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「ライラ殿下、ミルドレッド様を困らせてはなりません」
穏やかな声に振り向いてみれば、いつの間に来ていたのか、クリフが見えた。殿下がここに来ることを見越していたのだろうか。
「でも!」
「確かにミルドレッド様は我が国にとって特別な存在です。手を貸してくださるのであれば、ミカニ神聖王国が被害を被ることはないでしょう。しかし、ミルドレッド様は姫巫女様の血が流れていようとも、エルデ王国でお生まれになり、今までそちらでお過ごしになられていたのです。ご家族もいらっしゃいます。それらを簡単に切り捨てることはできないでしょう」
「それは……」
淡々と言葉を並べ立てられて、少し冷静になったのか、ライラ殿下は黙り込んだ。しばらくして顔を上げると、私の方を見て残念そうではあるものの、落ち着いた声を出した。
「無理を言ってしまって申し訳なかったわ。その、でも少しだけでもいいから考えてみてほしいの。もちろん、ミルドレッド様がエルデ王国に帰るというのであれば、それを引き留めることも、恨むこともしないわ。考えてくれるだけでいいの」
「はい、殿下」
「……それじゃあ、私はこれで。今後の対策のことも含めて城に戻らなくちゃ」
肩を落としていたライラ殿下だったが、やるべきことを思い出したのだろう。私たちに背中を向けると、すぐに早足で教会から去っていった。
「それでは、私も失礼いたします。おそらく、王族から要請があるでしょうから、私たちも準備をしなくてはなりません」
クリフも私たちに背を向けると、来た道を帰っていく。礼拝堂に向かっているようだ。先ほど見せてくれた古代遺物を使用して対抗するのだろうか。
「俺たちも部屋に入ろう。ミルドレッド様がどうするにしても、一旦落ち着いて考える場所は必要でしょう」
ルセック様が今度こそ扉を開けると、さぁ、入った入ったと言わんばかりに、ランドルフ様と私を客室へと招き入れた。
そうしている間にも、一旦収まっていた振動が再び起こる。これがエルデ王国からの攻撃だというのならば、休み休みとは言え、先程の一回だけではなかったということだ。このまま残れば、間違いなくミカニ神聖王国内でのエルデ王国民の立場は悪化していくだろう。
ランドルフ様に招かれて、隣に腰かける。ルセック様は万が一のことを考えてなのか、扉のそばから動かない。壁に寄りかかるように立ち、私たちに話しかけてきた。
「ランドルフ様は、もちろんエルデ王国に帰るよね」
「そうだな。ここにいても仕方がない。最悪の場合、処刑されかねないからな」
「うん、俺もそう思う。同様に、護衛と侍女も引き上げた方が良いだろうね」
やはり、基本的にはエルデ王国に帰る方向で話は進むだろう。私ももちろん帰りたい。何も私を縛るものがなければ、迷いなくこの場に残ることができたかもしれない。でも、やはり家族のことを考えると、どうにも心配だ。
それでも、一方的に攻撃をされているミカニ神聖王国に同情してしまう部分もある。自分の良心に従って行動をするのであれば、ミカニ神聖王国に残りたい、というのも、また本心だ。私からエルデ王国を攻撃することはしないが、守るだけならば、ここに残りたいという気持ちも確かにある。
「ミルドレッド様はどうするの。ここに残るの?」
「私は……」
どうするべきなのだろう。どうしたいのだろう。
このまま流れに任せてエルデ王国に帰れば、人質にされている私の家族は無事だろう。つまり、三人の命が保障される。逆に、流れに逆らってミカニ神聖王国に留まれば、救うことができる命はもっと多い。それこそ数えきれないほどに多いだろう。
彼らの命の重みに違いはあるだろうか。誰もが誰かの家族で、友人で、同僚で、必要とされている人々のはずなのだ。私の個人的感情だけで家族を取ってよいのだろうか。
わからない。答えが出ない。どうしてこんなことを選ばなければならない。
思わず両手で顔を覆った。
