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 少し不機嫌なランドルフ様の隣で、大人しく歩く。彼が不機嫌そうな原因は、セドリック様ではなく、おそらく私なのだろう。


 黙々と足を進めていると、大きなため息が隣から降ってきた。思わず顔を上げてみれば、彼の赤い瞳と目が合った。


「忠告したというのに、何故試すんだ」

「一応研究員という扱いなので、何もしないわけにもいかないかと思いまして」

「別に今日試さなくてもよかっただろう」


 私が、結局傷を作って石碑に押し当てたことで、彼は少し怒っているようだ。


「前々から思っていたのですが、最近、私のことを心配しすぎではありませんか」

「……」


 ただでさえ不機嫌そうだったのに、私の言葉で眉間にしわが寄ってしまった。あまり困らせると、きれいな顔立ちの彼に皴が刻まれてしまうだろうな、などとどうでもよいことを考える。


「面倒ごとに巻き込まれていくのはあまり見たくない」

「それは、私も巻き込まれなくて済むのであれば、そうしたいです。ただ、そういうわけにもいかないというのは、ランドルフ様もご存じのはずです」


 オールディス家の置かれている状況を思い出したのか、不機嫌そうな顔は崩さないものの、反論が返ってくる気配はない。


「……」

「それに、結果として何も起こらなかったので、あの石碑について調べることは、しばらくないはずです。大丈夫です。この後は特に余計なことはしません。ランドルフ様を心配させるようなことはしないと約束します」


 私の言葉を確かめるかのように、しばらくこちらを見ていたが、ふいと目を逸らすとつぶやいた。


「……ならいい」


 彼の隣を静かに歩きながら、先ほどの出来事について考える。今までの古代語の本の場合は、私の血をつけることで、まず何かしらの動きがあった。


 しかし、石碑に血をつけてみたところで、特に何の変化もなかった。それならば、と思って読み上げてもみたのだが、それでも何も起きることはなく、拍子抜けしたものだ。


 石碑自体に変わった部分はなく、古代語で彫り込まれている以外には特筆すべき点は無い。強いて言うのであれば、ほかの石碑よりも古いことや、人目にあまりつかないこともあって、掃除が行き届いておらず、苔などが生えていることくらいだ。


 私が古代遺物を正しく理解できていないために、上手く使うことができなかったのか、それとも、本当にただの石碑だったのかは、判断がつかない。


 ふと目線を上げると、いつの間にか研究室の前まで戻ってきていた。部屋を出ていくときには、ケネス様の声が響いていたが、今は静かだ。不思議に思いながらも、扉をノックすると、疲れ切ったマルコム様の声が聞こえてきた。


「あ……空いてるよ……」


 そっと扉を開けて中に入ってみれば、目に入ってきたのは、テーブルの上に散乱した書類と、疲れ切ってソファーに倒れこんでいるマルコム様だった。ケネス様の姿を探してみるものの、見当たらない。


 テーブルの上は確かに散らかっているものの、侍女たちの努力によって、ある程度片付けられたこの部屋に隠れるような場所があるとも思えない。


「ケネス様は……」

「せ、石碑……さ、探しに、い、行った」


 項垂れていることで、声がくぐもった状態のまま、マルコム様が答えた。


「書類の処理が必要だとのことでしたが、そちらはどうなりましたか」


 ランドルフ様の言葉に、少しだけ顔を上げたマルコム様はげっそりとしていた。ケネス様を引き留めるために、余程苦労したのだろう。


「い、一応、お、終わった……よ。終わった瞬間、で、出て行っちゃった、け、けど」


 どうやら、なんだかんだ言いながらも書類自体は書き上げたらしい。テーブルの上で散乱しているのは、おそらくその書類なのだろう。先に部屋の中に入っていたランドルフ様が、それらに目を通しながら、片付けだした。


