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「ランドルフ様は、以前渡してくださった本のことを覚えていますか」

「古代語の中でも比較的読みやすい絵本のことか」

「はい。……あれ、そういえば私……」


 そういえば、お姉様の傷を治した後に本を回収した記憶がない。気が動転していて本のことを忘れていた。無意識に回収したとも思えない。


 ランドルフ様からの借り物を――しかも、よりにもよって古代遺物である古代語の本を庭に置いたままにしていたことに気が付いて、サーっと血の気が引くのを感じた。


「あ、それならここに」


 平然とした顔で王子殿下が本をテーブルの上に置いた。間違いなく、あの本である。


「オールディス家の皆さんが慌てていて忘れているようだったから、私の方で回収しておいたんだ。後で返せばいいかと思って」

「ありがとうございます、王子殿下。ランドルフ様、申し訳ありません。いくら気が動転していたとはいえ、お借りした本を庭に置いたままにしてしまうなど……」


 項垂れて謝罪の言葉を口にした。


「気にするな。同じ状況なら、誰でもそうなる」


 目線で先を促されて、頷いた。申し訳ない気持ちは変わらないが、謝罪はまた改めてしよう。


「こちらの本を用いることで、お姉様の傷を塞ぐことができたのです」

「この絵本で……?」


 怪訝そうな顔をしている彼に対して、王子殿下が頷いた。


「私も見たよ、まさに目の前でね。不思議な光景だった。あれはどういう仕組みなの?」


 疑問を投げかけられて、少し考えこむ。できれば、詳しいことを話したくはない。しかし、王子殿下に対して嘘をつくのも難しい。すぐに見破られてしまいそうだ。


「私もすべてを知っているわけではありません」


 できるだけ嘘はつかずに、話せる範囲で話すのが最適解だろう。


「条件によっては、青い文字が浮かぶことがあります」

「あの青い光の糸は?」

「申し訳ありません。あの糸の正体は、私も知らないのです」


 嘘ではない。青い光の文字を読むと、あの光の糸が周りを舞うが、あれが何なのかと問われてもわからない。ただ、正しく読めていれば、周りを舞うということしか知らないのだ。


「あの青い光の文字を読み上げると出てくるのです。そのまま読み進めていくと、王子殿下もご覧になったような神に似た姿の光となります」

「神に似た姿とは何だ」


 隣からランドルフ様に問われて考える。どう説明したらよいだろうか。


「その……光が集まって形ができるのですが、それがまるでピメクルス教の神様にそっくりな人型になるのです」


 彼の目が軽く見開かれた。珍しく驚いているようだ。今日はランドルフ様の様々な表情を目にしている気がする。


「読み進めていくことで、その光によって傷が塞がれました。上手く説明できず、申し訳ありません」


 改めて言葉にしてみると、なかなかに非現実的な話だ。しかし、実際に起こっている事柄なのだから仕方ない。王子殿下がテーブルに置いていた本を私に差し出してきた。


「再現はできないの?」

「再現……ですか」

「リリアンが傷を負ったときに咄嗟に本を持ってくるように侍女に指示していたよね? つまり、ミルドレッド嬢は、古代語の本を読み上げることで傷が治ることを知っていたってことになる」


 痛いところを突かれた。


 条件によっては、というように濁したが、私の行動から、その条件をある程度知っていると思われているようだ。できれば言いたくない。オールディス家の者に流れる血が関係するなど、もし知られてしまえば、それこそ利用されるだけだ。


「あぁ、やっぱり知っているんだ」


 王子殿下のいつもよりも低い声に、はっと顔を上げた。


 私が考えに没頭している時間が思ったよりも長かったようで、それは肯定を意味してしまったようだ。思わず眉が寄ることを自分でも感じていた。


「その様子だと言いたくないのかな。何か都合が悪いことでも?」


 いつもと変わらない表情のまま問いかけられたが、いつもは感じることのない威圧感を感じる。――これが王族。


「そういえば、リリアンが言っていたよ。ミルドレッド嬢は考え込むと、しばらくの間は考えているって。つまり、話すか話さないかで迷っているのかな」


 そう言葉をかけられて、思わず目を上げかけたとき、きらりと何かが光った気がした。次の瞬間には、目の前が真っ暗になり、座っていたソファーに思い切り背をつけていることに気がついた。やわらかくもかたくもない何かが私を包み込んでいる。自分があおむけに近い体勢であることに気が付くと同時に、吸い込んだ香りで、どういった状況かを理解する。


「ランドルフ様……?」


 ランドルフ様に抱えられるようにして、ソファーに倒れている。目の前が真っ暗なのは、彼が私を抱え込んでいるせいだろう。これでは何も見えない。


 彼の腕の中から抜け出そうと動いたが、腕の力を強められたことで、それはかなわない。少し苦しさを感じて、そのことを訴えようとしたところで、ランドルフ様の聞いたことがないような低い声が響いた。


「どういうおつもりですか」


 思わず身をすくめた。その一言で、彼が怒っているのだということを感じ取った。


「ミルドレッド嬢が迷っていそうだったから、決断しやすくしようかと思って」

「だからといって、それが彼女を傷つけてよい理由にはならないはずです」


 腕の力が緩んだことを感じ取って、するりと抜け出してみれば、いつもと変わらない表情の王子殿下をランドルフ様が鋭く睨んでいた。


「考えていた状況とは違うけれど、まぁ、いいか。ミルドレッド嬢、ランドルフをよく見てごらん」


 王子殿下の言葉を疑問に思いながら、右側に視線を移す。慌てたランドルフ様が、私の視線を遮ろうとしてくるが、一瞬遅かった。


 彼の右肩に近いあたりに短剣が刺さっているのが見えた。血が白いシャツに滲んでいる様子が見える。さっと血の気が引いていく。


「落ち着け」

「ラ……ランドルフ様……肩……」

「大丈夫だ」


 いたって冷静な彼とは対照的に、私は思考を失っていく。


 昨日のお姉様の様子が頭をよぎる。倒れて意識を失い、腹から血を流すお姉様。押さえても押さえても流れていく血。彼女の青白くなっていく顔色。呼びかけても反応がなく、だらりと垂れた手。


 ランドルフ様とお姉様が重なる。


 肩から流れる血に目を奪われて、そこから目線を外すことができない。頭の中に青白い顔をして倒れた彼の様子が浮かんだ。


 半ば叫ぶようにして、私はテーブルの上の本を手に取って、なぜかそこに準備されていた別の短剣で指先を傷つけた。勢いあまって、すっぱりと切れてしまったが、そんなことは気にしていられない。


 本のページを急いでめくった。たらりと垂れた血を本に擦り付ける。それと同時に本が輝きだす。やがて現れた青い文字をひたすらに読み進めていく。


 周りには青い光が舞い、輝きを放っていく。読み進めていけば、昨日と同様に、やがて神の形をした光が出来上がっていく。


 混乱していることはわかっていた。半分パニック状態だということも。泣きながら本を読み進めているせいで、声がしっかりと出ていたのかもわからない。果たして言葉になっていただろうか。そんなことすらわからないままに、すべて読み上げ終えて顔を上げれば、驚いた様子でこちらを見ている赤い瞳と目が合った。


 その瞬間に、やっと冷静さを取り戻し始めて、やがて、悟った。


 ――やってしまった、と。

お読みいただき、ありがとうございます。

すみません、10分ほど遅刻してしまいました。

次回の投稿は、本日の夜を予定しています。


また、誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。

誤字が多く、お恥ずかしい限りです。

今後ともよろしくお願いいたします。

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[一言] ジャンルミステリでも良いかも
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