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クリフは深く息を吐いた。どうやら、ふざけているわけでも、いつものようにからかっているわけでもないようで、本当に彼にとって話す予定のないことだったようだ。
「そうだね。それに、リリアンお嬢様は頭の回転がいいし、ミルドレッドお嬢様も一度考え始めると延々と考えている傾向があるから、いつかばれちゃうだろうし」
どこから話そうか考えているのか、斜め上を向いた視線がじっと固まる。
「オールディス家は王家との協力関係……いや、正確には違うな」
後半の言葉がやけに低い声で呟かれた。彼の静かな怒りが凝縮されたような声色に鳥肌が立つ。やがて、私たちの方を向いた瞳には怒りと哀れみ、悲しみなどが、ごちゃ混ぜになったような複雑な感情が映っていた。
「王家に従わされている、という方が近い関係だね。主従関係だ」
「ここは王国ですから、王に従うのは当然かと」
お姉様は、全く場の空気に飲まれることもなく、クリフの言葉に対して淡々と答えた。
「確かにエルデ王国の貴族であれば、王に従うのは当然だよね」
「それだとまるで私たちが王国の貴族ではないと言いたいかのように聞こえるわ。オールディス家は、エルデ王国でも珍しく、建国当初から続く家柄よ」
「なるほどね。そこもうまく伝わっていないのか」
含みのある言い方に首を傾げるが、彼はすぐに話をつづけた。
「じゃあ、少し話を変えようか。ミルドレッドお嬢様、古代語の本を1冊貸してよ」
広げた手をこちらに差し出される。慌てて、以前自分で買った古代語の本を本棚に取りに行く。古本でありながらも状態の良いその本を、彼に手渡した。
クリフは落ち着いた様子で本のページをめくる。1ページ目を開くと、今度は首から下げていた何かを服の中から取り出した。アクセサリーにも見えるそれを手でつつくと、鋭利な針が現れた。彼は、針を用いて迷うことなく自分の人差し指をつついた。
すぐに針を収めると、先ほどと同じように服の中へとしまい込む。その間に、ぷっくりと血が膨らんできた。その指をゆっくりと本に押し当てた。
何も起こらないかに見えたとき、かすかな青い光が現れた。以前、私が血をあてて試した見たときと全く同じ現象が目の前で起きていた。お姉様の様子をうかがうと、事前に私から話していたことも影響しているのか、特に驚いている様子はない。
私たち2人の反応をじっと見ていたクリフだったが、しばらくして本を閉じると、こちらにつき返してきた。
「その様子だと、自分の血で本が光ることは知っているんだね」
「はい」
「リリアンお嬢様は?」
「ミルドレッドほどではないけれど、本自体は光ったわ」
「なるほどね」
私が本を受け取ると、彼は腕を軽く組んだ。
「これ、どうして光ると思う?」
「どうしてって言われても……」
私が口ごもると、彼はすぐに話をつづけた。別に私が答えられるかどうかはどうでもよかったようで、話のテンポをよくするための様だった。
「それはお嬢さんたちの血が関係しているんだよ。古代語の本は特別でね。普通のエルデ王国民の血では本は光らない。この本はミカニ神聖王国民の血にしか反応しないようにできているんだ」
「それって、私たちがまるでミカニ神聖王国民であるかのように聞こえるのだけれど」
「そういうことだよ」
私の聞き間違いだろうか。もしくは、夜中であることにより、うまく頭が働いていないのだろうか。呆然とする私たちを気にすることもなく、彼は話し続けた。
「ミカニ神聖王国が古代遺物を扱えるのは知っているよね。古代語の本も古代遺物の1つなんだ。だから、特定の血にしか反応しないようになっている。そして、それに反応するお嬢さんたちは、間違いなくミカニ神聖王国民の血を引いているんだ。しかも、お嬢さんたちの血は特別だ」
「特別?」
聞き返すと、首を縦に振られた。
「――お嬢さんたちはミカニ神聖王国の姫巫女様の血筋の直系だよ」
沈黙の時間が流れる。困惑した表情でお姉様が発言した。
「ちょっと待って。話についていけていないわ」
「すみません、私もお姉様と同じようについていけていないです」
古代語の本が、実は古代遺物の一種で、私たちはミカニ神聖王国の姫巫女の血筋? 理解が追い付かない。それに、私たちが巻き込まれている状況とのつながりが見えてこない。
「そうだね。順を追って話そうか」
そう言って話された内容は次の通りだ。
ミカニ神聖王国は、エルデ王国が建国されるよりも前から存在する国だ。神を愛し、神に愛される特別な国、それがミカニ神聖王国だ。これは、この世界の一般教養として、ある程度の人は知っていることだ。
彼らは、神の力が宿されているとされる古代遺物を扱うことができる。扱うことができる程度は人によるが、なかでも姫巫女の力は特別だった。
能力値としては、一般的なミカニ神聖王国民が10人集まって、やっと使用することのできる古代遺物を1人で扱うことができるらしい。
そんな姫巫女は国のために力を使っていた。しかし、ある時、エルデ王国の初代王によって姫巫女はエルデ王国に縛られることになる。
初代エルデ王に恋をした姫巫女は彼のために古代遺物の力を使用した。すると、古代遺物の力を初めて目にした初代王は、その力を自分の国のものにしたいと考えた。初代王は、無垢で純粋な姫巫女に対して、複雑でだまし討ちのような誓約書を書かせた。
――それがオールディス家に伝わる古くからの誓約である。
オールディス家は、その誓約のために作られた家であり、そして、誓約に縛られている家である。表向きは王国民であるが、流れる血はミカニ神聖王国の姫巫女の血。
姫巫女を奪われたミカニ神聖王国民たちは、姫巫女が幸せになれるのであればと、涙をのみこんだ。しかし、姫巫女はとうとう愛を得ることもかなわず、ただ利用されるだけの存在となってしまった。
「なるほどね、確かにこれならば、中立派を名乗っていても不思議ではないわね」
お姉様の言葉に、クリフは頷いた。
「誓約によって、オールディス家の人間は王家に飼い殺されている状態なんだよ。王家に嫁がせるのは、オールディス家の令嬢の力を借りて古代遺物を使うため。そして、少しでも姫巫女の血を王家に取り込むため。君を愛するためでも、君と国をよくしていくためでもない。姫巫女の血をひく者を飼い殺すためだけの誓約なんだ」
先ほどよりも重い空気が流れる。誰一人として動かず、声も発しない。聞こえるのは、外で鳴いている虫の声だけだ。
「オールディス家が中立派である理由はある程度理解したわ。でも、この話が本当であるならば、尚更、ミルドレッドを押し出した男が王家の狂信者っていうのがわからないわ。王家の立場としては、私たちの力を利用したいのであって、消したいわけではないのでしょう? それならば、狂信者がミルドレッドを消そうとするはずがないわ」
「その通りだよ。だから、僕もおかしいと思ったんだ。それならば、王家の狂信者の仕業と見せかけて、実際には第四とでも言うべき派閥が生まれて活動しているんじゃないかって考えているんだ」
確かに状況から考えて、十分にあり得るだろう。ただ、問題は第四の派閥があったとして、私を消そうとする理由は何なんだろうか。
お読みくださり、ありがとうございます。
次回の投稿は明日を予定しております。
すみません、寝不足のため、文書におかしな部分があるかもしれません。睡眠をとってから再度確認して、場合によっては修正をかけさせていただくことになります。
(修正をかける場合は、明日修正いたします。)
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
[9/4追記]
誤字報告ありがとうございます。助かります。
また、全体的に読み直して、気が付いた部分については修正させていただきました。




