は言葉を選んでいるかのように少しの間黙り込んだ。その間にもまた轟音が聞こえてくる。
「ミカニ神聖王国としては、障壁を張ってもらっているおかげで被害がないんだけれども、辺境伯領はそうもいかない」
「障壁の範囲を広げることはできないのでしょうか」
「もともと範囲が決まっていたみたいで、ミカニ神聖王国外は難しいね」
つまり、現在辺境伯領は障壁の範囲外であるというわけで、エルデ王国から放たれる光に当たればひとたまりもないということではないだろうか。
私の考えていることを読み取ったのか、険しい表情のままクリフが頷いた。
「大体考えている通りだと思うよ。辺境伯領は決して安全とは言えないんだ。それに、ミカニ神聖王国が障壁で守られていて、攻撃をほぼ通さないことで、主な攻撃対象は辺境伯領になっている」
「それじゃあ……!」
「いや、それが完全にやられっぱなしっていうわけでもないんだ。リリアン嬢が何やら面白いものを辺境伯領に持ち込んでいるようで、完全に攻撃を防ぐことは出来なくても被害を軽減しているらしい。それどころかやり返しているなんて話も聞いているよ」
何を持ち込んだというのだろうか。特に思い当るようなものはない。古代遺物の本をどこかで見つけて持って行っているのだろうか。
「同盟が正式に結ばれれば、彼らの情報はもう少し得やすくなるよ。できれば、リリアン嬢にはこちらに避難してほしいところなんだけれど」
「それはそうですね。できれば安全なところにいてほしいですが……」
指揮を執っている彼女が辺境伯領から離れることはあるだろうか。私の知っているお姉様であれば、避難してくれそうであるが、話を聞いている限り、まるで別人のようだ。今のお姉様にお願いしたところで、辺境伯領に残ると言われる気がする。
だからといって、彼女を説得するために、ここを離れることも難しい。
何か戦争を終わらせるような打開策が見つかればよいが、今のところそういったものもなく、このまま長引きそうだ。幸いなのはお互いの国の被害がそれほどでもないことくらいで、確実に精神的には厳しいものとなっている。
「……戦争が早く終わるといいですね」
「そうだね」
私の何気ないつぶやきにうなずいた彼だったが、その表情には、それは無理だろうというあきらめが見えた。
遅くなり申し訳ありません。
次回は本日の夜(月曜の夜)に投稿いたします。