「……不備はなさそうですね」

「そ、そう。な、なら、よかった」


 その言葉を最後に、マルコム様は完全にソファーに沈んでいった。昨日からの徹夜も影響して、疲れていたのだろう。数秒と経たずに、スースーと穏やかな寝息が聞こえだした。うつぶせで寝てしまったため、苦しくないのかが少し心配だ。


 やることも無くなってしまったため、ランドルフ様の隣に立って、書類に目を通してみる。数字ばかりがぎっしりと並んでいて、見ているだけで目が痛くなりそうだ。あまり数字を扱うのは得意でないため、思わず目を細めた。


「意外だな。数字はあまり好きではないか」

「……そうですね。本は好きですが、書類などはあまり好きではありません」

「そうか」


 いつも通り、特に会話が長く続くこともなく、静かな時間が流れ始める。聞こえるのは、私たちが整理している紙が擦れる音と、後ろのソファーで横になっているマルコム様の穏やかな寝息。窓からはやわらかい光が差し込んでいて、この場面だけを切り取るのであれば、ある意味幸せともいえるような穏やかな光景だろう。


 心地よさを感じながら、書類の整理をしていると、突然、扉が大きな音と共に開かれた。反射的に振り返ってみれば、ゼエゼエと息を切らしながらも、ギラギラと目を輝かせて楽しそうにしているケネス様が立っていた。若干前傾姿勢のまま、肩で息をしているのは、疲れているからなのだろう。


 その様子から判断すると、おそらく走ってきたのか、早歩きできたと思われる。


「光ったぞ!」


 興奮しているからなのか、それとも疲れているからなのか、修飾語があまりない。何が光ったのかわからずに、私たちは首を傾げた。つかつかと歩いてきたケネス様は、嬉しそうに続きを話し出した。


「光ったんだ!」

「何がですか」


 冷静に聞き返したランドルフ様の手を取って、ぶんぶんと振りながら、答えた。


「石碑が光ったんだ!」


 思わぬ言葉に、私たちは顔を見合わせた。すぐにケネス様の方に向き直って、質問をしてみる。


「何をしたら光りましたか」

「ミルドレッド嬢のように、血を垂らしてみたら光ったんだ」


 ケネス様の返答を受けて、彼の手に目を向けてみれば、かなり適当に包帯が巻かれている。おそらく、自分で傷をつけた後に、侍女の手を借りることなく、適当に巻き付けたのだろう。上手く結べていないのか、包帯が解けかけている。


「どこの石碑ですか」


 ランドルフ様の声に、思考の底から意識が戻る。


「庭園の中でも、現在は使われていない庭園にある石碑だ。人目につきにくい場所にある。そうだな、中庭とでもいえるのだろうか。建物に囲まれている庭にあった」


 それは、私たちが先ほど見てきた石碑ではないだろうか。ちらりとランドルフ様を見ると、彼も軽くうなずいていたため、ほぼ間違いないだろう。


 中庭にあたる場所にあるため、石碑に行くルートは一つではない。石碑を確認し終わった私たちが研究室に帰る際に、ケネス様とすれ違わなかったとしても、別に不思議ではない。


 それよりも、今考えなければならないのは、私の血では反応しなかった石碑が、ケネス様の血で反応したことの方だ。


「古代語の本と同様に青色に光ったんだ」


 反応も、私が古代語の本に血を垂らした時と似ている。その部分だけ見るのであれば、やはり石碑は古代遺物なのだろうか。しかし、それならば、ミカニ神聖王国民の血が流れていないはずのケネス様の血でなぜ反応したのだろうか。


 彼の血にミカニ神聖王国民の血が流れていないことはほぼ確実だ。なぜならば、今朝、古代語の本に血を垂らしてシミを作っている。血が吸収されず、何も起こらなかったということは、彼にミカニ神聖王国民の血が流れていないことの証明になるはずだ。


 今回の石碑は、私の血には反応せずに、エルデ王国民の血に反応したと言えるのではないだろうか。

お読みいただき、ありがとうございます。

いつも、いいねをくださる方々、ありがとうございます。

励みになります。


次回の投稿は明日を予定しています。

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