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私は、家族構成などの基本的な事柄や、意識を失う直前の出来事について、侍女のカミラから話を聞いた。大まかにまとめるならば、次のようになる。
まず、家族構成。ミルドレッドは、オールディス侯爵家の次女。歳は11歳。父は先ほどの大柄な男であるカーティス、母はクラリッサ、姉はリリアン。建国当初から存在する古い家柄のようで、裕福とも言えないが、貧乏でもない堅実な家だそうだ。
次に、意識を失う前の出来事だが、こちらを聞き出すのには、少し苦労をした。というのも、カミラが話す際に気まずそうにするからだ。聞いてみて納得したが、確かに気まずい内容だった。
ミルドレッドの姉、リリアンはこの国の古くからの誓約に従い、すでに王族との婚約が結ばれているらしい。そのため、将来的に家を出ていくことが決まっている。必然的にミルドレッドは婿を迎え、家を存続させることが求められた。貴族の結婚など大抵政略結婚であるため、カーティスは、とある伯爵家の次男に婚約打診をしたらしい。この点について、ミルドレッドとしても、別に文句はなく、父の決定に従ったようだ。
両家の父親同士が、しばらく手紙のやり取りをして、まずは顔合わせから行おうという話になった。段階を踏んで、顔合わせからとなっていたが、それはあくまで形式的なもので、実際には、婚約はほぼ決定事項となっていたらしい。それというのも、相手の伯爵家からすれば、古い歴史を持つオールディス侯爵家とつながりができるのは利点しかなかったのだ。オールディス侯爵家としても、こちらから打診をかけているため、特に不都合はない。
そうして行われた顔合わせが、つい先ほどの気絶する前。相手の両親と子息が馬車で半日ほどかけてオールディス邸へとやってきた。ミルドレッドは緊張しながらも、両親とともに玄関で彼らを出迎えた。その時点では、子息はこれといってミルドレッドに興味を示さなかったものの、特に何も問題はなかった。問題が起きたのは、そのあとだ。
美しい庭園がよく見える客室へと彼らを通し、婚約の話を父親たちが詰めていたところ、窓の外にふと動くものが見えたらしい。それは上からふわりと舞ってきたリリアンの帽子で、ちょうど庭園の木々に引っかかった。客室の窓からよく見える位置に落ちてきたそれを見て、母であるクラリッサはため息をついた後、苦笑いをしながら、リリアンがうっかり落としたのだろうと伯爵家の夫人に語っていたという。
しばらくして、クラリッサの言葉を裏付けるかのように、慌てて帽子の方へと駆けるリリアンと、それを止めようとする彼女の専属侍女が窓の外へと現れた。それを見た伯爵子息はぽつりと呟いた。
「あのかわいい子もオールディス家のご令嬢? どうせ婚約するのなら、あのご令嬢と婚約したい」
場の空気が凍ったのは言うまでもない。ミルドレッドは状況を理解しきれずに固まってしまったらしい。伯爵と伯爵夫人は慌てて謝罪を、カーティスとクラリッサも子供の発言だからと、その謝罪を受け入れた。伯爵が怒りをにじませながら、子息に対して、いかに無礼なことをしたのかを説き、謝罪を促そうとしたときに、さらなる爆弾発言が落とされたのだ。
「さっきから静かで全然話さないし、つまらない。どうして、僕の婚約者は、あのかわいい子じゃなくて、この地味な子なの?」
その言葉にショックを受けたらしいミルドレッドは、手にしていたカップを落としてしまい、足元には紅茶の水たまりができた。よほど惨めだと感じたのか、ミルドレッドは両親の制止を振り切り、勢いよく立ち上がると、廊下に出るために走り出そうとし――、紅茶で滑って転んで頭を打ったらしい。これが気絶していた原因のようだ。
なるほど、確かに侍女のカミラからすれば、仕えているお嬢様に対して、この状況を説明するのはためらわれるだろう。何せ、ショックを受けた行動により気絶しているのだ。もう一度つらい思いをさせるのは憚られたのだろう。しかし、確認しておかなければならないことがある。
「……カミラ」
「はい、ミルドレッドお嬢様」
私のことを気遣っているのだろうか。まだ若干の決まりの悪さを抱えた表情で、カミラはこちらを見ている。
「一応、確認したいのだけれど、その令息との婚約って……」
「旦那様が婚約打診を取り下げました。また、伯爵様も改めて謝罪をするとおっしゃっていて、本日は解散となりました」
「そう」
どうやら婚約はなかったことになったらしい。子息もまだ10歳の少年だから、言葉に深い意味はなかったのだろうが、気まずい思いを持ったままに婚約するよりも良いだろう。私としても、これで構わないと思う。それよりも目の前のカミラだ。
「カミラ、心配してくれているの?」
「心配……なのでしょうか。私はミルドレッドお嬢様にあのような発言をしたご令息を許すことができません」
