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オールディス家の美しい庭園が見える位置で、使用人たちは慌ただしく動いていた。私も何か手伝えることがないかと、近づいてみたのだが、カミラにやんわりと断られてしまった。
まだ肌寒いものの、日差しはあたたかなものとなり、庭園の花は、一足先に春を告げるかのように咲き始めていた。花々の柔らかな香りが庭園を包み込んでいる。
使用人たちがテーブルや椅子を並べ、テーブルクロスを敷いて、お茶やお菓子を運び込んでいるところを眺めていると、本日の主役が横に現れた。
「素敵だわ」
ほとんど準備が整えられた状態を確認して、美しく微笑むのはお姉様だ。ただでさえ美しい彼女だが、今日は誕生日パーティーということもあり、いつも以上に上質なドレスをまとっている。水色のドレスには、銀糸で花の刺繍が入っている。色合いから、王子殿下から贈られたドレスなのだろう、と推測できる。
艶やかな髪は編み込んであり、ドレスに合わせて、銀色の髪飾りを刺している。まるで妖精のようだ。
「お姉様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
穏やかに微笑みを返されて、思わず、私も頬が緩む。しかし、気を緩めてはいけない。
シナリオ上では、お姉様の14歳の誕生日、つまり、この誕生日を境に、彼女は本格的に王子妃教育を受けることになる。本格的に乙女ゲームのシナリオが開始するのだ。
私たちは避けられる部分ではゲームのシナリオから外れるように行動しているため、今のところ、ヒロインのアデラ・ターナーには会ったことがない。彼女について情報を集めてはいるが、シナリオ通り、優秀な令嬢であるという以外には特筆すべき点は無いようだ。このことから考えて、彼女も転生者、という可能性は低いだろう。
考え事をしている間に、会場の準備はすっかり整ったようで、カミラに促されて、玄関へと向かう。今日の主役はお姉様であるため、家族である私も客人に挨拶する必要がある。
お父様とお姉様は庭園側に残り、お母様と私が玄関の前に移動したところで、遠くに馬車が見えた。やがて近づいてきた馬車は、スピードを下ろして停車すると、中から見覚えのあるご令嬢が降りてきた。
「本日はいらしてくださり、ありがとうございます」
お母様に合わせて、私もお辞儀をする。
「いえ、こちらこそお招きいただけて光栄です」
今日もきれいに本心を包み込んだ笑みで受け答えをするのは、以前、お茶会で話しかけて下ったレオノーラ様だった。
「リリアンは庭園におります」
お母様が使用人に彼女を案内するように指示すると、挨拶もほどほどに、庭園の方へと消えていった。レオノーラ様の来訪から、その後も続々と参加者たちが到着し、私たちは慌ただしく挨拶と案内をこなしていった。
「本日は、このように皆様にお集まりいただき、大変うれしく思っております。ぜひ、楽しんでいってください」
お父様の言葉を皮切りに、お姉様の誕生日パーティーは始まった。参加者は、オールディス侯爵家と交流のある家や、お姉様の個人的なご友人などが主である。それぞれ順番に、お父様やお姉様、また、お母様や私にも挨拶をしていく。
まだ、本格的な社交の場に出ていない私は、これほど多くの人々と話すこと自体が珍しく、緊張してしまうが、どうにか微笑みを浮かべてやり過ごす。
この場には、オールディス家と親交がある人々ばかりのため、私のことを地味な令嬢と揶揄する声は聞こえない。緊張はしても、心地の良いお茶会である。
やがて、お姉様の前にできていた挨拶の列が途切れたことを確認して、彼女に近づいた。
「お姉様」
「ミルドレッド」
「あらためておめでとうございます」
「ありがとう。こうやって、皆さんに祝っていただけるなんて素敵なことね」
彼女は、目を細めて笑った。
私が続けて話をしようとしたところで、会場の端が小さくざわめいた。2人でそちらに目を向けてみれば、驚いたことに、不参加の予定だった王子殿下の姿があった。
「リリアン、遅れて申し訳ない。誕生日、おめでとう」
「殿下……。ご公務がお忙しいと伺っておりましたが……」
「急いで終わらせてきたんだ」
王子殿下は、手にしていた可愛らしい花束をお姉様に手渡した。
「わぁ、かわいい!」
「気に入ってくれたならよかった」
「はい、ありがとうございます」
2人の仲の良い様子を、人々は微笑まし気に眺めていた。私も、邪魔にならないように、少し距離を取る。それと同時に、何かが目の端に映ったような気がして、振り返ってみるが、特段変わったことは何もない。首を傾げつつも、近くのテーブルへと向かう。
春らしい色合いのお菓子が並べられたテーブルだ。甘いもの好きのご令嬢たちには好評なようで、使用人たちもせっせとお菓子を補充しているようだ。
どのお菓子を食べようか考えていると、私の背中側から、鋭い叫び声が上がった。
「殿下っ!」
振り向いて、お姉様の声だったのだと理解するよりも先に、会場が大きくどよめいた。次の瞬間には、ご夫人やご令嬢の悲鳴が上がった。悲鳴の中心は、私のところからではよく見えなかったが、わざわざ近づく必要もなかった。
人々は逃げるように、走り出したことで、事が起きた場所が良く見えるようになったのだ。
最初に目についたのは、うずくまっている王子殿下とお姉様。次に走り去る影。それを追いかける護衛騎士。殿下の手や腕が赤いことに気が付いて、さっと血の気が引いた。
気を失いかけたが、何とか立ち直って、2人のもとへと走り出す。ドレスの裾がバサバサと音を立てるが、そんなことは気にしていられない。
「王子殿下っ!」
私が半分パニックになりつつも、彼らのもとにたどり着くと、けがをしたのは王子殿下ではなく、お姉様だということに気が付いた。王子殿下の手や腕が赤いのは、お姉様の傷口を止血しようとしているためだ。
「お姉様! しっかりしてください! 聞こえますか!」
必死に彼女に声をかけるが、王子殿下の腕の中でぐったりとしている彼女から返事が返ってくることはない。そうしている間にも、彼女の腹からは血が流れだしていた。状況はよくわからないが、致命傷を負っていることは確実だ。既に、お姉様の意識はない。
王子殿下が、オールディス家の使用人に医務室の準備や医師への連絡を指示しているようだが、きっとそれでは手遅れだ。
「嫌、嫌だ。お姉様、目を覚まして!」
声をかけてもやはり返事はない。
それどころか、出血量が多いのか、彼女の顔色は悪くなっていく一方だ。
「駄目だ、このままでは間に合わない」
冷や汗を浮かべている王子殿下の横で必死に考える。彼女を救う方法は何かないだろうか。今すぐに医師が到着しても、絶対に間に合わないと嫌でもわかってしまう。何か、何か方法は――。
「カミラ!」
「はい!」
「私の部屋の古代語の本を持ってきて! 動物の絵が描かれている本!」
「は」
彼女は呆気に取られて固まったが、今はそれどころではない。
「お願い、早く!」
「か、かしこまりました!」
困惑しつつも、何か意味があるのだと感じ取ってくれたようで、カミラは屋敷の中へと走っていった。
すみません、遅刻しました。
お読みいただき、ありがとうございます。
次回の投稿ですが、9/12とさせていただきます。
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。




