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暗い部屋の中で、裁縫箱と古代語の本を取り出して、テーブルの上に置いた。最近は、やっと寒さが落ち着いてきたこともあり、こうして夜に自室でうろうろする分には全く問題はない。ただ、やはり寒いことには寒いため、あまり褒められたことではないが、布団に包まるようにして、本を広げた。
以前、ランドルフ様に借りた本だ。普通に本に記述されている内容については、ランドルフ様に教えていただきながら読み進めたことで、大方読めるようになっていた。しかし、問題は血を垂らしたときに、青く発光しながら現れる文章の方だ。
ぎっしりと文字が並ぶそれは、こつこつと解読作業を進めていても、なかなか読み終わらない。しかも、読み終わらないだけではなく、解読が上手くできずに、意味が取れていない場所もいくつかある。そのため、こうして、夜中に誰もいない部屋の中で、文章を出現させては解読を進めるという日々を送っていた。おかげさまで寝不足気味だ。
それでも、毎日欠かさず解読作業を進めていたことで、残るところ数ページとなっている。これは運が良ければ、本日中に読破できるのではないだろうか。
チクリと指の先を針で刺して、しばらく待つ。ぷくりと膨らんだ血の玉を本の端に押し付けると、見る見るうちに青く文字が浮かび上がってきた。本の内容を解読する中で分かったことがいくつかある。
青い文字であらわされる文章の解読作業を行っているのは、この本だけだが、この本に限って言えば、その内容は、本紙の方に書かれている内容に沿っているということだ。
例えば、この本は、けがをした動物のために、ピメクルス教の司祭が祈りをささげ、その祈りに答えて、ピメクルス教の神は姿を現し、動物たちのけがを治す、というものだ。それに対して、この本に浮かび上がる青文字の文章の内容は、けがを治すための祈りの文言と、その祈りに答える神の描写、そして、最後に神への感謝である。ただ、絵本の本紙の内容と違うのは、それらが抽象的で小難しい言い回しになっていたり、より描写が丁寧になっているという部分だ。
次に気が付いたことなのだが、意味を理解したうえで、この青文字の文章を声に出して読んでいると、何やら、青い糸のようなものがふわりふわりと周りを舞うのである。ただ、これは意味を理解したうえで読まないと現れないもののようで、最初に解読を始めたころには、見えなかったものである。また、現在も解読が上手くいっていない部分では、光る青い糸は現れない。
そのため、この糸が現れるかどうかは、解読した内容が正しいかどうかの指標としても使っている。これが何なのかはわからない。以前、クリフに聞いてみたこともあるのだが、微妙な顔をして教えてくれなかった。それの正体を知ってはいるのだろうが、教えてはくれないようだ。
それならば、私がその真相に近づくことを嫌がっているのかと思えば、そういうわけでもないらしく、もし、自力でたどり着けるのであれば、早めに見つけてしまった方が君のためだとも言われてしまった。一体どういうことなのだろうか。
残るところ数ページの内容を読み進めていく。最近は知っている単語が増えてきたことで、かなり読み進めやすくなっていた。前後の単語がわかれば、それらに挟まれている単語の推測もつく。それに、絵本の内容に沿っていることを考慮すれば、さらに読みやすい。きっと、この最後の部分は神への祈りを丁寧にささげている部分なのだ。
小さく読み上げながら、周りをうかがうと、青色の光る糸が周りをふわふわと舞っている。どうやら合っているようだ。この調子で読み進めていくと、意外なことに、知っている単語ばかりで、すぐに最後のページまでたどり着くことができてしまった。思ったよりも早く読み進められたことに驚きつつも、最初のページに戻る。
せっかくすべての解読が仮とはいえ終わったのだ。すべて声に出して読んでみようと意気込んだ。
「我は敬虔な教徒。慈愛と犠牲を心に人々の憂いを取り除くべく奔走する者――」
読める範囲で、声に出して読み始めると、先ほど見えていた青い糸が周りを舞い始めた。今までと同じ光景だ。
「傷を受けし者に癒しの光を――」
