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地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
幕間 乙女ゲーム正規ストーリー②
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「ミルドレッド!」


 オールディス邸の静かな廊下に怒気を含んだ声が響いた。貴族令嬢らしからぬ大きな声に、少し眉をひそめながらも振り返ってみれば、鋭い視線が突き刺さる。


「お姉様、どうかなさいましたか」

「どうかなさいましたか……ですって?」


 いつもの淑やかな様子を捨て去った状態で、つかつかと歩み寄ってきた彼女は、私に殴りかかろうとしてきたが、侍女に止められたことで正気に戻ったのか、ぐっとこらえて一歩引いた。


「どうしてアデラ様に嫌がらせをしているの。私は王子殿下とアデラ様が仲良くしていても気にしていないわ。だから嫌がらせはやめてほしいと、そう言ったわよね」

「そのことでしたか」


 できるだけ飄々とした様子に見えるように心がけながら、お姉様から視線を外す。


 正直なところ、私はアデラ様をいじめたくて嫌がらせをしているわけではない。ただ、オールディス家全体を助けるためには、クリフとの約束を果たすことが必要だ。そして、そのためには、この方法が一番手っ取り早かったのだ。


 オールディス家の評判を地に落とすには、どうするべきかは何度も考えた。


 例えば、私たちオールディス家が領民に課す税金を無理やり上げるなども一つの手ではあったが、それではあまりにも彼らの負担が大きすぎる。無関係ともいえる彼らを巻き込むわけにはいかないし、そもそも、領地の経営を任されているのは、領主であるお父様だ。私がどうにかできる話ではない。


 そうなれば、私個人でオールディス家の評判を落とすしかない。


 男癖が悪くて遊び歩いている令嬢、というのは、地味顔の私では、そもそも男をひっかけることができるような魅力がないため、難しく、領民から集めた税金で散財をする気にもなれない。


 使用人をいじめるというのも一つの手ではあるが、そういった令嬢はよくいるようだし、それくらいでは、実際問題にもならない。


 いろいろ考えた結果、貴族令嬢のアデラ様に対して、大々的に嫌がらせをすれば、周りが勝手に騒いでくれると判断したのだ。なぜならば、彼女は、王子殿下が気にかけているご令嬢で、良くも悪くも社交界では話題の少女だからだ。


 そのような話題の中心にいる彼女に嫌がらせをすれば、人々は簡単に騒ぎ立ててくれる。


 今はまだ、私たちに対して好意的な意見も多い。お姉様の婚約者にちょっかいをかけたのは、アデラ様だという認識が人々の中にあるからだろう。


 しかし、私が最後に仕掛けている彼女の殺害計画が表に出れば、オールディス家の評判は地に落ちるに違いない。もともと、アデラ様は性格も良く、これといった欠点もない方だ。今まで、彼女に対して批判的だった人々の態度も軟化するだろう。


 そうはいっても、殺害計画は、あくまで立てているだけで本当に実行する気はない。私が、計画を立てていたという事実さえ表に出れば、それでよいからだ。


「ミルドレッド、考え事をしている状況ではないでしょう」

「お姉様こそ、そろそろ王子妃教育に向かわれてはいかがですか」


 私のことを睨みながらも、踵を返して歩き始めた様子から、時間が押していたことがわかる。忙しい合間を縫って、わざわざ文句を言いに来たのだろう。


「はぁ……」


 彼女の姿が見えなくなったことを確認して、小さくため息をつくと、傍に控えていたカミラが心配そうに口を開いた。


「お嬢様……。リリアンお嬢様には、すべてお話しなさっても良いのではありませんか」

「いいの。お姉様はお優しいから、心配をかけたくないの。お父様とお母様も同じ。全部終わったら、ちゃんと話すから」


 アデラ様をいじめるようになってから、家族との関係は悪化していた。当たり前だ。彼らからしたら、私は意味もなくアデラ様に嫌がらせをしているようにしか見えないのだ。


 カミラなどの一部の使用人には、先に事情を話してある。彼らには、どうしても手伝ってもらわなければならない部分が出てくるため、話さざるを得なかったのだ。


 それに、アデラ様にも事前にある程度謝罪をして、これから何をするのかは説明してあり、同意してもらっている。そのため、お茶をかけてドレスが汚れた日には、別のドレスを贈ったり、彼女がけがをしないように嫌がらせをしている状況だ。要は茶番だ。


