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地味顔悪役令嬢?いいえ、モブで結構です  作者: 空木
第1章 古くからの誓約
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「ありがとうございます」


 私の微笑みは引きつっていないだろうか。もしくは、古代語を学ぶことのできる嬉しさと、問題が向こうからやってきたことへの困惑が入り交ざって、何とも言えない表情になっていたりしないだろうか。


 しかし、よく考えてみると、古代語の本はエルデ王国では手に入れることが難しい。王立図書館でも冊数はそれほどなかったと記憶している。それならば、こうして貸していただけて、読む機会を得ることができたというのは、少し、いや、かなりうれしい。


 これは不可抗力。私から問題に向かって突き進んだわけではない。それならば、読んでもいいはずだ。それに婚約者からの厚意を無下にするなんてことは許されないはずだ。少し言い訳がましい気もするが、気のせいだ。絶対に持って帰って読む。


「うれしいです」


 目の前の本の冊数を気分よく数え始めようとして、ふとあることに思い当った。私ばかり物を受け取っている。


「あの、ランドルフ様」

「なんだ」


 後ろに控えていたカミラに声をかけると、すぐに小さな包みを出してくれた。それをテーブルの上に置く。ちらりとその包みを見た彼は、特に表情を変えることもなく問い返してきた。


「これは?」

「ささやかですが、贈り物です。オールディス領で収穫される茶葉をご用意しておりました。ただ、フレーバーティーと比べると珍しいものでもありませんが……」

「ありがたくいただこう」


 彼は、思いのほか柔らかな手つきで包みをつかむと、それを後ろの使用人に渡した。おそらく、保管しておくように指示をしたのだろう。紅茶を受け取った使用人は、そのまま退出していった。


 会話が途切れてしまい、再び、沈黙の時間が訪れた。しかし、初回の顔合わせの頃よりは、気まずくない。おそらく、お互いにあまり話さないことを理解しているため、それほど問題がないと思っているからだろう。


 その後も、静かな部屋の中で、私たちは黙々とお茶やお菓子を楽しみ、たまに思い出したように話をしながら、穏やかな時間は過ぎていった。




 ブライトウェル領とオールディス領は、隣の領地というわけではないため、移動に少し時間がかかる。そのため、まだ日が出ている時間にブライトウェル侯爵邸をあとにしたものの、オールディス侯爵邸につく頃には、日が沈んで間もないころだった。まだ夜にはなり切れない、どこか寂し気な色をした空を馬車の窓から見る。


 馬車がオールディス侯爵邸の門を通り過ぎ、速度を緩め始めたところで、分けてもらったフレーバーティーの包みを見下ろす。袋は可愛らしいリボンで飾られている。これは、おそらくブライトウェル侯爵夫人の趣味だろう。袋から漏れる香りは甘い。


 屋敷の前で馬車が停まると、すぐに扉が開かれた。出迎えてくれた使用人の手を借りながら、馬車を降りると、ひんやりとした空気が肌をなでる。最近は夜になるとかなり涼しい。涼しいを通り越して、少し肌寒いこともある。冬ももうそこまで来ているのだろう。


 屋敷内に入り、あたたかな色の照明に照らされている玄関を通り過ぎたところで、お姉様がこちらに歩いてきているのが見えた。


「ミルドレッド、お帰りなさい」

「お姉様、ただいま戻りました」

「少し」


 そういって私を手招く。帰ってすぐの私を手招くということは、緊急事態だろうか。不思議に思いながら、顔色を窺ってみるが、特に焦っている様子はない。言われるがままに、リリアンお姉様の後ろについて、彼女の部屋に向かう。


 彼女は、歩きながら、後ろについてきていたカミラの手元を見て、私に話しかけた。


「カミラが持っているのは?」

「ランドルフ様が貸してくださったもので、古代語の本です」

「……これは何というか……タイミングの問題なのかしら」


 お姉様がつぶやいた言葉を不思議に思いながらも、促されるままに部屋へと入る。全体的に可愛らしい装飾が施されている部屋は、彼女のイメージにぴったりだ。


 お姉様は、カミラに対して、運んでいた本を私の部屋へと届けるように指示を出した。ぱたりと扉が閉められて、二人きりになったことを確認した彼女は、盛大なため息をつき、近くにあった椅子に腰かけた。私も、その向かい側に座る。それとほぼ同時に彼女が口を開いた。


「まさか、ブライトウェル侯爵令息からも本を受け取っているなんて……」

「どういうことですか」

「今日、アイザック殿下からも届けられているのよ。古代語の本」


 お姉様が、頭を抱えるようにしながら、話し出した内容は次の通りだ。


 今朝、私がブライトウェル侯爵領へと出かけて行ったあと、お姉様のもとに王子殿下から手紙と贈り物が届けられたらしい。これ自体は、毎月手紙や贈り物のやり取りをしていることから珍しいことではなかったそうだ。ごく普通の婚約者同士のやり取りである。


 しかし、今回の贈り物はやけに量がある、と不思議に思ったリリアンお姉様が、早速包みを解いてみれば、いつも通りの女性受けしやすい小物のほかに、古代語の本が出てきたらしい。慌てて手紙を確認してみれば、小物はお姉様に、本は私に、と書いてあったらしい。


 どうやら、私が王立図書館で古代語の本を読もうとしていたことや、家庭教師が見つからなくて、困っているという話をお姉様が、以前、手紙で送っていたらしく、それが原因ではないかとのことだった。さすがに、王族からの贈り物を拒否などできないため、お礼の手紙を送り返したそうだ。


「古代語を学ぶな、と警告される前だったとはいえ、私がアイザック殿下に、ご相談してしまったことがきっかけで今回のような事態に……」


 なるほど、それで頭を抱えているようだ。ふと顔を上げたお姉様の目線が私をとらえると、その目は、明らかに呆れの色を含んでいた。


「それは置いておくとして、ミルドレッドはどうしてランドルフ様から古代語の本を受け取っているの? 面倒ごとに私たちから首は突っ込まないという話だったはずよ」

「誤解です、お姉様」


 慌てて、疑惑を否定する。確かに本が読めると喜んでしまっている部分はあったが、ランドルフ様からお借りした本も、私からねだったわけではない。


「ランドルフ様のご厚意です。前回の王立図書館での私の様子を見て、本を用意してくださったそうです。さすがに断ることもできないので受け取ってしまいました」

「そういうことなのね。確かに、断ると角が立つわね」


 王子殿下から受け取った本を、軽く睨みながら黙っていたお姉様だが、やがて、あきらめたのか、小さく息をついた。


「こうなってしまった以上は仕方ないわね。以前話した通り、問題が向こうからやってきたのだもの。不可抗力、そう、これは不可抗力よ」

「そうですね、お姉様」


 どこか投げやりにも思える口調で、自分自身に言い聞かせている様子のお姉様にうなずく。


「とりあえず、古代語の本を読んでみましょう。私はあまり得意じゃないけれど、一緒に読んでみるわ。それで何もわからないならば、それでよし。何か面倒なことに巻き込まれたら、また考えてみましょう」


 先ほどまでは頭が痛いといった表情をしていたはずのお姉様だが、よく見てみると、どこか楽し気にしている。彼女も私と同じで、誓約の意味や、オールディス家についての秘密を知りたいのではないだろうか。

お読みくださり、ありがとうございます。


次の投稿ですが、少し体調を崩している関係で、場合によっては、明日はお休みさせていただき、明後日から再度投稿させていただくことになるかと思います。

申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

(体調が良くなった場合は、普段通り、明日も投稿いたします。)

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