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「ランドルフ様」


 小声で呼びかけながら見上げてみれば、彼も眉を寄せてこちらを見ていた。


「あぁ」


 お互いに考えていることは同じだろう。望まぬ形での注目を浴びている。場をかき乱していったセドリック様は、いつの間にか、ちゃっかりとこの場から去っている。こちらを見る人々の視線は様々だ。


 事の顛末をすべて知ったうえで面白がっている人や、気の毒そうな目を向ける人、先ほどの騒ぎを見て何かを感じ取った人や、そもそも騒ぎ自体を見ていないにもかかわらず、周りの雰囲気を感じ取って、興味深そうにこちらを見る人。


 これが、リリアンお姉様だったのならば、いとも簡単にこの場を切り抜けてみせるのだろうが、そんな器用さは私にはない。そして、おそらく眉を寄せているランドルフ様にも期待はできないだろう。


「あらあら、皆様お気づきになりまして?」


 そこに、楽し気でよく通る声が響いた。声のした方向に目を向けてみれば、ブライトウェル侯爵夫人がわざとらしく口元に扇を広げて、扇に隠されてもなおわかるほどに微笑んでいた。


「皆様が注目なさっている2人が本日の主役! 私が言うまでもなく、気が付いていらっしゃるなんて、皆様さすがですわね!」


 参加者たちが小さくざわめきだした。私も、今日のお茶会の主役という話は聞いていない。つまり、これはブライトウェル侯爵夫人が助け船を出してくれたということだろう。それならば、ありがたくそれに従うのが無難な手だろう。


「私の息子であるランドルフとオールディス侯爵家のミルドレッド様との婚約が少し前に決まりましたの。私の仲の良いお友達にはお手紙でお伝えしていたと思うのだけれど、今日はそのお披露目も兼ねてお茶会を開かせていただいたわ」


 さぁ、拍手拍手、といったように夫人が促せば、まずは夫人のご友人と思われる方々から、続いて、様子見をしていた人々から、といったように拍手が広がっていく。先ほどの妙な雰囲気はすぐに消えていった。


 ランドルフ様がそっと私を引き寄せた。思わぬ行動に彼を見上げてみれば、見たこともないような優しい微笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。思わず、ひゅっと息をのむ。それとほぼ同時に、お茶会に参加していたご令嬢たちの黄色い悲鳴が響いた。それはそうだろう。普段は表情一つ変えない美形が微笑んでいるのだから。やっとのことで私も微笑みを返す。少し引きつっている気もするが仕方ないだろう。


 とりあえず、これで仲睦まじい婚約者に見えるはずだ。




 お茶会の参加者たちは、それぞれ馬車に乗って帰っていく。鮮やかなオレンジ色の光の中で、長い影を落としながら、夫人に挨拶をして馬車に乗り込む人々、参加者同士で穏やかに別れのあいさつを述べている人々と様々だ。


 最近は日が落ちるのが早くなってきた。だんだんと日が落ちていき、暗くなっていく中で、一人、また一人と帰っていく。空が藍色とオレンジ色で混ざり合い始めたころ、最後に残ったのは私だった。


 すぐ横に立つランドルフ様は、いつも通りの無表情に戻っていた。それどころか、先ほどの微笑みで今年の分の表情を使い果たしてしまったのではないかと心配になるほどに、ピクリとも表情が動かない。


「ランドルフ様、随分とご無理をなさいましたね」


 少しおかしくなって、笑いを飲み込みながら話しかければ、無感情な赤い瞳がこちらを向いた。


「仕方ないだろう。あそこで仲が悪いと思われては困るからな」

「そうですね」


 先ほどのランドルフ様の微笑みを思い出す。


 私が息をのんだのは、ランドルフ様の美しく、やわらかい微笑みに驚いたわけではない。それを無理やり作っていることに気が付いて、驚いてしまったからだ。ランドルフ様でも微笑みを無理やり作ることがあるのか、とか、今がそれほどよくない状況なのか、という部分に意識が向いていた。


 それでも、ブライトウェル侯爵夫人の助け舟とランドルフ様の行動によって、何とかあの場を乗り切ることができた。


「ありがとうございます。ランドルフ様」

「こちらこそ巻き込んで悪かった」


 私が首を横に振っていると、向こう側からブライトウェル侯爵夫人が歩いてくるのが見えた。すっと姿勢を正して、話しかける。


「ブライトウェル侯爵夫人、本日はご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いいのよ。むしろ、迷惑をかけているのは、私の息子たちの方だもの」