「……ごめんなさい。わからないの。今は、答えが出せない」
多分、どちらを選んでも後悔はする。どちらを選んでも、誰かが犠牲になる。どちらも選びたくない。でも選ばなくてはいけない。涙目で走ってきたライラ殿下と、笑顔で私を見送ってくれたお姉様の顔が交互に浮かぶ。
「すぐに選ぶのが難しいことはわかっているけれども、俺たちは明日の朝には出発するよ。酷なことを言って悪いけれど、それまでに決めてほしい」
「……わかりました」
ルセック様の言葉にうなずくと、彼は気を遣ってくれたのか、部屋から出て行った。おそらく、廊下で見張っていてくれているのだろう。ランドルフ様と二人きりになった部屋の中は驚くほどに静かだった。だからこそ、たまに響く轟音がとてつもなく大きく感じる。
「ミルドレッド」
優しく呼ばれてゆっくりと顔を上げてみれば、こちらを気遣うような表情の彼と目が合った。以前よりも、表情が出るようになってきた彼の顔には、気遣いと、迷いが見られた。
「こんなときに申し訳ないのだが、話を聞いてほしい。まだ、話せていなかった現在の私の立場について……」
その言葉に嫌な予感が走る。
ミカニ神聖王国に向かっている最中に、彼は過去の話をしてくれた。そこで、昔、彼が王家の狂信者とのかかわりがあったことを知ったものの、それは彼が被害者という形だった。だから、私は、彼が王家の狂信者と関係がないと思い込んでいた。
でも、もしかしたらという予感がある。
「ま、待って」
思わず、彼の言葉を止めようと口にしてしまう。それでも、ランドルフ様は一瞬迷った表情を見せた後に、ゆるゆると首を振るだけで、話の続きを始めてしまう。
「私は王家の狂信者と関わりがあるんだ」
目の前が真っ白になる。一瞬音が消えたような錯覚に陥る。どこか意識の遠くでまた轟音が響いて、それが私を現実へと引き戻した。
「……どうして」
かすれた声で出てきたのはそんな言葉で、空気の中に溶けていく。今、私は一体どんな表情をしているのだろうか。
目の前のランドルフ様の瞳が揺れたかと思うと、長いまつげが伏せられた。目が合わなくなる。
「今まで黙っていて悪かった」
「私を……だましていたの……?」
「違う!」
はっと顔を上げたランドルフ様が、聞いたことも無いような大声で叫んだ。その声に驚いて縮こまる。
「どうして黙っていたの? 古代遺物に翻弄されている私は滑稽だったからしら」
違う。こんなことを言いたいわけじゃない。
「そんなことは思っていない!」
必死に否定するランドルフ様を見て、おそらく本心だということはすぐに分かった。それでも、彼が王家の狂信者の関係者ということは変わりなくて、理由が何かあったにしても、私と敵対する立場の人間ということも変わりない。
「でも、王家の狂信者と関係があるのでしょう」
「……私のことを信じられないのか」
きっと何か理由はあると思いたい。ランドルフ様が王家の狂信者と関係があったとしても、私と敵対しないと思いたい。それなのに、王家の狂信者という単語が、私の判断を鈍らせる。どうしても信用しきれないとも思ってしまう。
「……信じたいわ。信じたいの。でも……」
「話を聞いてほしい」
「……うん」
聞かないことには何も判断できない。何とか残っていた理性をかき集めて、感情的になることを止めて、彼の話を聞くことにする。ランドルフ様も緊張しているのか、深呼吸をした。
「まず、私は王家の狂信者と関係は持っているが、そうしたくてそうしたわけではない。私の幼少期については話した通りだからな」
「はい」
彼にとっても王家の狂信者たちは悪い印象しかないことを思い出す。
「ただ、最近になって彼らは私に接触してきた。いや、正確には、もっと前からだが、直接的に接触するようになったのは最近だ。そして、私が彼らに協力せざるを得ない状況を作り出した」
「……それは」
ランドルフ様と目が合う。
「人質だ」
お読みいただき、ありがとうございます。
すみません、予定よりも少し遅れてしまいました。
次回の投稿は月曜日を予定しています。




