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 温室内では、きれいに手入れされた花が咲いていた。温室の中心にはいくつかテーブルが並べられており、テーブル上には色とりどりのお菓子が並んでいる。あまり見たことのないお菓子やお茶に、客人たちは喜びの声を上げていた。


 中心からやや離れた場所に立っていたブライトウェル侯爵夫人のもとに、ランドルフ様と向かい、ドレスをつまみながら、すっと腰を落とした。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」

「あら、楽にしていいのよ。来てくださって嬉しいわ」


 夫人は、同性の私でも、思わず見とれてしまいそうな美しい微笑みを浮かべた。


「ランドルフとは上手くいっているかしら」

「母上」

「はい、いつも気にかけていただいております」

「そう、ならよかった」


 夫人がほっと息をついたところで、別の客人が挨拶に訪れた。


「また、後でゆっくりお話しさせてね」

「はい、ぜひ」


 夫人は微笑みを浮かべたまま、別の客人の方へと振り返った。隣を見上げてみると、ランドルフ様がこちらを見下ろしていた。


「……新しいフレーバーティーを用意してある」


 そう言うと、私の手を優しくとって、テーブルの方へと誘導してくれた。以前、私がフレーバーティーに興味を示していたことを覚えていてくれたのだろうか。


「どのようなフレーバーティーなのですか」

「柑橘系だ。前回はベリー系だったからな」


 歩きながら周りを見渡すと、私とほぼ同年代か、その下の年代の参加者は見当たらない。ランドルフ様と同じか、その上の年代の参加者が多いようだ。普段、夜会では姿を見せない私を観察するような視線を感じる。


 ランドルフ様の婚約者として恥ずかしくないように、できるだけ背筋を伸ばし、穏やかな表情を意識しながら歩く。


「お茶を」


 目的のテーブルにたどり着くと、控えていた使用人に彼が声をかけた。


「かしこまりました」


 使用人がお茶の準備を始めたのと同時に、ランドルフ様が席を勧めてくれた。私が座ると、彼も、それに合わせるようにして、隣に座った。その様子を遠巻きに見ていた数名のご令嬢が、こちらへとやってきた。


 どこの家のご令嬢かわからない以上、年下の私が先に挨拶する方が無難だろう。すぐに立ち上がって、彼女らに向き合った。


「お初にお目にかかります。オールディス侯爵家の次女、ミルドレッド・オールディスと申します」


 定型文ともいえるこのセリフを述べている間も、彼女たちの視線をひしひしと感じた。まるで、こちらを値踏みしているかのような視線だ。


 しばらくの沈黙の後、ふっと空気が緩んだのを感じた。先頭に立っていた少女がふわりと微笑む。特別美人というほどでもないが、振る舞いだろうか、雰囲気が高貴で思わず見とれてしまった。


「お会いできて光栄です。フェルトン公爵家の長女、レオノーラ・フェルトンと申します。リリアンから、あなたの話を何度か聞いているわ」

「姉がいつもお世話になっております」

「聞いていた通り、しっかりしていらっしゃるのね」


 ふわふわとしたやわらかさの中に、どこか芯を感じさせるような雰囲気の持ち主だ。


 フェルトン公爵家は、エルデ王国内の5つある公爵家の1つである。当たり前と言えば、当たり前なのだが、王家派閥の家だ。


 しかし、リリアンとレオノーラ様が仲良くしているという話は、以前から聞いており、特別警戒する必要もないのではないかと思っている。ただ、警戒はしておくに越したことはないだろう。


 私の目の前にお茶が差し出される。先ほど、ランドルフ様が頼んでくれていたお茶だ。ふわりと香るのは、前回の甘い匂いではなく、すっきりとした柑橘系の香りだ。


「わぁ……!」

「気に入ったか」

「はい!」


 ランドルフ様に笑いかけると、虚を突かれたかのような表情をされた。不思議に思って首を傾げかけたところで、レオノーラ様に声をかけられた。


「驚いたわ。噂では聞いていたけれど、本当に仲が良いのね」


 微笑ましいものを見るかのような視線で、レオノーラ様は私とランドルフ様を交互に見た。彼女の周りのご令嬢たちもほぼ同じ表情を浮かべている。


 そのことが少し恥ずかしくなり、軽く俯きかけたところで、レオノーラ様が、そっと口を開いた。


「あら、花びらが付いているわ」

「え、どこでしょうか」


 慌てて頭を押さえてみるが、自分ではわからない。


「取って差し上げるわ」


 そういって、レオノーラ様が私に近づくと、耳打ちした。


「騙すようで、ごめんなさいね。そのまま、目だけ左を向いてごらんなさい。見えたからしら。あのご令嬢には気を付けた方がいいわ。あなたたちが仲睦まじくすることをよく思っていないはずだから」

