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地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
第1章 古くからの誓約
7/92

6

 お会計を済ませて、店の外に出ようとしたところで、リリアンが意外そうな顔をしていることに気が付いた。視線の先を見てみると、どうやら私が手にしている本を見ていたようだ。


「どうかされましたか」

「ううん」


 言葉では否定したものの、リリアンの目線が一瞬、護衛に向いていたことから、おそらく乙女ゲームに関する内容なのだろう。第三者がいるところでは話せないということだ。それならば、あとで馬車に乗った時に尋ねてみればよいだろう。


 扉に手をかけつつ、リリアンに話しかける。


「お姉様は、どんな本にしたのですか」

「私は小説にしたの。少し前に流行っていた『光の少女と王子』っていう恋愛小説」


 恋愛小説を選んだことを意外に思ったものの、よく考えたら、転生する前には、彼女は乙女ゲームをプレイしているのだ。特に意外でもないのかもしれない。


 扉を開けると再びにぎやかな雰囲気に包まれた。先ほどの古本屋の静けさが嘘のようだ。購入した本を抱えるようにして、できるだけ奪われにくいように努める。周りを見回して、怪しい人物がいないかを探るが、人が多すぎて何もわからない。


 すぐ目の前に馬車がある。あそこまで無事にたどり着くことができれば、馬に蹴られる運命は回避できたと言えるだろう。考えていても仕方がないので、一歩を踏み出した瞬間、人混みの中から小柄な影が飛び出してきた。押しのけられたであろう人々から「わっ」「何!?」といった驚きの声が上がる。


 その姿をとらえる暇もなく、次の瞬間には大きな衝撃とともにしりもちをついていた。反射的に本を抱えていた手は地面に置いてしまったようで、本は数歩先の位置に落ちていた。そのうちの1冊をつかんだ影は再び人混みの中に戻ろうと駆けだした。


「あっ! まって! 私の本!!」


 慌てて声を上げるが、止まる素振りはない。立ち上がって追いかけようにも、おそらく間に合わない。やはり本はあきらめるしかないようだ。


「痛っ!」


 少年の声が響いた。何が起きたのかわからず、周りを見回してみると、何かを投げた後のような姿勢をしているリリアンが叫んだ。


「この泥棒っ!」


 その言葉に状況を理解したであろう周りの人々が少年を取り押さえた。


「やめろ! 俺に触るな!」


 取り押さえられながら暴れている少年の近くには2冊の本が落ちている。1冊は私から奪った『古代文字の基礎』、もう1冊はリリアンが購入していた『光の少女と王子』。私はよく見えていなかったが、状況から考えて、おそらくリリアンが咄嗟に投げた本が少年に当たり、怯んだところを取り押さえられた、ということだろう。


 これ以上暴れても無駄だと思ったのか、少年は徐々に静かになっていった。そのころには、騒ぎが大きくなったためか、王国兵がやってきていた。街の人々は、少年を彼らに引き渡すと、解散していく。


「大丈夫?」


 そう言ってリリアンは手を差し出してくれた。こくこくと頷いて、手を借り、立ち上がる。少年の方を見ると、鋭い目で睨まれてしまった。解せぬ。被害にあったのはこちらの方で、むしろ、私が睨みたいところなのだが。


 2人いた王国兵のうち、1人が気が付いてこちらに近づいてくる。ひょろりと身長の高い彼は、少しかがむようにして私たちの前に立った。


「えぇと、被害にあったのはあなたたちだろうか」

「はい。妹にぶつかったと思ったら、本を奪っていったんです」

「そうですか、じゃあ、窃盗容疑かな。詳しいことは、またご連絡します。どちらにご連絡すれば?」

「オールディス侯爵邸に」

「承知しました。災難でしたね」


 そういうと彼は一礼して、その場を去っていった。リリアンが、私の手を取ると、心配そうに眉を下げる。


「手、擦りむいてる」

「あ……」


 彼女の言う通り、手のひらを擦りむいていた。おそらく、しりもちをついた際に、手をついたからだろう。血のにじんだ手に、リリアンが白いハンカチをあてる。ハンカチにジワリと赤が広がった。


「馬車に戻りましょう」


 私たちが話している間に、散乱していた本を拾ってきてくれたらしい護衛が戻ってきた。申し訳なさそうに首を垂れている。


「……リリアンお嬢様、ミルドレッドお嬢様。お守りできず、申し訳ありませんでした」

「いいの、大きなけがはなかったのだから、気にしないで」

「しかし――」

「大丈夫だから」


 にこりと笑うと、渋々といった様子で顔を上げてくれた。彼から本を受け取り、リリアンとともに馬車に戻る。馬車の扉が閉められ、ゆっくりと動き出したことを確認すると、リリアンが安堵したように息を吐いた。


