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しばらく待ってみても、何かが起こる気配はない。私たちも、石碑の様子を確かめるために、一歩近づいてみる。
確認してみても、先ほど、私がランドルフ様と確認したときと変わらない石碑ということが分かっただけだ。一番盛り上がっていたはずのケネス様が、首を傾げている。
彼が嘘をついたとも思えないため、おそらく本当に石碑は光ったのだろう。それでは、前回と今回の違いは何だろうか。
「ケ、ケネス様。さっきと何か、ち、違うこととか、ないの」
「うむ……。少し考えてみよう」
全員考えていることは同じだったようで、何が原因になっているのかを突き止めるつもりだ。
ケネス様は組んでいた腕をゆっくりと下ろして、私たちを見回した。
「特に思い当らないな。血を付けた位置もほぼ同じ。違うとしたら、時間帯と周りに人がいることくらいだな」
「時間帯については、それほど大きく異なるわけでもありませんね」
私の言葉にケネス様が頷いた。
彼が研究室に帰ってきたと思ったら、私たちはすぐに石碑に向かうことになったのだ。それほど時間がずれているわけでもないだろう。
「ま、周りに、人がいるのは、か、確認した方が、いいかも」
「確かに。少し、離れてくれないか。終わったら呼びに行く」
私たちは頷くと、中庭から廊下へと歩き出した。廊下にたどり着いたところで、アデラが名残惜しそうにしながらも、頭を下げた。
「すみません、そろそろ休憩が終わりなので、これで失礼いたします」
最後に小さく手を振ってくれる彼女はまるで天使のように可愛らしい。早歩きで遠ざかっていく彼女の背中が消えるころ、ケネス様の落胆した声が後ろから響いた。
「だめだ。変わらなかった」
「一度石碑のところに戻りましょうか」
ランドルフ様が落ち着いた声でそう言うと、私たちは、再び荒れている中庭に足を踏み入れた。雑草が伸び放題で、人があまり出入りしていないことがよくわかる。
「ここの中庭は何故手入れがあまりされていないのでしょうか」
「あぁ……それは」
ランドルフ様がそこまで言いかけて、口を噤んだ。思わず、見上げてみると目を逸らされる。あまり話したくない内容だったのだろうか。
その様子を見て、ケネス様は苦笑した。
「まぁ、ご令嬢に聞かせるには、少し酷な話だよね」
「酷な話……ですか」
「この中庭はね、元々、王妃様のものだったんだ」
その言葉に、現在の王妃殿下の姿が頭の中に浮かぶ。妖精のように華奢で、歳を本当にとっているのか不思議なほどの美貌の女性だ。しかし、王妃殿下と中庭が上手くつながらずに首を傾げる。
「あぁ、申し訳ない。少し言葉が足りていなかったね。今の王妃様ではなくてね、昔の……初代国王のお妃様の方だよ」
話している間に、石碑の前に戻ってきていた。ケネス様の言っていた通り、何も変化はない。
「初代国王のお妃様はね、隣国のミカニ神聖王国のお姫様だったんだ」
その言葉で、以前、クリフが話していた内容を思い出す。確か、初代国王陛下に恋をして嫁いだのが、私たちのご先祖にあたる姫巫女様だったはずだ。つまり、この話は、その姫巫女様がどんな状況に置かれていたのかがわかるものだということだろうか。
「エルデ王国に嫁いできたお姫様は、王妃様になったんだ。王妃様が庭を与えられることは知っているかな」
「はい」
確かに、現在の王妃殿下も庭を所有していて、殿下が好きな薔薇で溢れた素敵な庭園になっていると聞く。実際に目にする機会はなく、まだ見たことがないのが残念だ。
「お姫様も王妃様になったのと同時に、庭を与えられたんだ。それも、一つではなく、いくつか与えられている。そのうちの一つがここだよ」
そういわれて、周りを見回すが、やはり寂しい印象を受ける。
「普通は、歴代の王妃様が使っていた庭園が使いまわされるから、これほど荒れることはないんだ。ただ、ここは長いこと使われていなくてね。みんな、初代王妃の庭園を嫌がるんだ」
「嫌がる……ですか」
「彼女は、初代国王に恋をして、この国に嫁いできた。でもね、初代国王の心を得ることができなかったんだ。あまり彼女についての記録は残されていないけれども、最終的に臣下に下げ渡されたなんていう噂もあるくらい、それは酷い冷遇具合だったそうだ」
その姫巫女様と同じ庭園を与えられると、同じような運命をたどるのではないかという、ある意味、迷信のようなものなのだろう。
それにしても、オールディス家にその血が流れているということは、噂は本当だと言えそうだ。オールディス家の人間に下げ渡されたのだろう。恋をして、国を出てまで嫁いだというのに、最終的にその相手からいらないと言われ、別の人間と婚姻を結ばされたのだとしたら、あまりにも残酷な話である。
「さて、話が逸れてしまったね。石碑が光らなかった原因について考えたいのだけれど、何か思いつくことはあるかな」
「あ、あの……」
控えめに片手をあげながら、マルコム様が口を開いた。私たちの視線が一斉に彼に向かうと、びくりと肩を震わせて、ただでさえ猫背だというのに、背中をさらに丸めた。
「ケ、ケネス様が、石碑を調べ、に、い、行く前に、ランドルフ様とミ、ミルドレッド様も、探しに、行くって、言ってたよね。そ、それって、こ、この石碑?」
「はい、そうです」
ランドルフ様が端的に答えると、頷いたマルコム様が続きを話し出した。
「そ、それなら、その時に、な、何か変わったことをしなかった?」
その言葉に私たちは顔を見合わせた。
確かに変わったことをしている。ランドルフ様との攻防戦はあったが、最終的に私の血を石碑に押し当てている。しかし、あの時は何も起こらなかったはずだ。
「私の血を少し石碑につけました。ただ、その時には何も変化はありませんでした」
もし、条件が私の血をつけるだけでないとしたら――。
「そ、それって、もしかして、ミ、ミルドレッド様の血と、ケ、ケネス様の血が、は、反応した結果なんじゃないかな」
マルコム様のいう通り、古代遺物の力の発揮には、複数条件が組み合わさっていたのかもしれない。私が血をつけて、何も起こらないことに首を傾げながらも石碑から離れた直後にケネス様が血を付けたのかもしれない。
それならば、この場合の条件は何だろうか。私の血は必要だろう。では、ケネス様の血もやはり特別なのだろうか。
考え込んでいると、影が落ちて、ふと目線を上げた。ランドルフ様の背中が見える。むしろ、背中しか見えない。そっと、横から前を覗き見ると、案の定、目を輝かせたケネス様が立っていた。その横で、彼を必死に止めているマルコム様の姿も見える。
この後の展開は読めた。
「ミルドレッド嬢、もう一度試してみ――」
「だ、だめです。ケ、ケネス様、研究のためとは言え、さ、さすがにやりすぎです。せ、せめて、明日にし、しましょう」
「私も同意見です」
淡々と答えたランドルフ様をちらりと見たマルコム様が、心なしか震え出したように見えるのは気のせいだろうか。
「明日だな、明日。楽しみだな」
ぶつぶつとつぶやきながら、時折、フフフという笑い声をあげつつ、中庭から歩いていくケネス様は、少し不気味だった。
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