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地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
幕間 乙女ゲーム正規ストーリー①
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本日は、乙女ゲームの正規ストーリーのお話です。

 温度のない水色の瞳に射抜かれて、カタカタと震える。王立図書館の螺旋階段の一番上、後ろには階段、目の前には王子殿下。一歩後ろに下がれば、足を踏み外して階段を転げることになるその位置で、王子殿下と対峙していた。


 周りに人はいない。


 それもそのはずで、閉館時間はとっくのとうに過ぎていた。すっかり日も暮れて、暗くなった図書館の中で、光は王子殿下が持っているランタンと、窓から差し込む星明りだけで、足元すらもよく見えない。不気味なほどに王子殿下の顔だけがはっきりと見えていた。


「ねぇ、ミルドレッド嬢」


 冷たい瞳をしているのに、いつも通りに、言葉と表情は穏やかな殿下に冷や汗をかいた。ちぐはぐなものほど怖いものだ。手にしていた本をぎゅっと握りしめる。


「何していたの?」


 穏やかに問いかけられて、きゅっと唇を結んだ。


「さっきの青い光は何?」


 押し黙った私に構わず、問いかけ続ける王子殿下に恐怖を感じた。殿下は一体何を見ているのだろうか。目の前の私に焦点は合っているはずなのに、私自身を見ているわけではない。まるで物を見るかのような、そんな目だ。


「答えられない?」


 いくら問いかけられたとしても、これだけは話すわけにはいけないと心に決めていた。これを話してしまえば、この秘密を知られてしまえば、一番の被害を被るのは私ではなくてお姉様だ。自らの命をなげうつ覚悟で、私を暴れ馬から守ってくれた優しいお姉様。彼女が利用されることだけは避けたい。たとえ、私の命が危険にさらされたとしても――。


「あぁ、なるほど。話す気はないのか」


 少し考えこんだ王子殿下が、私の右肩に手を置いた。このまま彼が私を押し出せば、私は螺旋階段から転げ落ちる。ここは最上階の3階だ。落ちれば無事では済まない。恐怖で目を瞑ったが、それでも話す気はなかった。


「これでも話してくれないのか」


 肩から手が離れた感覚に目を開けてみれば、王子殿下は顎に手を置いて考え込んでいるようだった。やがて、歪んだ笑みを浮かべると、ずいっと顔を寄せてきた。


「ひっ」


 思わず後ろに仰け反りそうになるが、ここが階段の手前だということを思い出して、何とか踏みとどまる。そんな私に構うこともなく、殿下は言葉を口にした。


「君が話してくれないなら、リリアンはどうなるんだろうね」


 ささやかれた言葉に思わず目を見開いた。私の動揺を正しく理解した彼は、満足そうにつぶやいた。


「あぁ、やっぱり、こっちの方が効果があったみたいだね」

「……っ」


 自分の婚約者であろうと容赦なく人質にする王子殿下に眩暈がした。こうなってしまっては話すしかない。このままではお姉様の命が危ない。


「……お、お話しいたします。ですから、姉のことはどうか」

「どうしようかな。ミルドレッド嬢がちゃんと話してくれたら考えるよ」


 決して約束はしてくれない殿下に対して震えを抑えることができない。それでも、ここで話す以外の選択肢はない。こんなことになるのであれば、王立図書館になんて来るんじゃなかった。あの青い光が何なのかを確かめるべきじゃなかった。


 震える声で古代語の本や青い光について話していく。王子殿下の表情は終始変わらず、穏やかな微笑みを浮かべているだけだ。それが、むしろ恐ろしかった。


 やがて古代語の本の秘密について話し終えると、殿下は微笑んだまま口を開いた。


「ふぅん、なるほどね。じゃあ、リリアンには手を出さないでおくよ」


 その言葉にほっとしたのも束の間のことで、すぐに次の言葉で私の表情はこわばった。


「ただ、ミルドレッド嬢には王国のために働いてもらうよ」

「……働く、ですか」

「もちろん、秘密裏に」

「それって……」

「嫌だとは言わせないよ。君が働いているうちは、オールディス家に手は出さない。でもね、君が私を裏切ったら、その時はどうなると思う」


 続きは言われずとも理解できた。王子殿下は、オールディス家を人質にしているのだ。私が王子殿下を裏切れば、オールディス家の者たちは、全員消される。そういうことだ。


「……」

「それじゃあ、明日からよろしくね。王立図書館への入館許可証は、特別なものを発行しておくよ。いつでも、どれだけでも、ここにいられるようにね」


 沈黙を肯定とみなした彼は、私の横をすり抜けて、螺旋階段を降りかけた。数段降りたところで、ぴたりと足を止めて、こちらを振り向いた。


「あ、そうだ。君がリリアンのことをそんなに慕っているのって、やっぱり馬に蹴られそうになった時に庇ってもらったから?」


 突然問われた内容は、先ほどまでの古代語の本の話と全く関係がなかった。


「……はい」

「そうなんだ。念のための保険だったけれど、結果的には、まぁ、いいか」

「あの、一体何のことを……」


 歪んだ笑みを浮かべたまま、私に背を向けると、殿下は何も言わずに階段を降りていく。どうやら、問いには答えてくださらないようだ。


 王子殿下が図書館を後にして、しばらくして、足の力が抜けて、その場にへたり込んだ。こうなってしまっては逃れようがない。誰にも助けてなどもらえない。絶望に身を任せて、うつむいた。