「それはどういう……」


 私が疑問を口にしかけたところで、レオノーラ様は微笑みながら離れて行った。その手には花びらが乗っている。あくまで、花びらを取っただけということにするようだ。


「取れたわ」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、私たちはこれで。またお話ししましょうね」


 優雅に離れていった彼女たちを見送り、再び椅子に腰かけた。


 紅茶からは白い湯気が立ち上がっている。いつの間にか、ランドルフ様は紅茶を口にしていた。


「ランドルフ様もフレーバーティーを?」

「いや、これはオールディス領産の紅茶だ」


 そういえば、前に私がオールディス領産の茶葉をプレゼントしたときにも、すんなりと受け取ってくれていたように思う。その時は気を使ってくれているのかと思っていたが、もしかすると、フレーバーティーよりも普通の紅茶を好むのだろうか。


 私もカップを手にして、こくりと飲んでみる。爽やかな香りが鼻を抜ける。前回のベリー系のお茶とは、また大きく異なるが、思わずうっとりとしてしまう。


「……おいしいです」

「そうか」

「このお茶もブライトウェル侯爵領で輸入されているのですか」

「あぁ、最近輸入を始めた種類だ。最初は、前回のベリー系のフレーバーティーのみだったが、少しずつ扱う種類を増やしているところだ」

「そうなのですね」


 オールディス領で生産される伝統的な紅茶も好きだが、フレーバティーは特別感がある。なかなか味わうことのできない貴重なお茶に感動しているのは私だけではないようで、お茶を飲んでいる周りの人々は、うっとりとしているようだ。


 もう一口紅茶を飲もうとしたところで、自分に影が落ちたことに気が付いた。それと同時に、後ろに人の気配を感じて振り返ってみれば、気の強そうなご令嬢がこちらを見下ろしていた。先ほど、レオノーラ様が忠告してくれた人物だ。


「あなたがミルドレッドね」


 挨拶もなしに、突然話しかけられたことに困惑しつつも、そのことをできるだけ態度に出さないように気を付ける。そっとカップをソーサーに戻すと、立ち上がって挨拶をする。


「お初にお目にかかります。オールディス侯爵家の次女――」

「あぁ、そういうのはいらないわ。私、あなたのことを知っているもの。ランドルフ様の婚約者……よね?」

「はい」

「へぇ……」


 先ほどのレオノーラ様たちとは異なる、ねっとりとした視線で上から下まで眺められる。レオノーラ様たちの視線が、今後の友好関係を築くうえで、私の振る舞いや態度に問題がないかを確認するためのものであったとしたら、このご令嬢の視線は、最初から私を見下したような視線だった。


 しばらくの間、私のことを見ていた彼女は、満足したのか視線を外すと鼻で笑った。


「ランドルフ様の婚約者なのに、随分と子供なのね」


 彼女の視線を追えば、どこを見ているのかは何となくわかる。おそらく、私の身長や、薄い体を指しているのだろう。そのまま、私の顔を見た彼女は笑いがこらえられないといったような表情を作った。地味顔だと言いたいのだろうか。私もそう思う。


「化粧をすると化けるかもしれないわね」


 遠回しに馬鹿にされたような気がするが、実際、事実だと思うので、特に反論するつもりはない。それにしても、今気が付いたが、化粧という言葉の一文字目は、まさに、化ける、と同じ漢字だ。つまり、化粧というのは化けるためのものという認識があったのだろうか。


「……人と話しているときに、何か考え事? 気味の悪い子」


 その言葉に、はっと現実に引き戻された。何か言わなければ、と考えているうちに、ずっと座って私たちの会話に耳を傾けていたランドルフ様が立ちあがった。そっと私を引き寄せると、肩に手を置いた。


「先ほどから聞いていれば、私の婚約者に何か不満があるのか」

「不満? えぇ、あるわ。本来ならば、婚約者の立場には私がいるはずだったのだから」

「なぜ君が? 君は婚約者候補から降ろされたはずだ」


 どうやら、私が彼女に敵対視されていたのは、彼女がランドルフ様の元婚約者候補だったことが原因のようだ。


「それは、ランドルフ様が、私とセドリック様の仲を疑ったからでしょう?」

「へぇ? その言葉を聞く限りでは、やっぱり私との関係は遊びだったみたいだね」


 いつの間にか音もなく近づいてきていたセドリック様が彼女の後ろから声をかけた。柔和な笑みを浮かべているように見えるが、よく見ると、水色の瞳には温度がない。


「私との関係が上手くいかなかったからって、今度はランドルフのところに戻ろうとしたのかい? 残念ながら、君がどう頑張ったところで、それは無理だよ。今や、君は傷物令嬢だからね」


 嘲るように放った言葉は、彼女を刺激するのに十分だったようで、見る見るうちに目に涙をためると、そのままセドリック様をにらみつけた。


「遊んでいたのはそちらでしょう!?」

「どうだか。私はただ、困っているなら相談に乗ると言っただけさ」

「あんなことをしておいて!」

「あんなことってどんなこと?」


 叫ぶ彼女に対しても、セドリック様の態度が崩れることはない。とうとう顔を真っ赤にしながら、彼女は走り去っていった。叫び声のせいか、こちらをちらちらとみている人たちがいる。どうやら、思いがけずに修羅場に巻き込まれたようだ。

お読みくださり、ありがとうございます。

また、いいねや評価をしてくださった方、ありがとうございます。

続きは明日投稿予定です。


9/6 追記

明日(9/7)投稿予定であることに変わりはありませんが、夜の投稿になりそうです。(21時以降)

よろしくお願いします。

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