51
ランドルフ様が話し始めようとしたところで、私たちは顔を見合わせた。馬車の速度が落ち始めたのだ。
「休憩のようだな」
「そうですね」
おそらく、私が乗っていることで気を遣ってくれているのだろう。休憩のために一度どこかに立ち寄るようだ。窓から外の様子を見てみれば、小さめの街の中にいることが伺える。どこかの領地の中心地だろう。
ランドルフ様の現在の立場については、この場で聞いてしまいたかったというのが本音ではある。勇気を出して話してくれているのだから、時間が空いてしまうと、もう話してもらえないのではないかと思ってしまう。
ちらりと斜め向かいに座っているランドルフ様を盗み見るが、いつも通りの無表情で何を考えているのかはよくわからない。
やがて完全に馬車が停まると、足音が近づいてきた。
「失礼いたします」
「どうぞ」
私が声をかけると、すぐに扉が開かれ、外の冷たい空気が風と一緒に入ってくる。開かれた扉の前には、若い騎士が一人立っていた。
「長旅になりますので、こちらの街で一度休憩をとります」
私たちは頷くと、立ち上がった。ランドルフ様に手を借りながら馬車を降りると、質素でありながらも歴史が長そうな建物が目の前に見えた。この領地を治める領主の屋敷だろうか。
周りを見回してみれば、護衛騎士たちが乗っていた馬の世話をしていたり、話し合っている様子が見え、別の馬車からは侍女たちが降りて何やら忙しそうに作業をしている様子が見える。
どうするべきか考えていると、屋敷の中から使用人と共に領主と思わしき人物が現れた。どこかで見覚えがある顔立ちに首を傾げかけたところで、彼はにっこりと微笑んだ。
「ようこそ、ホフマン男爵領へ」
私もカーテシーをしながら、頭を働かせて、ふとひらめいた。ホフマン男爵家ということは、マルコム様のご実家ではないだろうか。おそらく、先ほど感じた既視感は、男爵とマルコム様が似ていたからだ。
「さぁ、こちらへ。特徴らしい特徴はない領地ですが、良いところだと思っております。ぜひ、お寛ぎください」
穏やかに微笑む男爵は、そのままゆっくりと歩みを進めた。私たちも後に続いて屋敷の中へ進む。
「マルコムがいつもお世話になっております。頼りない子ではありますが、これからもよろしくお願いいたします」
「いえ、私たちの方こそいつもお世話になっております。先日も助けていただいたばかりで」
「おや、あの子がですか」
男爵とランドルフ様が話している少し後ろを歩いていると、ふと視線を感じたような気がして周りをぐるりと見回した。
「ミルドレッド様?」
今回、私付きとして一緒に旅をしてくれている侍女に声をかけられた。気が付かないうちに足を止めてしまっていたようだ。
「あ、いえ、何でもないの。ごめんなさい」
「お疲れでしょうか」
「ううん、大丈夫よ。ありがとう。でも、あなたも疲れているだろうから、ちゃんと休んでね」
「とんでもございません」
年頃は15歳くらいだろうか。今の私よりも年上だが、まだ少女とも言えそうな若さの彼女はぶんぶんと大きくかぶりを振った。三つ編みに結われた明るい茶髪がぶんぶんと揺れる。その様子が少し面白い。
古いものの掃除が行き届いていて、全体的にきれいなことから、この建物が大切に受け継がれてきたことが伺える。歴史を感じる建物に対して、少し興味を持ちながら歩いていると、比較的手前の方の部屋の前で立ち止まった。
「こちらへ」
招かれた部屋に足を踏み入れてみれば、暖かな火がパチパチと音を立てて燃えている暖炉が目に入った。その近くには深みのある落ち着いた赤色のソファーとテーブルが置いてある。
促されるままに、ランドルフ様の隣に座ると、男爵は向かい側のソファーに腰かけた。相変わらず、穏やかな表情を浮かべている。温和な性格なのだろうか。
私の方を見ると、目を細めて微笑んだ。
「長旅で疲れたでしょう」
「いえ、私はただ座っているだけでしたので。それよりも、道中、護衛をしてくださった騎士の方々や、御者の方に負担がかかっているかと思います」
「ミルドレッド様と同年代のご令嬢でしたら、長距離移動のしんどさで泣く方もいると聞きますよ。ここまで休みを挟まずにいらっしゃったとお聞きしております。どうか無理をせず、こちらではゆっくりと休んでくださいね」
「ありがとうございます」
