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 潮の香りがする冷たい風に吹かれながら、キラキラと輝く海を眺める。どこまでも果てしなく続いているように見える海は穏やかに波を立てている。水面ぎりぎりの位置をふわりふわりと飛んでいる鳥は、たまに狙いを定めたようにスピードを上げて頭を突っ込み、次に出てくるときには口に魚をくわえている。


 左斜め奥では、港に大きな船が停まっていて、大勢の人々が慌ただしく荷物を運んでいる。陸に荷物を降ろしている様子から、ちょうどこの街についたばかりの船だと判断ができる。


「何か考え事か」


 声の主を見上げてみれば、赤い瞳がこちらを見下ろしていた。ランドルフ様の髪は太陽の光を反射して、つやつやと輝いている。きれいな黒髪だ。


「いえ、大したことは何も。少しぼーっとしていました」

「そうか」


 私から視線を外して、船の方へと視線を向けた彼を盗み見る。


 クリフがオールディス邸を後にしてから、私とお姉様は考えをまとめ、できる範囲で様々なことを調べた。厄介ごとに巻き込まれている以上、自分たちの状況を把握することは大切だという点で意見が一致した結果だ。


 いくつか調べたものの中には、私たちの周囲の人物の派閥も含まれていた。まずはオールディス家の人間についてで、お姉様が言っていた通り、お母様やおばあ様、その前に至るまで王家派閥の家からオールディス家に嫁いできていた。


 その前についても調べていたが、入り婿も同様の結果に落ち着いていた。ここまで王家派閥の人間がオールディス家と繋がってきたのは、偶然にしてはできすぎているというのが私たちの判断だった。


 私に婚約打診をしてきたにも関わらず、地味だと言って婚約の話が無くなった伯爵令息、彼の家は珍しく中立派だった。そして、婚約者のランドルフ様の家は王家派閥だ。


 もし、オールディス家と王家派閥の人間が婚姻を結んできたことが、ただの偶然ではなく、何か裏があるのだとしたら――いつかこの方は私を裏切るのだろうか。


「どうした」


 私の視線に気が付いたランドルフ様が、特に表情を変えることもなく、問いかけてくる。いつもと変わらない様子の彼に、できるだけ自然に微笑んだ。


「いいえ、ランドルフ様が何をご覧になっていたのか気になって、視線の先を追いかけていました。あの船を見ていらっしゃったのですか」

「そうだ。あれは少し離れた島国からの貿易船だ。その国では珍しい薬草が採れるらしく、最近、ブライトウェル領で輸入品として扱うようになったところだ」

「そうなのですね」


 海鳥の鳴く声が響く。


「冷えるだろう。そろそろ屋敷に戻ろう」


 思ったよりも優しい声色に驚いて顔を上げるが、やはり表情はほとんど動いていなかった。差し出された手に自分の手を重ねる。


「はい」


 近くに停めていた馬車まで歩き、そっと乗り込む。同世代と比べると、やはり小柄な部類ではあるが、最近は身長も伸びて、ランドルフ様に抱えられるようなことはなくなっていた。


 オールディス家の馬車とは、また雰囲気が異なる落ち着いた色合いの内装だ。私の斜め向かい側にランドルフ様が座ると、すぐに馬車が動き出した。


「寒くないか」

「少しだけ。でも大丈――あ」


 大丈夫と言いかけたところで、ランドルフ様が脱いだ上着を肩にかけてくれた。


「ありがとうございます。ただ、私が上着を借りてしまっては、ランドルフ様が寒いのでは……」

「問題ない」


 そう一言だけ言うと、外の風景へと視線を移した。私も同様に外へと目を向ける。ブライトウェル領の街が見えていた。


 初冬ともいえる季節で、だんだんと寒さの厳しい日が増えてきているが、街の活気は変わらないようで、街には人があふれていた。人混みを見ると、しばらくの間は、あの虚ろな目で目の前に転がっていた男を連想してしまい、気分が悪くなることが多かったが、最近はやっと落ち着いてきていた。


 こうしてブライトウェル領の街を見ても、特に体調に変化はないことから、普段の生活に戻れたと言えるだろう。


 ブライトウェル領は、婚約者同士の交流ということで、しばしば訪れていた。逆にランドルフ様がオールディス領に訪れることもある。いずれもお互いの屋敷やその敷地内の庭でお茶をしたり、話をする程度にとどまっており、あまり街に出かけるようなことはしない。それというのも、私もランドルフ様も、人混みがそれほど好きではないことが原因なのだろう。


 ただ、今日、私がブライトウェル領に来ているのは、そういった交流のためではない。ブライトウェル侯爵家が開くお茶会に参加するためだ。


 エルデ王国では、夜会に参加できるのは、私よりももう少し上の年齢からだ。大体13歳前後からだろうか。そのため、お姉様は最近、王子殿下のお相手として夜会に参加することが増えてきた。


 それに対して、お茶会は最低限のマナーさえ身につけていれば、参加が可能だ。実際、私がミルドレッドの体に転生する前に、ミルドレッドはお茶会に何度か参加したことがあったようだ。


 今回は、ブライトウェル侯爵家が主催するお茶会ということもあり、ランドルフ様の婚約者である私も参加することになった。そのため、少し早めにブライトウェル侯爵邸に到着していたのだが、侯爵夫人が屋敷は準備で慌ただしいから外で遊んできてはどうか、と提案してくださり、ランドルフ様と海を眺めに行っていた。


