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コスモ砂丘  作者: 坂本悠
5/6

5 厭

 夢――?

 マキは目を開けたものの、まぶしくて思わず手でさえぎる。

 

 頭上では巨大な太陽のような恒星がぎらぎらとゆらめきながらかがやき、あまりの白さにふたたびまぶたを閉じそうになる。


 しかし、すぐ横の赤と白のしましまのパラソルのしたに、見知らぬ少女がいるのがみえた。

 少女は、マキが飲んでいたトロピカルドリンクが気になっているようだが、それはだめよ、アルコール入りだから、いや、入っていないのか、ああ、でもどうせほぼまぼろしだな、とあれこれ考えているうちに、真夏のビーチが消えて、なにもない白い夢のなかで、少女と対峙していた。


 七歳くらいだろうか――長い髪をふたつ結びにして、ぱっちり二重で、うすピンクの花柄のロングワンピースを着ている。


 ねぇ、あなた、どこかで……?

 

 マキが問いかけようとすると、少女はほほえみながら、にぎった右手をつきだし、ひとさし指だけ立てた状態で、くるくるとまわす。


 え?


 まるでマキがとんぼかなにかになったかのようだ。


 くるくるくるくる――。


 ――ああ!


 マキは目を開けて、「ああ!」と叫び、となりで横になっていたタケルが驚いて上半身を起こした。


「起きてたのか」


 マキは鼓動が高鳴るのを感じたが、じっさいなにかがわかったわけではない。それでも、架空のビーチで寝そべっているわけにはいかないと感じた。見知らぬ少女がそう教えてくれた気がしたのだ。


「ティーポットを陸上走行仕様にして……」


「え? どこかにいくの?」


「このまま寝ていたら、明日の今頃には枯れ木の枯れ葉みたいになって死ぬわ」


「……そりゃ、そうかもしれないけど」


「いいから。なんだかじっとしているのは厭なの……」


 マキの決心が通じたのか、逆らうとろくなことがないと学習しているのか、タケルが架空のビーチを消して、マキが好んでいた計器類満載の操縦席にもどした。


「砂丘を走るから、電気を喰うよ?」


 タケルが冷静に指摘してきたが、マキは無視する。

 タケルは口を一瞬、への字にしたものの、あきらめたようにあたまをかく。


「まァいいや、なんでも楽しんでこそ人生だ――」


 すると、ティーポットの外観が目前のモニター(じつは網膜)に写しだされる。

 上半身が人型を模したロボット風で、下半身が無限軌道に変更されている。まるで姿勢よく正座しているみたいだ。


「なにこれ……?」


「あれ、知らないかな、地球連邦軍のタンクさ」


 タケルが目を大きくする。


「え、オレのロマン?」


「レンポー……」


 マキは眉をしかめる。


「グン……タンク?」


「いや、ごめん。ちょっと遊びすぎたかも。でも、オレはこれに機能美を感じるんだよ」


「もう、なんでもいいから、発進して――」


 マキの命令でティーポットが稼働し、クローラーがゆっくりと砂の地面を進みはじめた。

 操縦桿をにぎったタケルがマキを横目でみる。


「あれ、ちょっとだけ傾いてるのかな? まァ、いいや、それでどこに向かうの?」


「出発したところにフラッグを立てておいて、めじるしに……」


 マキはくちびるをかむ。


「とりあえず、まっすぐ行って――」


 マキの剣幕をみて、意見交換はあきらめて、タケルは運転に徹することにしたようだ。

 出発地点には、タケルが「水着の女性が(ごていねいに砂浜で)ウィンクしている」架空のフラッグを刺した。


「地球時代の懐古記事でみたんだ。ビールの宣伝ポスターとかによく使われていたデザインなんだって」


 タケルはポスターをまねてウィンクした。

 

 数時間後――。

 どこまでいっても砂漠であり、もこもこゆらゆらとした風紋らしきものがみえるだけだった。岩場や草木のようなものはなく、一面が砂だらけだったため、慣れてきたところで、マキが「飛ばして! とにかく突っ走って」と命令した。

