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カタカタと音を立てながら揺れる馬車の中は、窓から差し込む明るい光で満たされている。目の前のお姉様の艶やかな髪は、朝日を受けて、キラキラと輝いている。
「……聞いたことがないわ。そもそも、そこら辺の設定については、ストーリー内でほとんど語られていないの」
「そうですよね……。オールディス家の血についても、お姉様はご存じなかったので、ストーリーで語られていない気はしていたのですが……」
昨日の石碑について、お姉様ならば何かを知っているのではないかと思い、馬車の中でこうして聞いてみたのだが、やはり知らないようだ。
「そもそも、それって古代遺物なのかしら。確かクリフの話では、ミカニ神聖王国民の血に反応するってことだったと思うのよね。それなのに、その血が流れていないことが明らかなはずのケネス様の血に反応したのでしょう? それって、もう古代遺物とは別物と考えてもいいのではないかしら」
お姉様の言葉は最もだろう。
古代遺物がミカニ神聖王国民の血にのみ反応すると仮定するのならば、石碑は古代遺物とは別の何かなのかもしれない。
「一番良いのは、古代遺物に詳しそうなクリフに聞けることなのだろうけれど」
「そうですね……。別件なのですが、一つ気になっていることがありまして、クリフの正体について、お姉様は何か知っていたりしませんか。例えば、乙女ゲームの登場人物だった、など」
「クリフの正体?」
眉を軽く寄せて、何とも言えない表情をした彼女だったが、それでも考える素振りを見せてくれた。一応、何かあったか思い出してみようとしているのだろう。
しばらくして、目線を上げたお姉様は、首を軽く横に振った。
「いえ、特にはないと思うわ。唯一登場しているのが、ミルドレッドにぶつかったシーンくらいではないかしら」
「そうですか……」
「何か気になることでもあったの?」
「実は、以前――」
クリフというのは愛称であり、本名は別にあるらしい、と話し出そうとしたところで、馬車が停まった。二人で話し込んでいたことで、スピードが緩んでいることに全く気が付いていなかった。
お姉様は、盗賊などを警戒しているのか、馬車のカーテンを勢いよく閉めると、その隙間から、そっと様子を覗いている。私も耳を澄ませてみるが、特に争っているような音も声も聞こえない。
「お姉様、多分大丈夫です。以前もこのようなことがありました」
「以前? それってどういうこと?」
お姉様が聞き返してきたのとほぼ同時に、扉がノックされた。
「失礼いたします。リリアンお嬢様、ミルドレッドお嬢様、少しよろしいでしょうか。」
聞きなれた護衛騎士の声が響いたことで、確信する。クリフが来ているのだろう。まだ警戒を解かないお姉様に対して頷きながら、返事をする。
「構いません。開けてください」
「失礼いたします」
扉が開かれると同時に、線の細い影が滑り込んでくる。
「やあ、お嬢さん方」
いつも通りの飄々とした様子で、笑みを浮かべている彼は、遠慮なくお姉様の横に座った。
「クリフ!?」
驚いた彼女が小さく声を上げた。それとほぼ同時に扉が閉められた。
「久しぶり、リリアンお嬢様。さて、時間がないから、いつも通り状況の確認をしようか」
「いつものあれは状況の確認だったのですか」
「そうだよ。君たちはミカニ神聖王国では保護対象の存在だからね。万が一にも危ないことがあれば、逃がすのが僕たちの役目なんだ」
重要なことを聞いた気がする。そもそも、そういう大事なことは最初のうちに伝えておいてほしいものだ。毎回、突然現れたと思っていたが、言われてみれば、ある程度定期的に現れていたり、想定外の事象が起きたときに現れている。
「最近、何か変わったことはあったかい? 二人とも王城内で過ごす時間が多くなったから、僕たちの方で、状況が把握しきれていないんだ。仲間たちも、王城内には少なくてね」
「それじゃあ、聞きたいのだけれど、あなたは一体何者なの」
私が、先ほどお姉様にクリフの正体について話を振っていたからか、お姉様が直接疑問を口にした。特に困った顔になることもなく、クリフはいつも通りの表情を崩さない。
その様子から、別にやましいことがあるわけではないことがわかる。
「別に教えてもいいけれど、面白くもなんともないよ。ミカニ神聖王国内での身分だから、君たちの生活にはあまり関係ないと思うし」
「じゃあ、単純に私が気になるから教えて」
「そう。まぁ、教会に所属している身なんだよね、一応。クリフは愛称。本来の名前はクリフォード・スケルディング。これでいい?」
あまりにも簡潔な説明だが、名前からして、おそらく貴族だろう。それに、名前さえわかれば、文献などで家のことについてはある程度調べられる。ためらいなく本名を教えてくれるあたり、彼にとっては重要とも思っていない事柄なのだろう。後ろめたいことも何も無さそうに思える。
お姉様も一旦納得したのか頷いていた。
「それじゃあ、本題に入ろう。さっきも聞いたけれど、最近変わったこととかあったかな?」
「それなら、私から確認したいことが一つあります」
私に目線が向く。
「古代遺物についてなのですが」
「あぁ、研究室に所属しているんだったよね。何か気になることがあったんだね」
問いかけられて、首を縦に振る。
「実は、本以外にも古代遺物があるかを調べているところで、石碑に目を付けたんです」
「……石碑?」
「それで、その石碑に私の血を垂らしても反応しなくて、その直後にエルデ王国民の血を垂らすと青く光ったらしいのです。てっきり、古代遺物は、ミカニ神聖王国民の血にだけ反応するものだと思っていたのですが、違うのですか。それとも、それはそもそも古代遺物ではないのでしょうか」
私の問いに対して、彼は手を顎に当てると、少し考えだした。お姉様も、私と共に彼の様子を見ている。馬車の中の埃が、カーテンの間から差し込んできている光によって、映し出されている。
しばらくして、顔を上げた彼は真剣な表情をしていた。
「……結論から言うと、そんな古代遺物は聞いたことがない。ただ、作られた可能性はある」
「作られた?」
問い返せば、彼が頷いた。
「古代遺物って、まぁ、当たり前だけれど、製作者がいるわけだ。基本的には、かなり昔のミカニ神聖王国民が作ったものを古代遺物と呼んでいるけれど、同じようなものを作る技術は、今も引き継がれているんだ。ただ、古代遺物と同等の効果は期待できないけれども」
「そうですか……。ありがとうございます」
姫巫女様の庭にあり、しかも、歴代の王妃殿下が使用していない庭ということは、姫巫女様が作成したと考えるのが妥当だろうか。
古代遺物とは呼べないのかもしれないが、効果自体は古代遺物と似ているとすれば、研究をする価値はあるだろう。
「そろそろ時間かな……。それじゃあ、また」
そう言い残すと、扉を開けて、さっと消えていった。すぐに扉は閉められて、馬車が動き出す。あまり話し込みすぎては、私たちが登城するのが遅れてしまい、怪しまれる。
適当なところで話を切り上げていったのだろうが、いつも通りとは言え、唐突に消えていくのには、なかなか慣れることはない。現に目の前のお姉様が、呆気にとられた様子で閉められた扉を見つめていた。
馬車のカーテンを開けて、外を眺めてみれば、少し遠くに王都が見えていた。
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