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 揺れる赤い瞳は、彼の心を表しているのだろうか。多分、彼は今、迷っている。


 視線を逸らすことなく、私も彼を見つめ返す。私たちの間に沈黙が落ちることはよくあるが、こういった緊張感のある沈黙はあまりない。窓から差し込む光はわずかで、薄暗く埃っぽい部屋の中で、ただ視線が絡み合う。


 彼が何かを口にしようとした瞬間、立て続けに、ドン、ドン、ドン、ドン、ドンと何かが噴出したかのような音が響き、それと共に地面が軽く揺れた。しばらくして、小さな窓から、まばゆい光が差し込んでくる。思わず腕で遮ろうとするほどには、それは強い光だった。


「な、何でしょう?」

「わからない。確かめるしかないな」


 私たちは、青白く強い光に目を細めながらも、窓の近くへと移動した。近づいてみてわかったことは、光は上空から降り注いでいるということだった。


 しかし、ただ上方向から光が落ちてきているということが分かっただけで、光の正体を突き止められない。顔を見合わせた私たちは、頷くと、窓を開けた。長い間使われていなかったのか、ギギ、と音を立てながら窓は開いた。


 外と繋がったその空間から、私たちは顔を出すと、空を見上げた。


「あれって……」


 私の間抜けな声が空気に溶けていく。


 目に映ったのは、どこか神聖な雰囲気を放つ、空に浮かぶ戦士だった。一人は半裸の男性で大剣と盾をそれぞれの手に持っており、もう一人は、女性で弓をつがえている。青く光り輝く彼らの大きさは、私たちとは比べ物にならないほどに大きく、城の上空を彼らが覆っているような状況だ。


「まるで、ピメクルス教の神の眷属だな」


 珍しく驚きに目を見開いているランドルフ様が、空を見上げたままつぶやいた。


「それでは、あれはまさか……」

「古代遺物かもしれないな」

「でも、今日は、私が血を付けたのは中庭の石碑だけです」

「ミルドレッドの姉君が何かしたという可能性は?」


 その言葉に青くなる。もし、そうであるとすれば、それは王子殿下にお姉様が利用された可能性が高いということになる。


「お姉様は、この時間は王子妃教育のはずです。抜け出して何かをするような人ではないので、お姉様が関わっているとしたら、それは……」

「どちらにしても確認すべきだろう」


 そう言うと、私の手を取って歩き出した。つられて私も歩き出す。不安は残るものの、確かにランドルフ様の言う通り、状況を確認しないことには、どうしようもない。


 小走りで中庭へと向かう。廊下に出て、中庭側の窓を目にしてわかったことは、どうやら石碑から光の柱が立っているということだった。光が現れる前の轟音は、この光の柱が立った時の音だったのかもしれない。石碑の数とも一致している。


 廊下ですれ違う侍女たちも、この異様な光景に目を奪われており、走っている私たちを気にする様子はない。むしろ、気が付いてすらいないのだろう。


 中庭へと続く渡り廊下に出たところで、生い茂る雑草の中にきらきらと光る何かが見えた。目を凝らしてみれば、それは上から降り注ぐ光に照らされて光っているようで、誰かの髪だということが分かった。近づくにつれて、その人物が呆然とした様子で石碑の前に立っていることがはっきりと見えてくる。


 予想外でありながら、予想外でもないその人物に、驚きつつも、彼女に向かって走り続ける。


 やがて、足音に気が付いて、こちらを振り返った彼女の神秘的な緑色の瞳が私たちを捉えた。どこか呆然とした様子だった彼女は、見知った顔を見て安心したのか、焦りのような表情を見せた。


「アデラ様!」


 私が声をかけると、彼女は震える唇を少し開いた。


「ど、どうしましょう……。どうしてこんなことに……」


 混乱しているのか、会話は成り立ちそうにない。大きな瞳に涙の膜が張っている。何が起きたのかはわからないが、この事態に関わっていることは明らかだろう。


「落ち着いてください。深呼吸を……」


 全く落ち着いていない私が言ったところで、あまり説得力がないが、どうにか安心させたくて、言葉をかける。彼女は浅い呼吸をしていたが、どうにか深呼吸をしようと試みている。じきに落ち着くだろう。