 タケルは残りの電力との兼ね合いを指摘しようか迷ったが、どのみちおなじことのように思えたので、最大限の速力――それでも時速100キロほどに設定した。

 砂けむりを巻きあげてティーポットは進む。


「そういえば――」


 タケルがつぶやく。


「UFОの本部で研修受けていた頃に、似たような話を聞いたことがあるな」


 マキは一瞬だけタケルをみた。タケルはそのチラ見さえうれしかったようで、少しだけ声高につづけた。


「ホワイトラビットたちが突然、行方不明になる事例っていうのが、不定期に発生するらしいんだけど――」


 胸が躍るような導入ではなかった。


「そのなかのひとつに、砂の惑星って銘打たれている現象があってさ。通称ではアリジゴクって呼ばれるんだけど、要するに宇宙船がその惑星に降りたところで、ふいに砂のなかにとりこまれてしまって行方不明になってしまうらしい――」


「なにそれ、バケモノがいるってこと?」


「いや、正体をみた人がいるわけじゃないしさ……それはわからないけれど」


「正体を確認した人がいないのに、なんで砂に呑まれたってわかるの?」


「そこいらで跡形もなくいなくなっちゃうから、そういうことだろうって推定した結果じゃない?」


「ふぅん……でも、それって砂にかぎらないわよね? 水の星とかでもありそう」


「たぶん、砂の惑星はだいたい高温――灼熱の大地だから、それでもってティーポットが故障しやすいとか、そういう教訓なんかも秘めているってことなんじゃないかって、オレは勝手に思ってたけど?」


「――なんだか、おもしろくない」


 タケルはしゅんとしてしまった。

 マキは下くちびるをかむ。でも、おもしろくない理由もよくわからない。


 ティーポット(タンク仕様)は、そのままごりごりと砂の地面を進んだ。

 走行に集中してほしいというマキの要求にしたがい、速度を落とさないために電力を移動に集中させた結果、ティーポット内部の温度と湿度が増してきたうえ、気のせいかもしれないが、砂粒がちらほらと入ってきているような錯覚さえしてきた。


 マキもタケルもまばたきをくりかえし、鼻ものどもむずむずするような感覚があり、硫黄のような火薬のような匂いをかいだ気がしてときどき、ハッとした。


 首すじも汗ばみ、不快指数があがってきて、マキはさらにふきげんになり、連鎖してタケルが参ってきた。タケルからすれば、マキがなにをしたいのかわからないところが不安にちがいない。

 しかし、なにをしたいのかはマキ本人もわかっていないから、マキも不安との戦いになる。あまりにも漠然としすぎていて、AIさえも沈黙している。なにか訊ねれば答えるだろうが、そもそも疑問がわからないのだからしかたない。


 5時間を過ぎたあたりから、やや脱水ぎみになり、二人とも口をきかず、かつシートにもたれかかってぐったりするようになった。

 クローラーが砂をけずる音だけがこだまし、それが遠くに聞こえたり、耳もとで騒々しくなったりする。


「くたばっちまうかもしれないから教えてほしいんだけど、なんで走ることにしたの?」


「……教えてくれたような気がしたのよ」


「だれが? 走れって?」


「夢にでてきた女の子が……まわせって」


「まわせ?」


「車輪をまわせって意味だと私は理解したんだと思う……」


 タケルと会話しているのか、AIもまざっているのか、ひとりごとなのか、もはやわからなくなってきた。

 あまりにも意味がわからないせいか、タケルがふふっと笑った。あるいは、嗤ったのは自分かもしれないけれど。


 モニターには、青空のもと、砂けむりをまき散らしながら爆走するティーポットが写っている。

 マキはもやもやした意識のなかで思いだす。


 そういえば、最初にこの惑星を眺めていたときに、宇宙空間でティーポットが巻かれた、天地が逆さになったかのような激しい煙は、いったいなんだったんだろう……。

 いままで移動してきても、惑星自体に砂嵐が起きるようなこともない。たまたまかもしれないけれど。


 しかし、状況が変化しない(むしろ、環境は悪化している)ため、いちばん煙に巻かれたようになっているのはマキのほうだった。

 きつねかたぬきに化かされて夢をみているみたいだ。なにかの警告音が聞こえてきたような気がしたが、意識がもうろうとしていて、うるさいなぁ、としか思わなかった。

 もしかしたら、ずっと眠っていたのかもしれない。

 あるいは、ずっと眠っているだけなのかもしれない……。

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