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 これから研究が始まるのだと思っていたのだが、どういうわけか、私たちはテーブルを囲んでお茶を飲んでいた。優雅な昼下がりである。


 そうはいっても、実際のところは優雅さは全くない。


 文献だらけで散らかっているテーブルの上に、無理矢理ティーカップを置いている状況だ。紅茶をこぼす可能性を考えると、文献をどこか別の場所に避難させたいところなのだが、残念なことに、そのようなスペースは、この部屋にはない。テーブルの上も、床も、窓枠にまで文献が積み上げられており、所々で雪崩を起こしている。本が傷みそうだ。


 先ほどまで、この状況に全く気が付いていなかったのは、目の前のケネス様とマルコム様の性格が個性的で、そちらの方が気になっていたからだろう。改めて見回してみると、足の踏み場もない。これが研究室というものなのか。


 きょろきょろと部屋を見回しすぎたのか、そのことに気が付いたマルコム様が慌てて弁明を始めた。


「ご……ごめんなさい。お……女の子が、く、来ると、思っていなかったから……」

「いえ……」


 誰が配属されるかで変わるのだろうか。


「いや、悪いね。私もマルコム君も片づけが苦手で、つい積み上げてしまう」


 マルコム様とは対照的に、全く悪びれた様子もなく、そう口にしたケネス様に曖昧な微笑みを返す。隣に座るランドルフ様は、ぴくりとも表情を動かさない。特に何も思っていないのかもしれない。黙々と紅茶を飲んでいる。


「あの、こうしてお茶をしていてよいのでしょうか。すぐに研究を行うものだとばかり思っていたのですが」

「あぁ、いや、そうしたいのは山々なんだけれどね」


 痛いところを突かれた、とでもいうように、少し顔をしかめたケネス様の視線が、あちらこちらをさまよった。やがて諦めたように小さく息を吐くと、ティーカップを静かに置いた。やはり、所作は驚くほどに美しい。


 しかし、その動きが嘘のように、彼は、ばっと勢いよく顔を上げたかと思うと、満面の笑みを浮かべた。


「いや、もう、この際、正直に言おう。これといってやることがないんだ」

「……え?」


 にっこりと笑うケネス様をまじまじと見て、そのまま、横のマルコム様に目線を移すと、彼は気まずそうに視線を外した。ランドルフ様の方を見ても、彼の無感情な瞳と目が合うだけで、特に困惑している様子はない。どうやら、この部屋の中で困惑しているのは私だけのようだ。


「その様子だとランドルフ君は知っていたんだね」

「王城内では割と有名な話ですね」


 状況をつかめないままの私を置いてけぼりに、ケネス様とランドルフ様は会話を続けていた。


「有名な話、とはどのようなものでしょうか」

「ここ、古代遺物研究室って言うんだけれど、ほかの研究室と違って、仕事がないことで有名なんだ」

「仕事が、ないのですか……?」

「そう、仕事がないんだよ。いや、まぁ、仕事したい気持ちはあるんだけれどね。研究対象がないんだよ」


 彼の言葉に首を傾げる。研究対象がないとは、一体どういうことだろうか。古代遺物研究室ということは、その名前からもわかる通り、研究対象は古代遺物だろう。そこまで考えて、ケネス様の第一声を思い出した。何も成果がないと言っていなかっただろうか。


 本当にケネス様がおっしゃったとおり、文字通りに研究対象がなかったとしたら、成果も何もないだろう。


「こ、この研究室は、古代遺物研究室って言っているけれど、そ、そもそも、研究対象の古代遺物自体が、て、手元にないんだ。ど、どこに、あるかもわからない」

「マルコム君の言う通りなんだ。おかげで、この研究室の評判は酷いものだよ。予算の無駄遣い、とか、存在価値がないとか、まぁ、ざっとそんな感じだよ」


 説明が終わると満足したのか、ケネス様は、はっはっは、と大声で笑いだした。一体どこに笑える部分があったのかは謎であるが、笑ってごまかしているのかもしれない。


「だ、だから、僕たちのやるべき仕事は、こ、古代遺物を、見つけること」

「というわけで、まずは君たちの意見を聞きたいから、こうしてお茶を入れてテーブルを囲んでいるんだ。さて、古代遺物がどこにあるか、何か思いつくことはないかな?」


 穏やかな笑みを向けられて、困惑した。思いつくも何も、古代語の本が古代遺物の一種であることを知っている。あまり人に話したい内容でもないが、王子殿下がここに私を配属した時点で、隠すこと自体が不可能だ。