 アデラ様は、その理由を知らないため、いつも首を傾げていらっしゃるし、私の評判が落ちることを危惧して、周りに対しても私を庇う発言をしているようだ。それがかえって私の評判を落としており、かなり都合が良い。


「それに、この茶番も今日までよ」


 カミラが手にしている本に目を向けると、彼女もその本を大切そうに抱えた。


「そうですね、お嬢様。上手くいくと良いのですが……」

「大丈夫よ、きっと」


 微笑んで見せれば、緊張した面持ちのカミラも少し笑顔を見せてくれた。私は、そのまま後ろに控えていた護衛騎士に対して頷く。彼がクリフと繋がっていると知ったときには驚いたが、計画を進めていく中で、屋敷の中には、クリフと繋がっている人々が多いことを知った。


 計画が上手くいけば、もう見ることもないかもしれない廊下を名残惜しく思いながらも歩き、玄関から外に出る。目の前には馬車が用意されていた。


 後ろを振り返ってみれば、オールディス邸が目に入る。きっともう二度と見ることはないのだろう。


 覚悟を決めて再び馬車に向き直り、迷うことなく歩みを進めて乗り込んだ。




 小さな窓が一つだけの質素な部屋の中で、私はいつも通りに文献を広げて古代遺物について調べていた。最初に連れてこられた時には、質素な部屋だと感じていたが、私が本や茶器などを持ち込むものだから、最近は、すっかり生活感があふれている。


 少し気に入り始めていたこの部屋とも、おそらく今日でお別れだろう。


 窓から差し込むあたたかなオレンジ色の光に照らされて、部屋はやわらかい雰囲気になっている。そろそろ帰る時間だ。ここまではいつもと同じ行動をとってきたが、この後が肝心だ。


 私はこの部屋を出るときに、王子殿下宛の報告書を王城勤めの騎士に手渡している。部屋の前で護衛している、正しくは、私を監視している彼らに渡す。彼らが、その内容を確認した後で、王子殿下に渡しているというのは知っていた。


 つまり、そこに殺害計画書を紛れ込ませておけば、彼らはすぐに気が付くはずだ。そして、すぐに私を捕らえて一時的に貴族牢に入れるに違いない。


 カミラが持ってきてくれていた本を開いて、挟み込んでいた計画書を取り出す。


 内容は至って稚拙でありながら、しっかりと殺意を感じ取れるように書いた計画書を、今日の研究報告書に紛れ込ませて手にする。


 目を閉じて深呼吸をする。


「よし……」


 何事もない風を装って、扉に手をかける。開いた瞬間に、部屋の前に待機していた騎士たちの視線が刺さる。


「本日の報告書です。よろしくお願いいたします。それでは、失礼いたします」


 軽く挨拶だけして、その場を去る。きっと彼らはすぐに報告書を確認する。


 早ければ、馬車に乗る前に捕らえられるだろうし、遅くてもオールディス邸に到着する前には捕らえられるだろう。


 クリフとの打ち合わせでは、一旦、私は素直に捕まることになっている。オールディス家の人々も捕捉される可能性があり、その場合には、彼らについても同様だ。


 そして、オールディス家の処遇が決まり、貴族牢に移動する途中や、平民に落とされたところで、クリフたちが私たちを助けてくれるという手はずになっている。


「……あとはクリフに任せるしかないわね」


 馬車が見えてきたところで、後からバタバタと足音が響き出した。自嘲気味の笑みを浮かべながら、後ろを振り返ってみれば、先ほどの騎士たちが血相を変えて私に向かってきていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

本日は乙女ゲームの正規ストーリーのお話です。

あと二話は正規ストーリーのお話が続き、その後は本編に戻る予定です。


明日の投稿ができないため、本日続けてもう一話投稿いたします。

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