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 ランドルフ様と目が合ったまま、固まっていた。乱れていた髪が頬にかかるのを感じた。


 前にもこんな風に目線を合わせたまま固まったことがあったな、などとどうでもいいことが頭に浮かぶ。あれは、顔合わせの日だった気がする。


 お姉様と一緒に様々なことを調べていく中で、ランドルフ様は、王家の狂信者と関係があるかもしれない、という疑念を持った。そうして、いつも少し警戒しつつ、接してきたつもりだった。それなのに――。


「もう落ち着いたか」


 つい先ほどまで驚いていた様子だった彼は、何事もなかったかのように、そう問いかけてきた。無表情に見えるが無感情なわけではない。気遣うかのように優しくこちらを見ている彼を見て無性に泣きたくなった。


 私はどうしてこんなに優しい人を疑ってしまったのだろう。


 咄嗟に身を挺して短剣からかばってくれるような彼が、私の敵だとは、どうしても思えなかった。思いたくなかったというのが正しいのかもしれない。王家の狂信者と関係があるかもしれない、という疑惑は晴れないが、少なくとも私を害するつもりは、彼には無さそうだ。そうであってほしいと願った。


「それで、ミルドレッド嬢。続きを話してくれるよね」


 声をかけられて、意識を引き戻される。


 向かい側のソファーでは、表情を崩すことなく、王子殿下がこちらを見ていた。短剣をこちらに投げたのか、それとも握ったまま刺そうとしていたのかはわからないが、そのようなことをしても平然と笑顔のままの殿下に恐ろしさを感じた。


「……はい」


 ここで逆らうのは得策ではない。ある程度、古代語の本についての知識を持っているとばれてしまっている以上、素直に説明した方が、ましな扱いをしてもらえるだろう。


 人知を超えた力を持つ古代遺物を扱うことができると知られた今、私が逆らえば、王家への反逆といわれかねないことはわかっている。そうなれば、私だけではなく、オールディス家全体が危険にさらされる。


「青い文字が出てくる条件ですが、血です」

「それはオールディス家の? 先ほどもわざわざ短剣で自分の指を傷つけていたようだし」

「はい」


 頷くしかない。昨日、王子殿下はリリアンお姉様の血が付いた手で本を扱っていた私を見ているし、今日は私が自分で傷をつけて血を出しているのを見ている。これで、オールディス家の血が関係していないとは言い逃れできるわけがない。


 そう考えると、王子殿下は、私が条件をある程度理解していることをわかっていたように思える。ランドルフ様の腕に刺さっていた短剣とは別でテーブルに短剣が用意されていたのは、私が自分の血を出すために使用するだろうと踏んでのことに違いない。


 ここまで話してしまっては、王家に利用されることは避けられない。


「王子殿下……。お姉様は、その……」


 既に王子殿下との婚約が決まっているお姉様が最も利用されやすい。私が上手く隠し切れなかったことで一番被害を受けることになるであろう彼女の処遇が気になった。


 王子殿下は、私が質問をしようとして言葉を濁したことに気が付いたようで、顔を上げた。


「あぁ、リリアンに何かしようとは思っていないよ。古代語は苦手みたいだしね。それに、こう見えてもリリアンのことを愛しているんだ。だから、彼女をこのことに巻き込むつもりはないよ」


 意外な答えに固まっていると、隣で今まで静かにしていたランドルフ様が口を開いた。


「それでは、私の婚約者を巻き込むおつもりですか」

「悪いけれど、そうなるかな」

「彼女に何をさせるおつもりですか」

「そんなに責めるような口調で問わないでくれ。彼女には、ただ古代語や古代遺物の研究をしてもらおうと思っているだけだ。そうだね……例えば、研究職として働いてもらうとか」


 王子殿下とランドルフ様のやり取りを静かに聞きながら理解する。


 つまり、私の表向きの扱いは研究職、実際は、王家の監視の下で飼い殺し、というわけだ。ランドルフ様も同じ認識のようで険しい顔をしている。しかし、表向きとはいえ、王子殿下が提示した内容には特に問題がない以上、受け入れるしかないだろう。


