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日が沈み、ほのかに明るさが残っている空を見る。オレンジ色と藍色が混ざり合い、薄い雲を彩っている。この時間の空は幻想的で好ましい。明るい星が空に輝きを放ち、そのすぐ横を鳥が飛んでいく様子を眺めながら、眠気に負けまいと姿勢を正す。
研究員としての初日は、非常に濃いものだった。特に、ケネス様とマルコム様が個性的で、印象に残ったという部分があるが、午後には、実際に研究らしきことに取り組むことができた。
本が光り始めてからのケネス様とマルコム様は、まさに研究者そのものだった。
その直前まで、のんびりとお茶をしたり、研究対象が見つからないと笑っていたり、片づけができないことに肩を落としていた彼らは、途端に仮説を並べ始め、考察を行い、メモを書き散らした。お陰様で、少し片付いたはずの床はメモを残した紙で覆われてしまい、再び足の踏み場はなくなった。
彼らが最初に興味を示したのは、やはりというべきか、私の血である。
怖いぐらいにキラキラと、より正確に表すのであれば、ギラギラと目を輝かせたケネス様が近づいてきたときには、さすがに後ずさってしまった。ランドルフ様が間に入って止めてくださらなければ、今頃、血を抜かれて干からびていたのではないかと心配になるほどに、興味を示していた。
しかし、それは、私を害するつもりがあるわけではなく、本当にただの好奇心の塊であるだけだ。
何とか説得に成功したことで、私の血は必要な時に少量だけ提供するという方針に固まった。
これに関しては、説得を試みてくださったランドルフ様に感謝するべきだろう。彼が表情を変えずに、拒否を突き付け続ける様子は、婚約者である私から見ても、迫力がすごかったのだ。マルコム様はおびえたように部屋の隅で青くなるほどだった。
次に彼らが興味を示したことは、私の血ではなく、別の人の血でも反応するのか、という点だった。これに関しては、正直なところ、未知数だった。私自身でも試したことがないため、どうなるのかはわからない。
しかし、以前、クリフから聞いた話では、ミカニ神聖王国民の血が特別ということだったため、反応しないのではないかと考えている。
これに関しては、明日以降試してみようという話になったのだが、反応しなかった場合、本にシミを残すことになるので、司書に怒られることになるだろう。貸し出し物を汚すのだから、当たり前だ。そうはいっても、あの様子のケネス様を止めることはできるはずもない。大人しく4人で怒られるしかないだろう。
あくびを噛み殺しながら、外を眺めていると、次第に見慣れた風景が流れ始めた。オールディス領に入ったことに気が付き、広々とした畑を眺める。日が暮れたこの時間だと、領民たちは仕事を終えて家に帰っているようで、そこに人影はない。
穏やかで、オールディス家に好意的な彼らも、物語の中では、多くの犠牲者が出ている。オールディス家が爵位を剝奪されたことで、オールディス領は混乱の中に落とされる。
領地経営が置いてけぼりになり、反乱を起こすのだが、それを過剰なまでの兵力の投入で治められる。結果として畑はボロボロになり、領民たちも死者や怪我人が出るという状況に陥るのだ。
「そういえば、どうしてそれほど派手に反乱を起こしたのかしら……」
普通に考えれば、いくら反乱を起こしたとはいっても、途中で国と領民の代表者を集めて、話し合いなども行われたはずだ。その結果、交渉が決裂して、紛争状態へと発展していったということなのだろうか。
オールディス家に対する彼らの穏やかな態度を思い出して首を傾げる。温厚な彼らが、一体どうして紛争状態へと突入していったのかがいまいちわからない。
確かに、領地経営がおざなりにされて、彼らの生活が守られない状況はよくない。反乱のきっかけは、間違いなく、そのことだろう。ただ、交渉の場では、きっとその解決策を国が提示しているはずで、それさえ飲めば彼らも穏やかな暮らしができたはずだ。それとも、生活が保障されないほどに酷い妥協案だったのだろうか。
どちらにしても、オールディス家が爵位を剥奪されれば、領民たちの生活は悪化の一途をたどるであろうことは明白だ。間違っても私がストーリー通りに動いてアデラ様をいじめるようなことがあってはならない。