読み進めている途中で、周りをふわふわと舞っているだけだった青色の糸が、これまでと異なる動きを見せた。何本か舞っていたそれらは、だんだんと私の前に集まり、何かの形を作っていく。驚きながらも、そのまま本を読んでいく。
「未熟な我らのもとに現れたるは慈愛と犠牲の象徴」
何かが形作られていく。それはまるで――。
「ピメクルス教の唯一にして至高の存在」
――神だ。目の前にきれいに形作られた人型に、無意識にそう思った。それでも、好奇心からなのか、私は読むことをやめられない。
「我らの光、我らの闇」
やがて、神を模した目の前の青色の人型は、明確に目や口が形作られた。息をのむほどに美しい。長いまつげを携えた瞳はゆっくりと開かれて、優し気な微笑みを口元に浮かべる。青色だったはずが、いつの間にかまばゆい光になっていた。色で例えるならば白が一番近いが、上手く形容ができない。
「癒しの奇跡を与え給え」
その言葉と同時に、目の前の光輝く人は、私へと手を伸ばした。私の右手に軽く触れると、ふっと息を吹きかける。その光景が異様に美しく、現実離れしていた。やがて、私から離れていった彼女は、再び目を閉じていく。
「祈りの奇跡に感謝を――」
この後がどうなるのか気になって、最後まで読み進めていく。後はひたすらに神に祈りをささげる内容だ。少し遠回しで、普段はあまり使わないような文言も多いが、読み間違えることがないように慎重に読んでいく。
私がすべてを読み終えると同時に、光り輝く人はだんだんと形を崩し、青色の糸へと戻っていき、そして、最終的には跡形もなく消えていった。それと同時に本に浮かび上がっていた青色の文章も消え去った。
思わぬ出来事に呆然と座り込む。
ふと、息を吹きかけられた右手を見てみる。そして、違和感を感じた。
右手の人差し指に針を刺して血を出したはずだ。それほど目立つような傷にはならない。しかし、数分で跡形もなく消えるかといわれると、少しくらいは痕が残っているはずだ。それなのに、人差し指には何も見当たらない。
私の勘違いで、刺したのは左手だっただろうかと、そちらも見てみるが、特に何もない。つまり、考えられるのは、吹きかけられたことによって傷が治ったということだ。
「そんな、まさかね……」
冷や汗が流れる。
これでは、まるで人には成し遂げられないようなことが目の前で起こってしまったかのようだ。そこまで考えて、あることに思い当る。
「神を愛し、神に愛される国――ミカニ神聖王国」
ただのキャッチコピー的な文言だと考えていた。あくまで、偶然が重なって幸運が多く降りかかったから、神に愛されている国だと名乗っているのだと考えていた。
「本当に神に愛されていると言うの……?」
つぶやいた言葉が、静寂の中に溶けていく。
古代遺物を正しく使用した結果、人知を超えた力を扱えるのだとしたら――。そこまで考えて、クリフの忠告の意味に気が付く。彼が私を古代語から遠ざけようとしたこと、王家との古くから誓約、オールディス家の特別な血筋。
王家は私たちオールディス家を取り込むことで古代遺物を扱おうとしていた。それはなぜか。古代遺物が人知を超える力を扱えるからだ。
クリフが私を古代語から遠ざけようとしたり、私たちが誓約の意味を知らなくてもよいと考えていた理由。古代遺物の使い方も、古代語も何も知らなければ、王家に利用されることがないからだ。
しかし、王子殿下は、リリアンお姉様が古代語を苦手としていても、特に問題視していない。また、私が古代語に興味を持っていた時に、本を送ってくださったり、ランドルフ様なら少しわかるかもしれない、と教えてくださったが、必ず読めるようになってほしいというわけではなさそうだった。
つまり、オールディス家が長い歴史の中で誓約の意味を失ったように、王家でも同様に誓約の意味を失っているのではないだろうか。そうであるとすれば、この秘密を黙ってさえいれば、誰も不幸にはならないかもしれない。淡い期待と言えばそうかもしれないが、真相らしきものにたどり着いてしまった以上、その淡い期待を胸に抱かずにはいられない。
窓の外で、木々がざわざわと音を立てた。
お読みいただき、ありがとうございます。
日付変更前ギリギリで申し訳ありません。
次回は明日投稿予定です。
こちらのお話とは別のお話ですが、短編小説を投稿いたしました。
もしよろしかったら、ご覧ください。
(短編も婚約破棄も初めてだったので拙い文章で申し訳ないです。)