「気にしなくて大丈夫。実際に私の顔は地味だと思うの。それに、私には言われた時の記憶があるわけじゃないし、カミラがそう言ってくれるだけで十分」
「……ミルドレッドお嬢様」
「そんなに心配しないで」
実際、私はミルドレッドの顔を見て地味だと思った。地味顔なのは事実だろう。言われた時の記憶がないことも本当だ。むしろ、私は何も被害を受けていないのに、これほど心配されてしまうのも決まりが悪い。渋々といった様子ではあったが、しばらくして頷いてくれた。
「お茶を準備させていただきますね」
そう言って、やっと笑顔を見えてくれたカミラは、部屋から出て行った。さて、次にすべきことは何だろうか。大体の家族構成と直前の状況については知ることができた。話を聞く限りでは、家族の関係も悪くはない。
考えを巡らせていると、扉がノックされた。カミラが帰ってきたにしては早い気がするが、特に問題もないので入室を促すと、目の前に現れたのは、見事なまでの美少女だった。艶やかな茶髪はくるりときれいな曲線を描き、緑の瞳はエメラルドのように不思議な輝きを放っている。まつげは上向きにきれいなカールで、鼻はすっと通っており、全体的に華やかな印象だ。若草色のドレスをまとった彼女はまるで森の妖精のようである。
「ミルドレッド……その、急に部屋に押しかけてごめんなさい」
「えっと……」
私の部屋に問題なく入ることができる人物で、侍女とは異なる服装、年齢から推測するに、おそらく彼女がミルドレッドの姉、リリアンだろう。
「もしかして、お姉様なのでしょうか?」
その言葉に、はっとしたように目を見開いた彼女は、次の瞬間には、申し訳なさそうに顔をゆがめた。美少女は顔をゆがめてもなお、美少女なのだな、などと、謎に感動を覚えた。
「私のせいで気絶したって聞いたから……」
「お姉様のせいではありません。私が勝手に滑って転んでしまっただけのようです」
「でも……」
彼女はどうしたものかと考えているようだ。私の言葉を受けても、リリアンが原因だと言い張れば、それは嫌みのつもりがなくても、嫌みになってしまう。なぜならば、ミルドレッドが転んだ原因は、急に窓の外に現れた美しいリリアンを見て、伯爵子息が発言したせいだからである。それは、ミルドレッドの地味な見た目とリリアンの美しい容姿を比べた結果の発言だ。よって、リリアンは何も発言できずに黙ってしまった。
「本当にお姉様のせいではありませんから、お気になさらないでください」
そう言って微笑みかけると、リリアンは驚いたように目を見開いた。――ちょっと待ってほしい。ここで驚くというのはどういうことだろうか。少し違和感がある。私が予想していた反応としては、例えば、眉を下げて、ますます申し訳なさそうな表情になる、であったり、ミルドレッドが気にしていないのだと安堵するなどである。
いや、確かに驚くだけならば、反応としてあり得るのだろうか。そう、許されることなどないと考えていたのに、許されて驚いた、といった具合だろうか。しかし、それにしては、そのあとのリリアンの様子がおかしい。何かを考えこんでいるようだ。よく耳を澄ませば、何かをぶつぶつとつぶやいているではないか。
「……どういうこと? ミルドレッドは、この出来事をきっかけにリリアンを避けるようになるはずでは……」
私がつぶやきを静かに聞いていることに気が付いている様子はない。それどころか、もしかしたら、自分が考えを口にしていることすら気が付いていないのかもしれない。それにしても、今、耳で拾うことのできた言葉を考えると、リリアンはまるで未来を知っているかのようだ。さらに、自分自身のことをリリアンと呼んでいたことから、自分のことを客観視しているようにも見える。まるで、物語の一部として自分を知っているかのような――。試してみる価値はある。推測が間違っていれば、適当にごまかせばいい。
「……異世界転生」
聞こえるか聞こえないかのギリギリの声量で呟いて見せると、先ほどまで何かを考えているようだったリリアンが、はっと目を上げた。緑色の瞳と視線が絡み合う。
「今、なんて……?」
「異世界転生、と申し上げました。リリアンお姉様は、この言葉をご存じなのですか?」
もとから大きなリリアンの目が、さらに大きく開かれる。
「ミルドレッドも転生者なの?」
それと同時にノックの音が響く。カミラがお茶の準備を終えて、部屋に戻ってきたようだ。リリアンに対して、目くばせをすると、彼女も察したらしい。この件は、カミラが部屋を出て行ってから話せばいい。急ぐ必要はないだろう。扉の向こうに向かって声をかける。
「どうぞ」
お読みくださり、ありがとうございます。
本日は、あと1回更新予定です。
(※家名に誤りがあり、修正させていただきました。申し訳ありません。)