表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
幕間 乙女ゲーム正規ストーリー③
71/92

70

※残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

 一度気を許してしまえば、あとは堕ちていくだけだ。


 あれほど死を望んでいたのに、あれほど自分の罪を償おうとあがいていたのに、どうして人というのは欲が出てくるのだろうか。


 拒否していた食事も、今は普通に食べている。この食事の出所がきれいなものだとは到底思えないが、そんなことすらも堕ちきった私にはどうでもよかった。


 王家の狂信者たちは、生きる気力を取り戻したように見える私から、毎日少量の血を採取するようになった。私の血は特別だ。きっと何かに使われている。そして、彼らが使っているということは、それは多分碌なことでない。


 最近頻繁に響く轟音と揺れがその証拠なのではないだろうか。戦争でも始めたのだろう。


「どうした」

「……外では何が起きているのですか。この音と振動は?」


 目の前の赤い瞳が揺れる。


 あぁ、嘘を考えている。最初に彼と出会ったとき、死にたい私に対して、無表情で無感情な声を浴びせながら、食事を強要するものだから、他の王家の狂信者のように、常人の感覚などないのだと思っていた。冷酷で冷徹、それが彼の第一印象だった。


 でも違う。


 無表情に見える顔だが、彼の目は意外と動く。動揺すれば揺れる。思った以上に豊かな感情を内に秘めていて、そして、王家の狂信者でありながらも、そのことを嫌がっているように見えた。


 そう気が付いてからは、彼のことが嫌いではなくなった。この閉じ込められた小さな世界の中で、彼と少し言葉を交わす時間だけが私の癒しとなり、そして、欲が出たのだ。彼ともう少し話していたいと、そう思ってしまった。


 そんなことが許されるはずがないはずなのにも関わらずだ。私のせいで多くの人々の命が犠牲になり、お姉様は生き地獄を味わい、さらに、おそらく今は戦争が起きている。私は小さな幸せであっても感じてはいけない。それが私の罰になるはずだ。そして、できるだけ早く死ななければならない。そう思っているはずだ。それなのに、どうしても彼に縋りたくなる。


「……最近、王子殿下が新たな実験をされると聞いていた」


 迷った末に彼の口から紡がれたのは、そんな言葉だった。おそらく、嘘はつきたくないが、戦争であるということを私に伝えたくもなかったのだろう。やはり、彼はどこまでも優しい。王家の狂信者でありながらも人としての良心をなくしていない。


 そんな彼にこんなことを言うのは酷だろう。


 でも、他の誰でもない彼がいい。


「ねぇ、ランドルフ様。――私を殺して」


 彼にこの言葉を放つのは、最初に出会ったとき以来だ。あの時は、彼もさして私に興味がなかったのだろう。簡単に突っぱねられて終わりだった。


 今、目を見開いた彼は、そのまま固まってしまった。固まっているのに、瞳だけはゆらゆらと揺れている。


 私が微笑みかければ、はっとしたように首を振った。


「だめだ。それはできない。君は生きなければならない」

「どうして? それは私が戦争の道具になるから?」


 彼がそんなことを思っていないのは知っている。むしろ、彼がそんな私を憐れんでいることも知っている。


「ちがう、そうではない」

「じゃあ、どうして?」


 微笑みかけたまま、もう一度問いかける。


 私の視線に怖気づいたように目線を下げた。彼は、多分自己主張が苦手だ。自分の意見を押し殺して、感情も押し殺して、そうやって生きている。きっと窮屈だろう。


 やがて、顔を上げた彼は、言葉を出すことをためらいつつも、そっと口を開いた。


「身勝手なことは……わかっている。……ただ、君に死んでほしくない。これは、ただの私の我儘で……私を置いていかないでほしい。……いや、忘れてくれ」

「いいえ、忘れない。ランドルフ様、私、考えたのだけれど」

「何だ」

「ランドルフ様も本当はずっと前から死にたかったのでしょう」


 私の言葉に返事はない。でも、それが答えだ。


 以前、私が眠る前に聞こえたような気がしていた声。あれは彼の声だったのだろう。


 ずっと考えていた。彼のような優しい心を持つ人間が、王家の狂信者として生きているのが不思議で仕方なかった。全部推測だ。しかし、何か弱みを握られているとしか思えない。


「……死ぬことはできない」

「もしかして家族が人質に取られているの? 自死したら家族も殺す、とか」

「……」


 ここまで推測が当たるとは、正直思っていなかった。うつむいてしまった彼の手をそっと取る。大きく、少し冷たい手。


 私の行動に顔を上げた彼は少し油断していたのだろう。彼の腰から素早く短剣を抜く。驚いた彼が慌てて私の手を掴む。


「ランドルフ様、私を殺して。あなたに殺されるのなら、私はきっと幸せよ」

「だめだ」


 少し震えた声を出した彼に笑いかける。


「大丈夫、置いていかないわ。私があなたを殺すから」


 自死じゃなければ、きっと彼の家族も巻き込まれない。私の言葉の意味を正しく理解した彼の手が緩む。私もそっと手を下ろす。


「……痛いぞ」

「覚悟の上です」

「そうか。ならば、君が先に刺してくれ」

「同時ではなく?」

「今は短剣がそれしかない」

「わかりました。それでは、失礼いたします」


 ただの令嬢の私は短剣の持ち方すらも知らない。何回か持ち方を試行錯誤して、そうして、その切っ先を彼の胸に向ける。


 バクバクとなる心臓がうるさい。目を瞑り、数回深呼吸をする。


 迷えば、彼が無駄に苦しむ。一思いに、短剣を前へと突き出した。柄から彼を刺した感触が伝わってくる。肉を切り裂いて中へと進む感覚に、怖気づきそうになるが、そのまま勢いに任せて奥まで差し込む。


「っ……」


 彼が小さく呻き、体をこわばらせた。差し込んだ短剣から手を離せば、ややゆったりとした動きで彼がそれを握りしめ、また小さく呻きながら引き抜いた。ボタボタと血が垂れて、彼の白いシャツは一気に赤く染まった。


「ミルドレッド」


 ささやくような声で私に呼びかけたかと思えば、ぎゅっと抱きしめられる。それと同時に鋭い痛みが胸を貫いた。熱い。苦しい。息ができない。


 彼が短剣を抜いたのは感覚で分かった。ドクドクと自分の中から血液が流れだしていく。抱きしめてくれているランドルフ様に縋りつくようにして、それでも彼がおいた短剣に手を伸ばす。彼が自死だと思われてはいけない。何とかそれをつかみ取り、そして、私たちは倒れた。


 焼けるような痛みに反して、頭はぼんやりとしていく。胸は厚く感じるのに、手足の先は冷たくなっていく。もう、考えることもできなくなっていく。


「ラ……ドル……さ……ま、ありが……と……」


 私たちは、やっと解放されるのだ。痛みの中で、穏やかな気持ちになっていく。


「……あ……り……とう……」


 もう何も見えない。何も聞こえない。穏やかな闇だけが、私たちを包み込んでいく。

お読みいただき、ありがとうございます。

遅れてしまい、申し訳ありません。

次回の投稿ですが、少し立て込んでいるため、土曜日とさせていただきます。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