 殿下は、私が古代語の本を古代遺物だと理解していることを知っているため、わざと隠すような真似をすれば、間違いなくオールディス家に危害を加えてくるだろう。


 そもそも、ここで働き始めた時点で、研究から逃れることなどできない。それは私もよくわかっているつもりだ。紅茶でのどを潤すと、ティーカップを静かに置いた。


「あの、それでは、図書館に行きませんか」

「……図書館? 王立図書館のことか。あそこなら私たちも嫌というほど通って、古代語の本を読んだのだが、何も見つけられなかったぞ。まぁ、やることがないから今でも定期的に通っているが」


 ケネス様は不思議そうな顔をしていたが、構わずに続きを口にする。


「同じものでも条件が変われば、結果が変わることもありますよね」

「なるほど、面白い」


 興味を引くことができたようで、ケネス様は、満足そうにうなずいた。すくりと立ち上がると、扉の方へと向かって歩き出し、数歩歩いたところで、こちらを振り返った。


「それでは、早速行くとしよう」

「え、あ、ケネス様、お、お茶、まだ残って」

「何を言っているんだ、マルコム君。古代語の本が私たちを待っているのだぞ」


 まだティーカップに残っているお茶とケネス様を交互に見ていたマルコム様は、仕方なくといった様子で、カップをテーブルに置いた。ランドルフ様と私も立ち上がり、既に部屋を後にしているケネス様の後を追った。




 王立図書館に向かって、ふかふかの絨毯の上を歩いていると、自然にエスコートをしてくださっていたランドルフ様が少しかがんで顔を寄せてきた。


「よかったのか?」


 小声で問いかけられて、すぐに何のことを指しているのか思い当る。小さくうなずいて、言葉を返した。


「隠したところで、オールディス家が危険にさらされるだけですので」

「それもそうか」


 彼は、私の返答に納得したのか、あっさりと顔を上げた。いまだに彼がどの立ち位置なのかはわからない。王家の狂信者なのか、ただの王家派閥なのか。それでも、先日、短剣から守ってくださったことを考えると、敵ではないように思える。それが王子殿下によって仕組まれたものでなかったとしたら、の話ではあるが。


 ケネス様が、大きな扉を開けると、その向こうには本だらけの世界が広がっていた。素敵な光景だと思うが、それと同時に、前回、誰かに声をかけられたことを思い出して身震いした。


 あの時の言葉は結局何だったのだろうか。はっきりとは聞こえなかったものの、私に対して好意的な声色でなかったことだけは確かだった。立派な螺旋階段をのぼりながら、考えてみるものの、答えは出ない。


 ちらほらと利用者はいるものの、全体的に人が少ないのは前回と同様だ。立派な図書館なのに利用者が少ないのは、少しもったいない気もするが、あまり人が多すぎても落ち着かない。それに、この後、私はケネス様とマルコム様に古代遺物の本の効果を見せる必要がある。そのことを考えると、人がいない方が都合がいいだろう。


「さぁ、ここが古代語の本の棚だ。どれを読もうか」

「できるだけ簡単なものだとありがたいです」


 多少読むことができるようになったとは言え、古代語は難解だ。今の私には、まだ読めない部分もあり、特に初見の本だと3割読めればよい方だろう。


 私の言葉を聞いていたマルコム様が、本棚としばらく睨めっこをしていたが、やがて、ぽつりとつぶやいた。


「じ、じゃあ、これ、ど、どうかな」


 マルコム様が、一番上の棚にあった本を手に取ると、私の前に差し出した。


「ありがとうございます」


 受け取ったそれは、絵本だった。中身をぱらぱらとめくってみると、神が雨を降らせる描写や、人々が水遊びをしている様子、畑を耕している様子が見える。絵だけで推測するのならば、この本を古代遺物として正しく使ったとき、水が出現するのではないだろうか。


 図書館で水を出すのは、あまりよろしくない気がする。本は水に弱いと、どこかで聞いた。おそらく、ほとんど読めないため、ここで水が出ることはないだろうが、万が一を考えると、場所を変えたいところだ。


「あの、本を持ち出すことって、やはりできないでしょうか」

「研究室にってこと? いや、できるよ」

「本当ですか?」


 ケネス様から返された予想外の言葉に、目を瞬いた。


「ちょっと待ってて」


 そう言って、下の階へと降りて行った彼をマルコム様が遠い目で見ていた。司書の人、かわいそう、とつぶやいた気がしたのは気のせいだろうか。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。


遅刻してしまい申し訳ないです。

次回の投稿は本日の夜(日付が変わるころ)の予定です。

よろしくお願いいたします。

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