表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
第4章 ミカニ神聖王国の姫巫女
62/92

61

 冷たい夜風に吹かれながら目を細める。


 クリフとしばらく話した後、彼は仕事があるからと忙しそうに去っていった。大教会の中であれば、好きなように動いてよいとのことだったため、食事の後に歩き回っていた際に見つけたバルコニーに招かれるように近づいた。


 そっとバルコニーに出てみれば、そこには素敵な光景が広がっていた。


 昼間も、街全体が白色で統一されているミカニ神聖王国は神秘的だったが、夜になって家々に明かりがともされたことによって、さらに幻想的な光景が広がっていた。


 高台にあたる場所に位置するこの大教会からは、街を見下ろす状態で、下をみれば柔らかな明かりに包まれた街を見渡すことができる。


 上を見上げてみれば、下の街の明かりによって多少は見えづらいものの、多くの星々が輝いていた。冬特有の冷たく張りつめた空気によって、はっきりと輝く星々は、今にも落ちてきそうなほどだ。


 上を見ても下を見ても夢の中のような光景で、いつまでも眺めていたい気分になるが、外に出る想定ではなかったため、思ったよりも寒さがこたえる。芯から冷えるような寒さは、足元から徐々に這い上がってきているようにも錯覚させる。


 これ以上、この服装でここにいたら風邪をひく。名残惜しい気持ちになりながらも、最後に街の景色を一通り眺めて踵を返そうとしたとき、室内へと続く扉が開く音がした。


「……ミルドレッド?」

「ランドルフ様」


 彼がここを訪れたことに少し驚きつつも、こちらに近づいてきた彼を見上げる。彼の艶やかな黒髪は、闇の中に溶けてしまいそうだ。


「寒いだろう」


 そう言って、彼は羽織っていた上着を優しく肩にかけてくれる。


「ありがとうございます。でも、私が羽織ってしまっては、ランドルフ様が……」


 彼を見上げてみれば、上着の下には薄手のシャツを着ているだけだ。彼もまた、外に出ようと思ってバルコニーに来たのではなく、たまたま見つけて訪れただけなのだろう。


 私の言葉に、目を瞬かせた彼は、少し考えるような素振りを見せると、私の身長に合わせるように少しかがんだ。きれいな赤い瞳が間近に迫ったことで、思わず体が強張った。


「それならば、こうしよう」


 彼は私の肩に先ほどかけた上着を手に取った。もう一度羽織るのかと思えば、私を軽く引き寄せて腕の中に抱えられる。彼の体温を感じて混乱しているうちに、彼自身と私に上着がかかるように羽織ると、そのままバルコニーの下を眺め始めた。


 そっと彼を盗み見るが、いつも通りの無表情で、私のような焦りや混乱は見られない。ドキドキしてしまったのは自分だけで恥ずかしさと、少しの落胆を覚えた。


 温かい彼の腕の中で、同じ方向を眺めた。


「エルデ王国はあちらでしょうか」

「そうだろうな」


 顔のすぐ近くで声が聞こえたことで、肩を震わせた。この距離間で話すのは軽率な行動だったな、などと、数秒前の自分の行動に心の中で頭を抱えた。


 何とか冷静さを保って、先ほどと同じ方向を見る。視線の先にエルデ王国が見えるわけではない。ここからは距離もある。見えるのは、ただ街の明かりだけだ。


「明日から大教会の図書室を利用できるらしい」

「そうなのですね」


 ここはミカニ神聖王国だ。きっと古代語の本が多くあるに違いない。微笑みながら口を開く。


「では、滞在中に少しでも読まなければなりませんね」

「それは……君の本心か」


 わずかに心配の色を含んだ声を落とされたことで、思わず振り返って彼を見上げてしまう。まっすぐにこちらを見る赤い瞳と視線が交わる。


「……どう、なんでしょうね。私にもわかりません」


 本を読むのは好きだ。この世界で生きるようになるよりも前から好きだった。しかし、それは気の向くままに読む場合の話だ。


 今の私は、家族を人質に取られ、何かしら役に立つ情報を得ることを望まれて、ここにいる。それと同時に、やはり、本や新しい知識への探求心もあるように感じる。一体どちらが私の本心なのだろうか。


