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「ミルドレッド様、ちゃんと休めていますか」
心配そうに声をかけてくれるのは、今回ミカニ神聖王国を訪問するにあたって、エルデ王国から派遣された侍女だ。ミカニ神聖王国までの旅路でも、彼女は自身も疲れているはずにも関わらず、常に私の心配をしてくれている。
今日も三つ編みを揺らしながら、せっせと動き回っている彼女に心配そうな顔を向けられて、一瞬、言葉に詰まった。
「えぇ、その、ちゃんと休んでいるのよ。見ての通り」
「確かにそうですが、お疲れのご様子に見えますので心配になってしまいまして……」
彼女がそういうのも無理はない。鏡で見たときの自分は確かに疲れ切った顔をしている。
しかし、別に睡眠をとっていないわけでもないし、食事を抜いているわけでもない。せっかくミカニ神聖王国に来たのだからということで、街に出てみたり、古代語の本を探したり、読んでみたりなどはしているが、どれも常識の範囲内の活動だ。
古代遺物研究室の某研究員二人よりも健康的な生活をしている自信があるし、一般的な人の生活といってもいいだろう。
それなのに、どうしてこうにも疲れた顔になっているのか。
結論としては、姫巫女様の過去の記憶と感情を垣間見たあの日から、毎日のように彼女に関連する夢を見るのである。
礼拝堂にいるかどうかにかかわらず、与えられた客室にいようと、別の場所で居眠りをしようとも、大教会内にいる限りは、必ず姫巫女様の夢を見る。
それは、あの日のように悲しいものばかりではない。姫巫女様の穏やかな幼少期の夢のときもあれば、初代国王陛下と楽しく街をめぐっている夢のときもある。しかし、悲しい夢であろうと、楽しい夢であろうと、私の感情とは関係のないものが毎日流れ込んでくるのだ。
さすがに疲れてしまう。
しかし、いつまでもこの生活が続くわけではない。大教会にいるのは、あと数日だけであるし、それまで少し疲れはするものの耐えられないほどでもない。心の中で気合を入れなおしていると、いつの間にか髪をきれいに結ってくれた侍女がにこりと笑った。
「ミルドレッド様、できました。今日はどちらへ?」
「せっかくだから、大教会内で古代遺物探しでもしてみようかしら。私も一応研究員ではあるし、古代語の本ばかり読んでいるわけにもいかないわよね」
「かしこまりました。それでは、何かありましたら、お声がけください。すぐ近くに控えておりますので」
「ありがとう」
少し疲れがたまっている体を奮い立たせて、廊下へと出れば、壁に寄りかかっていたルセック様がこちらを見た。
「今日もあまり顔色が良くないね」
「もうこれは仕方がないというか……」
「枢機卿曰く、姫巫女様とミルドレッドの親和性が高いらしい。あまり辛いようであれば、早めに切り上げてエルデ王国に帰っても良いと思うが。さすがに王子殿下もこの状況で怒りはしないだろう」
いつの間にその場にいたのか、後ろからかけられた声に反応して振り返ってみれば、いつも通りの感情を含まない赤い瞳がこちらを向いていた。
「ランドルフ様。いえ、大丈夫です。あと数日ですから」
「そうか。無理はするな。今日は何を?」
「大教会内に古代遺物があるかどうかを探そうと思います」
「探さずとも、皆さま既に見つけていらっしゃいますよ」
穏やかな口調で語られた言葉に、廊下の先を見てみれば、今日も聖職者らしい微笑みを浮かべたクリフが立っていた。
「枢機卿、それは一体どういうことですか」
訝し気にするランドルフ様に対して、変わらない微笑みを浮かべながら、彼は私たちの方へゆっくりと歩みを進めた。
「そのままの意味です。既に皆様の視界に入っています」
「それって、もしかして、枢機卿自身が古代遺物ってことある?」
ルセック様が、すっとぼけたようにして適当な答えを言っても、クリフは穏やかなままだ。
「それは面白い考えですね。まるで古代人が好きそうな考えだ。それは置いておくとして、別のものでちゃんと皆様の視界に入っていますよ」
私たちはお互いの顔を見合わせた後に、きょろきょろと周りを見渡した。見えるのは、白い廊下、私が出てきた部屋の扉、絵画。この中であれば、絵画の可能性が一番高そうだ。
私たちの目線が絵画に集まったところで、クリフは首をゆるゆると振った。
「そちらの宗教画は大変価値のあるものですが、古代遺物ではありません。そうですね、もっとはるかに大きいものです」
その言葉にはっとする。この大教会の見た目は、エルデ王国の城とそっくりだった。そして、エルデ王国の城は、石碑が置いてあり、城全体が古代遺物のような状況になっている。
以前、クリフにエルデ王国の石碑のことを聞いた時に、石碑のような古代遺物は知らないと言っていたが、別のもので動く仕組みだとすれば、この大教会自体が古代遺物という可能性もある。
私が顔を上げると、クリフは満足そうにうなずいた。
「ミルドレッド様はおわかりのようですね」
「違うかもしれませんが、大教会そのものでしょうか」
「お見事」
軽くパチパチと手を叩いた彼は、私たち三人を見回した。
「実際に見てみましょう。こちらです」
彼に連れられて向かったのは、礼拝堂だった。既に何度か訪れているその場所に、私たちが気が付かなかった仕掛けがあるらしい。
今日もステンドグラスからは美しく、鮮やかな光が落ちてきている。クリフが現れたのを見て、礼拝堂内で掃除をしていた聖職者たちが一斉に頭を下げた。彼が手を上げると、再び、自分たちの作業へと戻っていく。
「これからお見せするものは、大変力を要するものでして、古代遺物を操ることができるミカニ神聖王国民でも、何十人単位でないと操ることができません」
彼が説明しながら向かった先は、私たちも何度も目にしている神像だった。
「こちらの神像の足元をよくご覧ください」
言われてそちらに目を向けてみれば、小さな皿状のくぼみが見えた。あれは、血を入れる場所だろうか。
「あのくぼみに血を垂らします。この古代遺物は特別で、何かを唱える必要はありません。人々の祈りに反応します」
「祈り、ですか」
問い返してみれば、彼は頷いた。
「何かを唱えるというのは、唱えることに意味があるというよりも、人々の祈りや願いを形にしやすくするための手段です。その手段を消し去ったものが、こちらの神像です。つまり、原始的な古代遺物とでも言えるでしょうか」
今まで見たことがない新しい種類の古代遺物をまじまじと見る。今までは、ただの神像としてしか見ていなかったが、どうやらかなり貴重な古代遺物のようだ。
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次回は水曜日を予定しております。
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