「そういえば、君が兄上と会うのは初めてだな」

「はい。どのような方なのですか」

「会えばわかる」


 それもそうかと思い、頷いた。


 ブライトウェル侯爵邸に到着し、馬車が停まると、ランドルフ様が先に降りて行った。すぐにそのあとを追いかけると、すかさず手を差し出してくれる。侯爵夫人がおっしゃったことを守っていらっしゃるのか、最近はエスコートをしてくださることが増えてきた。


 ありがたく手を借りて、馬車を降りていると、男性にしては少し高めの、しかし、心地の良い声が前方から届いた。


「へぇ、ランドルフがちゃんと手を差し出せるなんて驚いたよ」


 地面に降り立ってから、声の方向へと目を向けると、ランドルフ様と色相を反対にしたような容貌の男性が立っていた。


 光に照らされてキラキラと輝く髪は透き通るような銀髪で、こちらを向いている瞳は水色。ランドルフ様とほぼ同じ身長ではあるものの、どちらかというとほっそりとしている彼は、こちらを面白そうに観察していた。


 ランドルフ様を呼び捨てにしていることから、おそらく、彼がランドルフ様のお兄様だと判断して問題ないだろう。


 すっと片足を後ろに引いて、ゆっくりと腰を下ろす。できるだけ優雅にカーテシーをしながら、口を開いた。


「お初にお目にかかります。オールディス家の次女、ミルドレッド・オールディスと申します」

「初めまして、ミルドレッド嬢。ランドルフの兄のセドリックだ。弟と仲良くしてくれてありがとう」


 どこか軽薄さを感じさせる話し方だ。近づいてきた彼は、私の耳元に口を寄せると囁いた。


「弟に満足できないなら、いつでも相談に乗るよ」


 突然のことに驚いて距離をとると、彼は愉快そうに笑っている。先ほどの言葉から、噂は本当だったのだと確信する。


 ブライトウェル侯爵家の長男は女たらしで、ご令嬢をとっかえひっかえしているという噂を聞いたことがあった。少し睨んでみるが、全くダメージを受けている様子はない。それどころか、なぜか楽しそうである。


「結構です」


 そういって、ランドルフ様の服の裾をつまんだ。少し目を見開いたランドルフ様だったが、すぐに元の表情に戻って私の肩に手を置いた。いつもなら絶対にしない行動に、今度は私が驚いた。そっと、彼を見上げると、不機嫌そうにセドリック様をにらんでいた。


「彼女にちょっかいをかけないでくれ」

「ちょっかいなんてかけていないさ。ただ困ったら相談に乗るって言っただけだよ」

「その相談とやらのせいで、私の婚約者候補が候補のままで終わってきたのを忘れているのか。ついでに、今では彼女らは傷物扱いだ。相変わらず頭の中は花畑のようだな」


 へらへらと笑うセドリック様は、ランドルフ様の迫力のある睨みにも、辛辣な言葉にも、全くおびえた様子がない。


 私が婚約者を探している際に、ランドルフ様が今まで婚約者候補とうまくいっていなかったという話は聞いていた。そのため、最初は、彼の性格の問題なのかと考えていた。


 しかし、実際に婚約者となってからの彼を見ている限りでは、少しずれてはいるものの気遣ってはくれているし、無表情に隠されていてわかりづらいものの優しさがあることにはすぐに気が付いた。


 そして、そんな彼が今まで婚約者候補とうまくいかなかったのは何故だろうか、と考えたとき、噂で聞いた彼のお兄様のことが頭をよぎっていたが、どうやらその推測は正しかったらしい。


「忘れてなんかいないさ。そもそも、感謝されることはあっても、恨まれるようなことはした覚えがないね。今までの婚約者候補のご令嬢たち、君のことが怖いって言っていたよ。全然話してくれないし、気遣いもしてくれないし、挙句の果てには女性として扱ってくれないって。だから、代わりに慰めてあげたのさ」


 苛立ちを含んだ赤い瞳と、見下したような水色の瞳が静かににらみ合う。


 先に目をそらしたのは、ランドルフ様の方だった。私の肩に置いていた手を静かに下ろした。ランドルフ様は斜め右下を向いており、私の位置からでは、どのような表情をしているかが見えない。


「それじゃあね、ミルドレッド嬢」


 先ほどと同様の軽薄な笑みを浮かべて、セドリック様はひらひらと片手を振った。私は、形式通りの礼をして、対応する。


 ランドルフ様と2人になると、聞こえてくるのは、準備で慌ただしくしているであろう使用人たちの声だけだ。そっと彼の左手を両手でとると、少し驚いたようにこちらを向いた。


「大丈夫です、ランドルフ様。私は、今までの婚約者候補の女性とは異なります」

「……」

「私は、恋愛感情や恋人らしい行動をランドルフ様に求めているわけではありません。ですから、離れて行ったりはしません」

「……そうだな」


 彼は、どこか苦し気に眉を寄せつつも、そうつぶやいた。

お読みくださり、ありがとうございます。

次回は、明日投稿予定です。


前話の誤字報告をしてくださった方、ありがとうございます。

気が付いていなかったため、とても助かりました。

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