周りに当たり散らそうとは思っていないが、実際、座っているだけとはいえ、道が悪くお尻が痛いのは事実だ。ここは男爵の厚意に甘えてゆっくりとさせてもらった方が良いだろう。
「お二人はミカニ神聖王国に向かうと聞いております。息子からも手紙が届いておりました」
「はい、研究に役立ちそうな情報を探そうと思っております」
再び、ランドルフ様が男爵と話し始めた。それと同時に、目の前にお茶が差し出される。伝統的なオールディス侯爵領産のお茶と思われる香りが部屋の中に広がる。知っている香りに安心感を覚えつつ、二人の会話に耳を傾けていると、後ろから視線を感じた。
そっと後ろを振り向いてみれば、閉じられていたはずのドアが微妙に開かれていた。しかし、その隙間に人影は見えない。誰かに見られていたのだろうが、それが誰だったのかはわからない。
首を傾げていると、ランドルフ様に小声で話しかけられた。
「どうした」
「先ほどから視線を感じておりまして、後ろを振り返ったところ、扉が開いています」
小さく扉の方を指さすと、その仕草に気が付いた男爵が困ったように眉を下げて笑った。
「申し訳ありません。多分それは愚息の仕業です」
そう言うと、手にしていたティーカップを音もたてずに置いた彼は、すっと立ち上がって扉へと近づいていった。ドアノブに手をかけて、廊下に顔を出しながらきょろきょろと誰かを探し始めた。
「ルセック、出てきなさい」
「そこにはいないよ」
男爵の言葉に対して、予想外の方向から声が聞こえてきた。思わず、上を見上げてみれば、通気口らしき穴から人が落ちてきた。正しくは降りてきただろうか。音もたてずに綺麗に着地した彼は、何事もなかったかのように汚れをパタパタと手で払うと、こちらを見てにっこりと笑った。
「やぁ、こんにちは」
呆気に取られている私を気にした様子もなく、こちらに近づいてきたかと思うと、まだ口をつけていなかった紅茶を飲みほした。そのことに気が付いた男爵が眉を吊り上げた。
「ルセック、何をしているんだ。それはお客様のお茶だ」
「あ、そうだよね。ごめん、そこの子、お茶新しく淹れて出してあげて」
近くに控えていた侍女に指示を出すと、彼はそのまま部屋の中をうろうろと歩き回り始めた。
ルセックという名の男性に完全にペースを乱されている様子の男爵は、頭が痛いとでもいうように眉を寄せてため息をついていた。
そんな男爵を気にする様子もなく、私たちの前に立った彼は、にこりと笑って口を開いた。
「初めまして。ホフマン男爵家の四男、ルセック・ホフマンと申します。えぇと、ランドルフ様と……?」
「ミルドレッド・オールディスと申します」
「あぁ、王子殿下の婚約者の妹君か」
なるほど、とでもいうように納得した様子の彼を男爵が小突いた。そのまま流れるように頭を下げた。
「愚息が大変な失礼を働いて申し訳ありません。いつまでも落ち着きがないものでして、よく言い聞かせておきます」
「いえ、それほど気にしておりませんので」
私が慌てて返事をすれば、やっと顔を上げた男爵は、ルセック様をソファーに座らせて、何か小言を言っている様子だった。
「ルセック殿というと、あの騎士団で名高い」
「そう、それ俺」
「こら、ルセック」
「騎士団で名高いとは……?」
私の疑問の言葉に、身を乗り出したルセック様は、いたずらっぽい笑みを浮かべた。
「へぇ、知らない人もいるんだ」
「ミルドレッドは一年ほど前まで領地内で過ごしていた。社交の場にも、それほど出ていなかったから噂を耳にする機会も少なかったんだろう」
「あぁ、なるほどね」
ほっそりとした足を組むと、笑みを深めた。マルコム様と顔立ちは似ているはずなのに、これほど表情に差が出るのは不思議だ。
「俺、天才って呼ばれているんだ」
恥ずかしげもなく言い切った彼に呆然とする。部屋の中に沈黙が落ちた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回の投稿は明日を予定しています。
よろしくお願いいたします。
10/22 追記:
体調があまり優れないため、投稿を明日(月曜日)に延期させていただきます。申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。