 そう言って、ジトリとランドルフ様を見た。その視線を受けても、ランドルフ様は微動だにしない。ため息を吐いた夫人は、気を取り直したように笑った。


「また遊びにいらしてね」

「はい、ありがとうございます」


 夫人に対して頭を下げて、隣のランドルフ様に向かい合う。


「お手紙を書きますね」

「あぁ」


 挨拶を済ませて、馬車に乗り込もうとすると、声をかけられた。振り返れば、いつの間にこの場にきていたのか、セドリック様がひらひらと手を振っている。


「次、遊びに来たら、私とも遊んでくれるかな?」


 彼の表情を観察してみれば、先ほどと同様に軽薄な笑みを浮かべている。このお誘いは、ただの遊びというよりは浮気といったニュアンスを含んでいるのだろう。


「ご冗談を。私のことなど、最初からそういった対象に入っていないでしょうに」


 そういって様子を見てみれば、彼の目が一瞬見開かれた。しかし、すぐにもとの軽い笑顔に戻る。


「そんなことないさ」

「いいえ、私だけではなく、先ほどの女性にも同じ目を向けていらっしゃいましたよ」

「目……?」


 顎に手を置いて、怪訝そうな顔をする彼に対して、すっと礼をして、そのまま馬車に乗り込む。すぐに扉は閉められて、馬車は動き出した。窓から、ブライトウェル侯爵家の方々に手を振る。


 徐々にスピードが上がっていき、すぐに彼らの姿は見えなくなった。


 1人になると、気が抜けて一気に疲れが襲い掛かってきた。馬車の揺れによって刺激される強烈な眠気に抵抗しながら、頭を働かせる。


 最初、ランドルフ様とセドリック様の関係を私はおそらく誤解していた。そもそも、セドリック様がどのような人物かを第一印象で見抜くことができなかった。


 私に浮気のお誘いとも思える発言をしてきたときには、噂の通りの女遊びが激しいお方なのだと思った。しかし、よく考えてみれば、それでは色々とおかしな点があるのだ。


 まず、セドリック様は次期侯爵だ。いずれ、誰かと結婚して、ブライトウェル侯爵家を継ぐ方だ。それにも関わらず、いまだに婚約者すらおらず、夫人もそれを咎めないことは、いささか不自然である。考えられる事柄は2つ。1つ目に、実は隠しているだけで婚約者はいる。2つ目に、婚約者がいない状況の方が都合が良い。この段階では、どちらかは判断できない。


 次に、セドリック様の態度だ。彼は、私やランドルフ様の元婚約者候補に話しかける際には軽薄で誘いかけるような笑みを浮かべているが、ほかの女性に対しては、ごく自然な対応をしていた。そして、何よりも、彼の目がすべてを物語っていた。私やランドルフ様の元婚約者候補に向ける軽薄な笑みの中で、彼の目だけは全く笑っておらず、冷めていた。冷静にこちらを見て観察しているかのような、そんな目をしているように思えた。ただ、これも私の勘違いではないかと言われれば、そうかもしれない。


 3つ目に、ランドルフ様とセドリック様の関係。最初に2人がにらみ合っているときに、苛立ちを含んだ瞳でセドリック様をにらむランドルフ様から、てっきり婚約者候補にちょっかいをかけるセドリック様にいら立っているのかと考えてしまった。これは結果から言うと誤りだろう。彼がセドリック様に苛立ちを向けているのは、セドリック様が自らを犠牲にしていることに気が付いているからだ。


 最後に、ランドルフ様の歴代の婚約者候補の方々。これは、お姉様と調べた内容の一部だ。彼女たちは、偶然にしては出来すぎているほどに王家派閥の人間のみだった。


 つまり、これらから考えられる可能性としては、ランドルフ様の婚約者候補の方々は、王家派閥――それも王家の狂信者と呼ばれる人々、ということだ。


「考えすぎかな……」


 ぽつりとつぶやくと同時に、先ほどよりも強烈な眠気が襲ってくる。


 確証はない。ただの勘と言えば、そうなのだろう。しかし、セドリック様の行動がやはり気にかかる。もし、彼が王家の狂信者からランドルフ様を遠ざけているとして、私のことも同様に遠ざけようとするのであれば、私の存在はブライトウェル侯爵家には不都合なものなのだろうか。


 カタカタと音を立てながら揺れる馬車の中で、静かに意識を手放した。

遅くなってしまいましたが、本日分の投稿です。

お読みくださり、ありがとうございます。

続きは明日投稿予定です。

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