「選択肢は……それだけですか」


 希望を捨てきることができずに、問いかける。


「ないこともないけれど、多分それが一番いいんじゃないかな。私の側妃とか嫌でしょう」

「オールディス家の者が2人も王家に嫁ぐのは勢力的に問題があります」

「そうだよね。じゃあ、やっぱり研究職かな」

「お断りすることはできませんか」


 王子殿下の水色の瞳の冷たさが増した。殺気というには優しいが、決して好意的ではない目に身がすくむ。


「断ってもいいけれども、それは自分の立場をわかったうえで言っているんだよね。私は君の家族を人質にとることもできるよ」


 物騒な発言に何も言えなくなる。目線を下に落とすと、自分が無意識のうちに手を握りしめていたことに気が付いた。少し震える声で、問いかける。


「王子殿下は、先ほどお姉様を愛しているとおっしゃっていました。もし、私が逆らうのであれば、そのお姉様も容赦なく、その……」

「先ほどの言葉に嘘はないよ。私はリリアンを好ましく思っている。これ以上ないほどにね。彼女が提案してくれる政策はどれも面白いし、貴族令嬢にしては、珍しく表情が豊かなところも魅力的だ。だからといって、彼女を人質に取らないかといわれるとそういうわけじゃない」

「それは為政者として、ということでしょうか」


 ひどく歪んだ笑みを浮かべて、王子殿下は口を開いた。


「まあ、それもあるけれどね」


 含みのある答えを返されて怪訝に思ったものの、殿下に引く意思がないことはよくわかった。私一人の犠牲で済むのであれば、王家の意向に従って研究に携わるべきだろう。


「それで、研究してくれる気にはなった?」

「はい」


 選択肢はあって無いようなものだ。私が頷いたことを確認した殿下は満足そうに笑った。


「じゃあ、細かい手続きはこちらで済ませておくよ。研究は基本的に王城でしてもらうから、登城の許可証とか、研究員の身分証とかは用意ができたら、オールディス家に届けさせよう。あぁ、それから、ランドルフも研究職に移って、ミルドレッド嬢と一緒に研究をしてくれ」


 王子殿下の言葉から、ランドルフ様はやはり王家の狂信者側の人間で、私の監視役ということだろうか、と考える。


「私もですか」

「古代語が読めると聞いている。ミルドレッド嬢は本来ならば、まだ働くような年齢ではない。それに慣れない環境ではかわいそうだからな。ランドルフがいれば、少しは安心するだろう」

「承知しました」


 恐ろしいほどに冷酷な一面も持つ王子殿下だが、意外なことに多少は私を憐れんでくださっているようだ。――楽観的に考えれば、の話だが。


 隣のランドルフ様を見上げる。彼は、元から文官として王城で働いている。それが、私のせいで研究職に異動になってしまうのだ。


「ランドルフ様、申し訳ありません。私のせいで異動に」

「いや、問題ない。研究職にも興味はあったが、私の代では募集がなかっただけだ。どちらかというと、研究職に移ることができるのは幸運といえる」


 読み取りづらい表情をしているため、彼の言葉が本心からのものなのか、私を気遣っての言葉なのかがわからない。


「ミルドレッド嬢、研究職には女性はいないけれど、文官になら、最近初めて女性が入ってきたんだ。機会があったら話してみるといいんじゃないかな。研究職も文官も男社会で思うところもあるだろうしね」

「ありがとうございます」


 その女性の文官は、おそらく、ヒロインのアデラ・ターナーだろう。シナリオでは、私が彼女をいじめるという設定になっているため、今まで接触を避けてきたが、彼女と同様に王城で働く以上、いつかは顔を合わせることになりそうだ。


 王家に飼い殺し状態にされた上に、アデラとの遭遇率が上がるという状況に思わずため息が出そうになるが、王子殿下が退出されるまでは、何とか微笑みを保った。

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

続きは明日投稿予定です。


また、誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。

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