やがて速度を落とし始めた馬車からオールディス邸の玄関が見えた。あたたかな光を見て、思わず気が緩む。王城にいた際には、意外と気を張っていたようだ。転生したばかりの頃には、見知らぬ建物だったはずのオールディス邸が、安心感を与えてくれることに自分でも少し驚いていた。
昨日と同じ時間に研究室に入ると、昨日、私が帰ったときよりも研究室内は荒れていた。ただでさえ足の踏み場がなかったはずの床は、無数に積み上げられた本でいっぱいで、当然のように雪崩が起きており、その奥ではぼさぼさの髪のケネス様とマルコム様が立っていた。
目の下に隈を作っている2人だが、その様子は対照的だった。
ケネス様は楽しそうに本を漁っており、隈がある状態で笑みを浮かべているため、絶妙に不気味な表情になっている。例えるならば、マッドサイエンティストといったところだろうか。この世界にマッドサイエンティストという概念があるかどうかは、この際置いておく。
「あぁ……お、おこ、怒られる……」
絶望しきった声で、マルコム様がつぶやいた言葉は研究室内に消えていった。
ただでさえ、目の下の隈のせいで顔色が悪く見える彼は青い顔をして1冊の本を眺めている。嫌な予感がする。
ついてきてくれていたカミラがせっせと片付けて、何とか開けてくれた道を通って彼に近づくと、彼の視線がこちらを向いた。少し涙目に見えるのは気のせいだろうか。
彼が手にしている本をそっと覗き込んでみれば、立派なシミが見えた。視線をケネス様の方に向けてみると、すぐに違和感に気が付いた。左手が包帯に包まれている。かなり雑に巻かれている様子を見るに、自分自身で巻いたのだろうと推測される。
「マルコム様、これはケネス様が?」
「す、す、すみません。ちょ、ちょっと目を離したす、隙に……」
司書に怒られることは確定したようだ。本のシミを抜く技術は、この世界にあるのだろうか。あることを願おう。私はそのような知識はないため、残念なことに何の役にも立たない。
「諦めてお叱りを受けるしかないかと思います。全員で司書の方に謝罪しましょう。それよりも、ケネス様とマルコム様はお疲れのご様子ですが、お休みになられていないのですか」
「あ、う、うん。ケ、ケネス様も、ぼ、僕も楽しくなっちゃって……つ、つい、寝るのを、わ、忘れてしまったんだ」
「少しお休みになられてはいかがでしょう」
「そ、そうしたいのは、や、山々なんだけれど、こ、この状態では、か、仮眠もとれない、というか……」
マルコム様と周りを見回してみる。カミラがせっせと片づけをしてくれているが、彼女だけでは限界があるだろう。唯一のソファーも本が積み上げられており、とても横になることができる状態ではない。
部屋を見回していると、ドアノブが動いた。ランドルフ様が入ってきたのだが、その後ろに、掃除用具を抱えた侍女たちが見えた。昨日よりも人数が多いように見えるのは気のせいだろうか。先頭には、ケネス様付きの侍女の姿が見える。
ただでさえ吊り目がちな彼女が、キッと目を吊り上げたのが見えた。それと同時に、その気配を感じ取ったケネス様が文献から顔を上げ、さっと顔色を変えた。
「あ、これは違――」
「何が違うのですか。本日、部屋がきれいに片付いているようであれば、見逃そうと思っておりましたが、これではどうしようもありません。お掃除させていただきます」
彼女の言葉を皮切りに、侍女たちは片付けに取り掛かり、ケネス様とマルコム様は慌てて重要なメモを回収するために、たまに転びながらも、部屋のあちらこちらを動き回った。
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また、昨日の話でケネスとマルコムの表記が逆になっている部分がありました。
申し訳ありません。
こちらについて、教えてくださった方、ありがとうございます。
明日から来週末にかけての投稿ですが、
時間を取ることが難しいため、3日、もしくは、4日おきになると思います。
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
(再来週からは、元の投稿頻度に戻る予定です)




