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馬車に揺られながら、遠ざかっていく王都を眺める。初めて訪れたときには、素敵な街だと感じていたのにも関わらず、今はそれほど魅力を感じない。これから嫌でも毎日のように通うことになるのだ。きっと楽しいことよりも面倒なことの方が多いに違いない。
その時の心情や状況によって、同じ光景でも違う場所のように思えるのは不思議なものだ。
あくびを噛み殺そうとしていると、馬車の速度が緩んでいっていることに気が付いて、思わず周りを見渡した。道が続いている以外には、特に何もないこの場所で、一体なぜ馬車が停まるというのだろうか。警戒しつつ、外を覗いてみるが、何も見当たらない。不審な人物の影もない。盗賊などに襲われたわけでも無いようだ。
首を傾げていると、馬車の扉がノックされた。
「お嬢様、少々よろしいでしょうか」
聞き覚えのある声だ。
「どうぞ」
「失礼いたします」
控えめに開けられた扉の向こうには、見知った顔があった。クリフとつながりのある護衛騎士だ。
「クリフォード様がお嬢様とお話しされたいとのことなのですが」
「クリフォード様?」
聞き覚えのない名前が出てきたことで混乱しかけるが、すぐにクリフのことだと思い当たる。どうやら彼の本名はクリフォードというらしい。
「やだなぁ、本名を隠していたのに」
騎士の後ろ側からひょこりと顔を出したのは、予想通りクリフだった。
「偽名だったのですか」
「偽名っていうか、愛称?」
悪びれた様子もなく、馬車に乗り込んでくる。いつものことながら、遠慮がない。
「あの、今更といえば今更なのですが、私、一応婚約者がいる身なので、密室に殿方と二人きりは褒められた行動ではないのですが」
「あー、そういえば、そうだったね。じゃあ君も」
そういって騎士を手招いた。護衛騎士は、困惑しつつも馬車に乗り込んだ。それと同時にクリフが馬車の扉を閉める。
「お嬢さんもカーテン閉めて」
言われた通りに、馬車の窓を覆うようにカーテンを閉めた。
「いやぁ、大変だったよ。リリアンお嬢様が刺されたことで、オールディス家の警備は厳しくなっちゃって、お嬢さんに会うのも難しかったんだ」
「それで、こうして馬車の中で?」
「そうだよ。これも結構大変だったんだよ? そこの騎士君に根回ししてもらって、こちら側の人間だけで馬車の周りを固めているんだから」
どうやら御者から護衛騎士数名まで、すべてがクリフ側、つまり、ミカニ神聖王国の人間らしい。思ったよりもオールディス家にはミカニ神聖王国の人間が混ざっているようだ。――これがばれたら、まさか反逆の意思あり、とか思われないかな、などと考えてしまう。あり得そうで恐ろしい。
「なんというか、あれだね。お嬢さん、思い切り面倒ごとに突っ込んでいったね」
「好きで突っ込んだわけではないのですが」
本心のままに返事をすれば、目の前の彼は肩をすくめた。
「まぁ、そうだろうね。気の毒だとは思っているよ」
「本当にそう思っていますか」
半目になりながら、そう答えると、意外なことに、こちらを気遣う様子を見せてきた。どうやら本心からの言葉だったらしい。疑ってしまって申し訳ない。
「それで、どうするの? このまま王家に飼い殺し状態にされるつもり?」
「それ以外に選択肢はないですね。家族が人質に取られている状況なので」
「君が望むなら、ほかの選択肢も用意できるけれど」
「ほかの選択肢……ですか」
思わず聞き返す。
「オールディス家の人間を消すんだけれど」
「……王子殿下と同じようなことを言っているじゃないですか」
「いや、違うよ。あくまで表向きの話。とは言え、オールディス家の評判は地に落ちるし、何なら王家側に本格的に飼い殺し状態にされる危険も伴うから、あまりお勧めはしたくないけれど」
彼の言葉の意味が上手く取れずに考える。
オールディス家の人間を本当に消すつもりはないようだが、私たちの評判は地に落ちる、というのはどういう状況だろうか。死を偽装する、みたいなものだろうか。
「どういうことですか」
「要は君達オールディス家が、ごくごく自然に貴族社会から退場できる環境さえ整えればいいんだ。そうすれば、あとはこちら側で君たちを逃すことができるってこと」
何となくわかるような、わからないような、微妙な回答を返されて黙り込む。何かが引っかかっているような気がする。少し考えれば、彼の言っている意味を正確に理解できそうな気がするのだが、疲れのせいか、上手く頭が働かない。もどかしい気持ちを抱えながらも思考を巡らせていると、彼が笑った。
「まあ、この方法はリスクを伴うから、本当に王家から逃げたくなった時に使うとして、一旦おいておこうか」
そういって、彼はさっさと馬車の扉を開けると降りていった。
「それじゃあ、また」
「え」
いつの間にか騎士も馬車から降りていたようで、扉が閉められる。挨拶すらできないままに馬車は動き出した。毎度、彼は神出鬼没だ。
思わずため息をこぼす。
カーテンを開けて、外を眺めつつ、彼の言葉を思い返す。オールディス家を表向き消すと言っていた。そして、評判は地に落ちる、と。自然に貴族社会から退場できる環境を整えるとも言っていた。
つまり、オールディス家の評判を落とすことで、貴族社会からつまみ出される状況を作り、王家から解放するということだろうか。どこかで聞いたことのあるような話だ。
「あ……」
思い当たった答えに、まさか、と首を振る。しかし、あまりにも状況が一致している。
「地味顔悪役令嬢……?」
ずっと不自然だと思っていた。顔が地味なだけなら、主人公に嫌がらせの一つや二つしていても別に疑問に思わない。ただ、乙女ゲームで登場するミルドレッドは性格も地味な方だったと、お姉様はそう言っていた。大人しいミルドレッドが、大好きな姉のためとはいえ、罰されるほどに酷い行いをするだろうか、と思ったことはあった。
――それがわざとだったとしたら?
確かストーリー上では、ミルドレッドは貴族牢に向かう馬車に乗せられて移動途中で謎の集団に襲われて行方不明。お母様であるクラリッサは変死体として発見され、お父様であるカーティスは仕事を探している途中で行方不明、お姉様は娼婦として働き始めたが、流行り病で誰にも看取られずに亡くなった、だっただろうか。
謎の集団が、クリフ側の陣営だとしたら、私は逃がされているのではないだろうか。
お母様が変死体で発見とされているが、これも偽装できなくもない。別の死体を用意しておけば、誤魔化せる。お父様も行方不明となっているが、逃がされている可能性があるし、お姉様も、誰にも看取られずに、という文言に注目してみれば、本当に亡くなったわけではないかもしれない。誰にも看取られていないのだから、その死を確認した者はいないということになる。
今まで、乙女ゲームのストーリーは随分と滅茶苦茶だと思っていた。しかし、先ほどの推測が正しいとすれば、その裏には何かが隠されていたのかもしれない。ストーリーのために無理やりな設定を盛り込んでいると考えていた部分も、実は筋が通っているのかもしれない。
そう考えると、王家がオールディス領の反乱を治めるために、過剰なまでに兵力を投入して畑を駄目にしてしまったことも、わざわざ隣のミカニ神聖王国に戦争を吹っ掛けたことも、王子殿下のルートで、戦争後に彼とヒロインが幸せに結婚したことも、別のルートでは王子殿下が亡くなっていることも、何もかも裏があるように思えてならなかった。
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