「よかったぁ……。馬に蹴られることは回避できたみたい」

「そうですね。それに、お姉様のおかげで本も取り戻せました。ありがとうございます」


 膝の上に置いた『古代文字の基礎』の表紙をさらりとなでる。先ほど地面に落ちたせいか、少し汚れてしまっている。パタパタと払ってやると、汚れは目立たなくなった。それを見ていたリリアンがふと口を開いた。


「そういえば、さっきは護衛がいたから言えなかったけれど、その本を選んだのね」

「え?」

「私も題名を見るまでは忘れていたんだけれど、ゲーム内のミルドレッドも全く同じ本を選んでいたのよ。その『古代文字の基礎』っていう本。まあ、ゲームの中だと奪われちゃっていたから読めなかったんだろうけれど」

「そうなのですか。案外、本来のミルドレッドと本の好みが似ているのでしょうか」

「そうかもしれないわね」


 ゲームの中のミルドレッドも古代語に興味があったのだろうか。店主は、古代語の本は、この国では珍しいという話をしていた。希少価値から高値で売ることができると考えて、少年はこの本を狙ったのだろうか。しかし、突然ぶつかってきて、一瞬でそこまで考えて行動できるだろうか。そう考えると、やはり少年はただの窃盗犯ということだろうか。


 そういえば、ゲームの少年と今回の少年は同じだったのだろうか。


「お姉様、今日ぶつかってきた少年はゲームの少年と同じでしたか」

「少年の特徴をはっきりと覚えているわけではないから断言はできないけれど、多分同じな気がするわ」


 そうすると、本来はオールディス領の街にいるべき少年が、今日は王都にいたということだろうか。


 ほかにも気になることがいくつかある。護衛だ。少年が逃げていこうとした際に、リリアンは咄嗟に本を投げつけた。私が状況を理解できていない中で、そこまで行動できていたということは、彼女は間違いなく判断能力、反射神経、ともに優れている部類だろう。しかし、投げ終わった状態の姿勢で止まっていた彼女を見て思った。特に、武術や体術に優れているようには見えないのだ。あくまで少しだけ運動神経が良い令嬢程度の能力だろう。


 それに対して、武術を学び、それを仕事にする護衛。彼がリリアンに後れを取るのはどうにも不自然だ。私に少年がぶつかってくる前に防ぐことができる気もする。それが難しかったとしても、リリアンが本を投げつける前に少年を追いかけたり、私の様子を確認する行動に移るだろう。それなのに、私が記憶している限りでは、特にそういった行動は起こしていない。その割には申し訳なさそうな顔をして謝罪してきたことも気がかりである。


 ふと外の景色を見て気が付いた。王都の景色ではない。慌ててリリアンの方を向く。


「お姉様、アクセサリーショップに行くはずでは?」

「え? さすがにあんなことがあった後には行かないわ。アクセサリーも服も、また今度見に行けばいいもの。だから今日は帰りましょう」

「でも、楽しみになさっていたのでは……」

「そうねぇ……」


 リリアンは少し考える素振りを見せると、にっこりと笑った。


「じゃあ、次に街に行くときにはミルドレッドも一緒に来てね」

「そんなことでいいのですか」

「えぇ」


 考えるべきことは多くあるが、とりあえず、馬に蹴られる運命は回避できた。これで、また、ただのモブ令嬢に一歩近づいたに違いない。そうだ、今日の私はまさにモブ令嬢らしい振る舞いだったのではないだろうか。


 特に運動神経もよくないため、ぶつかられた後はしりもちをついていたし、物語の主人公のように少年を取り押さえるわけでもなく、悪役らしく少年に制裁を加えたりもしていない。この調子だ。私はこのままただのモブになって、平穏な生活を手に入れ、ゆっくり本を読んだり、思想に耽る未来を手に入れるのだ。


 そのためにも、今は運命を回避するためにも踏ん張らなければならない。帰ったら、また情報を整理してみよう。

お読みくださり、ありがとうございます。

続きは明日投稿いたします。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] かっぱらい、ひったくりというのは強盗罪です。窃盗ではありません。お嬢様が怪我を負われていますので強盗傷害罪になりますね。現代日本なら最低でも懲役3年の重罪です。
[一言] そもそも本を使用人が持たないところが
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