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短いお話です。
暗い部屋に、コツ、コツ、コツ、と音が響く。一定のリズムを刻んで響くその音だったが、一つの扉の前で止まった。
少し軋む扉を開いた彼は、目の前の光景に眉一つ動かさずに、ただじっとそれらを見つめていた。
「……はぁ」
面倒そうにため息をついたかと思うと、部屋の中に足を踏み入れて、それらの近くに進んでいく。迷いなく進むその足に合わせて、規則的なコツコツという音が響く。やがてそれは、ピシャピシャと音を立て、そして止まった。
血だまりの中で倒れている二人を冷たく見下ろしていたが、服が汚れることも気にせずに、その場にすっとしゃがみこんだ。上着の裾にどちらのものかもわからない血がジワリと染み込んでいく。
「どうしてこんなことするのかな」
横たわる男女は、既に温かみを失っていた。目を静かに閉じて、どこか幸せそうにも感じられる表情で、顔色は悪くとも眠っているかのようにも見える。
「戦争が嫌だった? それとも自分が利用されること? もしくは家族が人質に取られていて安全が保障されていなかったこと?」
つらつらと言葉を並べていくが、返事が返ってくることはない。
「それにしても、戦争が終わるまで大人しくしてくれていれば、君たちにも少しは自由をあげようと思っていたのに、こんな無駄死にを選ぶなんてね」
冷たい水色の瞳はまるで氷を思わせる。
やがて立ち上がった彼は、二人に再び興味を示すこともなく、くるりと背を向けて部屋を出た。部屋のすぐそばで控えていた王家の狂信者の一人に、自らの背中側を指して口を開いた。
「あれ片付けておいて」
王家の狂信者にしては珍しく、少し眉を動かした。
「あぁ、言い方が気になる? でも、いくら人間だったとしても、死んでしまえば、それはただの物体だよ。じゃあ、あとはよろしく」
「……承知いたしました」
深めに頭を下げた彼を気にすることもなく、彼は階段を上っていった。やがて、足音が聞こえなくなったころ、頭を下げていた王家の狂信者は、そっと顔を上げて、扉の方を振り返った。
「随分とまぁ……」
呆れたように言葉を吐いた彼は、部屋に入ると、床に転がる二人を見て、気の毒そうに眉を下げた。
「あんたらも、もう少し待っていれば、こんなことにはならずに済んだのにな」
王子の意向を無視して、彼らをできるだけ丁寧に寝かせると、小さく祈りを捧げた。
「……いや、違うな。俺がもっと早く動いていれば、よかったんだ」
後悔のにじむ声で言葉を漏らす。彼以外に生きている者は誰もいないこの空間で、その言葉は重い響きを持って消えていった。
エルデ王国の王子が、騎士たちの士気向上のために戦場に出て、安全なはずの後方にいたにもかかわらず、戦闘に巻き込まれて亡くなったのは、それからひと月ほどのことだった。
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