 それでも、やるべきことは変わらない。


「ただ一つ言えるのは、私がここで本を読んだり、古代遺物について調べる以外に道はないということだけです」

「……そうか。妙なことを聞いて悪かった」


 申し訳なさそうにそう言ったランドルフ様を見て、心配させてしまっただろうか、と考える。できるだけ明るく見えるように笑顔を作る。


「いいえ、お気になさらないでください。それよりも、ほら、ランドルフ様。あちらがお城ですよ。昼間とはまた雰囲気が変わって素敵ですね」


 私につられて目線を上げた彼が、すぐ近くの城へと視線を動かした。


「そうだな」

「せっかくミカニ神聖王国に来たのですから、エルデ王国では見ることができないものや、知ることができないものを探したいですね」

「確かにそうだな。ブライトウェル領で扱える品が見つかれば、輸入するのも手だな」

「ブライトウェル領は、海を通じての貿易が盛んではありますが、ミカニ神聖王国と海路でつなぐと、陸路よりも高くつくのでは?」

「そんなことはない。ミカニ神聖王国内でも、比較的ブライトウェル領に近い街もある。場所を選べば可能だろう」


 私たちは、冷たい風に吹かれながらも、身を寄せ合って、ああでもない、こうでもないと婚約者らしくもない話をしばらくの間、続けていた。




 窓から差し込んだ光は、僅かに漂っている部屋の中の埃すらも、キラキラと輝く光の粒子のように見せかけていた。


「まぁ、素敵なお話ですのね」


 両手で口元を押さえて、頬をわずかに染めた彼女の言葉に、私は力なく首を横に振った。


「……いえ、ただの愚か者の話です」


 昨夜、ランドルフ様と肩を寄せ合いながら、夜風に吹かれつつ、長い時間話をしていたという文章だけ見れば、巷で出回っている恋愛小説の一説のような素敵さだ。


 しかし、現実はそう甘くない。


 どちらかと言えば、体が弱い方の私は簡単に風邪をひいてしまった。朝起きたらいつもよりも体が重く感じ、僅かな倦怠感と、軽い頭痛に襲われた。


 私の朝の支度をしようと部屋に入った侍女が慌てた様子で、私を布団に押し戻した。幸いなことに、熱もそれほど高くなく、部屋の中でおとなしくしている分には問題ないだろうとのことで、古代語の本を数冊部屋に持ち込んでもらったのが午前中の話だ。


 現在、私は不敬なことにベッドに座った状態で、ライラ殿下と話をしていた。


 午後、今度こそはしっかりと許可を取って大教会を訪れていた殿下は、私の部屋にまたもや突撃してきた。風邪をうつしてしまうことを危惧したのだが、当人は特に気にした様子もなく、その場にとどまった。


 そのことにより、私はライラ殿下とベットに座った状態で、しかも、部屋着のまま話すという大変不敬な行いをしている。風邪と自分の行動のせいで頭が痛い。


「まるで恋物語の様ですわ。私もそのような恋をしてみたいものです」

「いえ、私たちは、ライラ殿下がご想像なさっているような関係ではありません」

「あら、またそのようなことをおっしゃって」


 完全に照れ隠しだと思われている。


 しばらく面白そうにこちらを見ていた殿下だったが、ふと真面目な顔に戻ったかと思うと、憂いを帯びたような大人っぽい雰囲気に変わった。


「私、恋というものがわからなくて。ミカニ神聖王国では、最後の姫巫女様のことで悲しむ方がとても多いでしょう。でも、私は少し、かの方が羨ましくもあったわ」

「羨ましい?」

「えぇ、姫巫女様の恋は報われず、悲劇的な運命をたどることになったのも事実ではあるし、それは、ミカニ神聖王国全体の悲しみでもあるわ。それでも、そこまでの熱量をもって誰かを愛することができるのって素敵でしょう」


 そうだろうか。最後の姫巫女様は、悲劇的な自分の運命を知っていても、なお、初代国王陛下を愛しただろうか。


「それにね、私は姫巫女様の心と記憶を共有したことがあるの」

「……心と記憶の共有、ですか」

「あら、そんなに難しい顔をして聞くような話でもないのよ。これは私が小さい時の話だから、ただの勘違いだったとも思うの。それでも、この国には昔からある噂があるのよ」


 殿下の言葉に目を瞬かせてみれば、いたずらっぽく笑った彼女はすぐに口を開いた。


「大教会の礼拝堂には、歴代の巫女姫様の意識が宿っているっていう噂。この国では有名な噂というか、伝説というか、そういった類の話ね」

「それでは、ライラ殿下の小さい時のお話というのは……」

「えぇ、私、最後の姫巫女様の意識と少しつながったことがあるの」

お読みいただき、ありがとうございます。

次回の投稿は、土曜日を予定しております。

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