 ゆっくりと背中をさすっていると、この状況に気が付いて、私のことを探していたのであろうカミラと護衛騎士が奥から走ってくるのが見えた。オールディス家の血筋の意味を知っている騎士は、目線で私に問いかけてくる。私が原因かどうかを確かめているのだろう。


 彼にだけわかるように、小さく首を振ると、ほっとしたような表情に変わった。


「とりあえず、座りましょう。そこにベンチがあります。カミラ、何か布を敷いて差し上げて」

「かしこまりました」


 走ってきたはずなのに、息切れもせずに答えた彼女は、無駄のない動きで、ベンチにハンカチを敷いた。そのまま、私からアデラを引き取ると、ゆっくりと座らせて、背中を優しくさする。


 その間も、上空に浮かぶ神の眷属らしき者たちの姿は消えることなく、留まっている。


 石碑から光の柱が立っている様子と、焦っていたアデラの様子から、彼女が石碑に何かをしたことによって、この状況が引き起こされたと推測できる。


 一番最初に考えられるのは、やはり、彼女の血に反応して石碑が光り出したという可能性だろう。


 実際、私やケネス様の血によって、石碑は光っていたのだから、可能性としては高い。ただ、私たちが行ったときには光が消えてしまったことを考えると、アデラはさらに何か特別なことをしたのか、それとも、彼女の血が特別なのかのどちらかだろう。


 詳しく話を聞きたいところだが、今の彼女に問いかけるのは酷だろう。やっと落ち着きを見せ始めたのに、私が質問をすることで、焦りを思い出させてはいけない。


 そうなると、次の問題は、上空の眷属たちは自然消滅するのか、それとも、何か行動を起こさなければ、このままなのか、という部分だろう。


 石碑に近づいてみるが、石碑自体が光って、その上部から光の柱を立てていること以外に何かを見つけることはできない。ぐるぐると周りをまわって様子を見てみるが、本のときのように、新たに文字が浮かび上がっているわけでもない。


 やや視線を上げて、上空を見る。


 神の眷属であり、そして、戦士でもある彼らが手にしているのは武器だ。この石碑にどういった内容が書かれているのか、私はまだ理解できていないが、使い方を誤れば、被害は甚大なことになりそうだ。下手に動かない方がよいだろうか。


 今のところ、眷属を模した彼らが動く様子はない。


 全く危険がないとも言えないが、むやみに石碑の文字を読み上げて被害を出す可能性を考えると、現状維持の方が良いだろう。


 そこまで考えをまとめたところで、場違いな拍手が後ろから聞こえてきた。


 振り返ってみれば、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた王子殿下が、ゆっくりとこちらに歩いてきていた。


「素晴らしい結果を出してくれた。これはミルドレッド嬢が?」

「いえ……」


 私の返答に対して、意外そうな顔をした彼は、そのまま隣のランドルフ様へと目線を向ける。しかし、彼もまた首を横にいる。


 完全に予想外だったのだろう。笑みが一瞬消えた彼は、ようやくアデラの存在に気が付くと、再び笑みを浮かべた。穏やかでありながらも、どこか捕食者のようなその目に、アデラが顔を上げた。


「君が? 予想外のことばかりだ」

「……王子殿下」


 ふらふらとしながらも、立ち上がったアデラは、殿下に対して挨拶をしようとするが、それよりも先に、殿下の方が手を振った。


「あぁ、挨拶はいいよ。それにしても見事だ。この城に大規模な古代遺物があることは伝えられていたんだけれど、使い方はもちろんのこと、場所すらも記録がなかったんだ。それを見つけ出して、こうして顕現させたんだ」


 明らかな異常事態の中で、王子殿下だけがいつものように穏やかに話を続ける。


「この白亜の城全体が使われるほどの大きな古代遺物だったなんて思わなかったよ」


 きっと、私たちは見つけるべきでないものを見つけてしまった。上空には武器を構えた眷属が、目の前には不気味なほどにいつも通りの王子殿下が立っている。


 向かい合った状態のまま、私たちは無言で立っていた。

お読みいただき、ありがとうございます。

すみません、少し遅れてしまいました。


こちらで、第三章完結です。

次回は、幕間の正規ストーリーを投稿いたします。

こちらの投稿ですが、土曜日を予定しております。


よろしくお願いいたします。

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