「やぁ、お嬢さん。星がきれいな夜だね。こんなところで何しているんだい?」


 誰もいなかったはずの王立図書館に声が響いた。反射的に顔を上げてみれば、華奢な影が前方に見えた。少年とも青年とも言えそうな見た目の影は、何も言えずにいる私に近づいてきた。


「……誰?」


 問いかけた声は、思った以上にかすれていた。自分の声じゃないみたいに低くて、かすれていて、絶望している。


「お嬢さんとは1回会っているんだけれど、まぁ、覚えていないよね。それにしても、お嬢さん、結構肝が据わっているよね。こんなところで不審人物としか思えない僕に声をかけられているのに平然としている」

「……先ほど、怖い思いをしたばかりだから」

「あぁ、あの王子? 怖いよね。僕も苦手だよ」


 どこか軽い調子で話す彼のおかげで、少しずつ平静を取り戻していく。彼は、私と面識があると言ったが、全く覚えていない。一体誰だっただろうか。私が考えている間に、目の前にたどり着いた彼は、私と目を合わせるためにしゃがみこんだ。


 澄んだ茶色の瞳がこちらをまっすぐに見つめていた。先ほどの王子殿下の冷たい瞳とは明らかに違う。優しさと温もりを含んだ瞳だった。


「ねぇ、このまま王家に飼い殺されるつもり?」


 その言葉に思わず涙がこぼれる。視界がぼやける。


「……だって、私が逃げたら家族が」

「じゃあ、家族ごと逃がしてあげるって言ったら、僕の手を取ってくれる?」


 差し出された手と彼の顔を交互に見る。見知らぬ人のはずだ。どうして私に対して、これほど優しいのだろうか。どうしてオールディス家に対して、手を差し伸べてくれるのだろうか。


「あなたは誰なの……?」

「えぇ……ここは手を取るところだろう」


 少しあきれた声を出した彼は、手を引っ込めると、そこにドカリと座り込んだ。ため息をついて、髪をガシガシとかきむしった後に、こちらを見遣る。


「そうだなぁ、クリフって呼んでよ」

「クリフ?」

「そう、クリフ」

「なんでオールディス家を助けてくれるの?」

「君たちが特別だからだよ」


 その言葉に王子殿下の姿が重なった。彼も殿下と同じで私たちを利用するのか、と目の前が真っ暗になったような錯覚に陥る。しかし、私が絶望の底に落ちるよりも先に彼が言葉をつづけた。


「あぁ、利用しようってわけじゃないよ。というか、利用なんておこがましいこと考えないよ。君たちは利用されていい存在じゃないんだ。それをあの王家は……」


 ぶつぶつとつぶやいた言葉はよく聞こえなかった。私に聞かせるつもりもなかったのだろう。


「どういうこと……?」


 私の言葉に彼は目線を上げた。


「古代語の本の秘密は多少知っているんだよね? 古き誓約のことはどのくらい理解している?」

「オールディス家に2人目の娘が生まれた場合、長女を王家に嫁がせる、という誓約だったと思います。多分、状況から判断して、それは私たちを利用するためだと思っていて」

「うん、その認識で正しいよ。オールディス家の血が特別なことは気が付いているのかな」


 私が頷くと、彼もうなずいた。


「オールディス家の人々には、ミカニ神聖王国の巫女姫の血が流れているんだ」

「巫女姫?」


 聞いたこともない単語に困惑していると、彼は補足するように話を続けてくれた。


「ミカニ神聖王国の人間は、力に差こそあれ、誰もが古代遺物を操ることができるんだ。その中でも圧倒的な力を持っていたのが、姫巫女様。それで、昔、エルデ王国の初代王に恋をした姫巫女様がいて、彼女がエルデ王国にやってきた。その姫巫女様の血を引いているのが、お嬢さんたちの家だよ」


 おとぎ話のような話に頭が付いていかないが、確かに自分の血で本が光ることを知っているため、説得力はあった。


「王家が古き誓約をオールディス家と結んでいるのは、その姫巫女様の血を取り込みたいからなんだ。ミカニ神聖王国の人々は姫巫女様が幸せになれるならとエルデ王国に送り出した。それなのに――」


 一瞬彼の周りに殺気が放たれた。思わず身震いすると、そのことに気が付いた彼はすぐに穏やかな表情に戻った。


「クリフはミカニ神聖王国の人なの?」

「そうだよ。ミカニ神聖王国の……まぁ、僕の身分は別に話すようなものでもないか。僕たちミカニ神聖王国民にとって姫巫女様の存在は特別なんだ。だから、お嬢さんたちを助けたい。これは僕個人の意見じゃないよ。ミカニ神聖王国全体の意思だ」


 そう話す彼の瞳に嘘はなさそうだ。


 信用してもいいのだろうか。突然現れた彼は、状況的には不審者そのものだ。目の前に再び手を差し出された。彼の顔と手を交互に見る。


 迷いはあった。それでも震える手を、ゆっくりと彼の手のひらに重ねた。


「……お願い……私たちを助けて……」

「わかった。助けると約束するよ。ただ、準備が必要なんだ。その準備では、お嬢さんにしてもらいたいことがある」

「私に……?」

「オールディス家が貴族社会からつまみ出されてもおかしくないように、オールディス家の評判を地の底まで落としてほしい」


 思わぬ言葉に目を瞬いた。

お読みいただき、ありがとうございます。

続きは明日投稿いたします。

また、明日からは本編に戻ります。


短編の小説を書きましたので、お時間ありましたら、ぜひ覗きにいらしてください。

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