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コスモ砂丘  作者: 坂本悠
3/6

3 煙

 目を醒ましたタケルは、マキ以上のDAT酔いをしている様子で、青白い顔で伸びをしながら「あれ、ひとさし指が中指より長くなってら」と、なかば強引に笑う。


「おもしろい夢をみたような気もしたんだけど、まったく憶えてないし」


「ちょっと、さっぱりしてくるわ」


 マキはなんだか落ち着いてきたのでシャワーを浴びることにした。


「いいね、お供します」とタケルは這ってでもついてくる感じだったので、放っておくことにした。いずれ、シャワーといっても架空の装置であり、ティーポットの一角で寝ているだけなのだ。


 マキは全裸になって驚いた。しっぽが生えていたのである。


「はは、かわいいじゃないか」


 かわいいかどうかは美的センスの問題だが、しっぽをみつけたタケルは蒼白だった顔も紅潮し、楽しそうに握ったり撫でたりしている。長さは20センチほどで、毛は生えていない。なにかとかんちがいしているのかもしれない。


 タケルは髪がふさふさのくせ毛になり、瞳も黒くもどっているが、あたまを洗っているときに両手が、短い2本の角にふれて大声をあげた。


「うわぁ……怒ってないよ?」


「いいな、どっちかっていえば、私もそっちのほうがいい」


 タケルに生えた2本の角を、毛をよりわけて確認していると、なぜか鼻息が荒くなってきたタケルが両手をのばしてマキのくびれにふれてきたので、そういうのが長いあいだ人類における最も変化しない部分だとあきらめて、しばらく好きにさせてやったのち、適度にきりあげた。


「雲だな……」


 あたまを慎重に拭きながらタケルがつぶやき、ならんで小惑星を見下ろしているマキも同意する。


「でも、黄色い」


 小惑星は黄色の分厚な雲に覆われているらしく、そもそも全容がよくわからない。

 二人のティーポットからだと、形状もおそらく球形であると予想されるぐらいで、岩石や氷といった表層的な部分もうかがえない。


「大気の種類はどうなのかしら?」


「もう少し近寄ったほうが解析しやすいかもしれない」


 マキはシートに座って、操縦桿をにぎったが、操縦桿のさきが丸かったものが四角くなっていて、感触に違和感がある。


「っていうか、ここってどこらへん?」


「え? いまさら? まっさきに調べてるかと思った」


「まっさきに盛ってた人にいわれたくない」


 マキはわざとふんを鼻を鳴らしてから、懐中時計のAIに問いかけようとする。


「ねぇ、ここは――」


 しかし、そこで急に視界ががくがくとゆれる。

 こういうとき、ヴァーチャルが組みこまれた生活はこまる。異常をしめすのが脳神経なのか、AIなのか、ティーポットなのかわかりづらい。

 ゆれているのが現実なのかも一瞬わからない。


「え、地震!?」


 しかし、タケルもわめいた。でも、共有しているから現実かはわからないという話もある。


「寝ぼけるのはやめて、ここは空中でしょ!」


 叫びながらマキも混乱してくる。

 すると、警告音が鳴った。

 ピッピッ! ピッピッ!と繰りかえされ、ティーポットに設定しておいた緊急用の赤色ライトが同時に明滅する。

 サウンドは20世紀あたりからよく使われていた給湯器の湯あがりタイマーで、赤色ライトはパトカーのそれだ。マキの嗜好は牧歌的なのだ。同期しているから若干の差異こそあれ、タケルもおなじ状況のはずだ。


「さすがに、まずいんじゃ――」


 タケルがおびえたとたん、ゆれにくわえて、轟音がひびく。

 巨大な車輪をもったダンプカーが通り過ぎるような、耳もとで包み紙をぐしゃぐしゃにされるような、目のまえで扇風機の強風を浴びつづけるような、有無をいわさぬ勢いのある音で、さすがにマキもこわくなってきた。

 

 そして、思わず耳をふさぎながら目を閉じたところで、警告音のはざまに、AIがティーポットに損害が生じた可能性を報告してきた。しかし、マキの三倍優秀なAIの意見は、じつはこういうとき、あまりあてにならない。基準のマキが機械音痴だからだ。

 それでも、タケルも言葉にならない悲鳴をあげていたので、どうやら危険なことはまちがいないらしい。


 そして、急速な縦ゆれを感じたとたん、ふわっと浮きあがるような感覚を残して、意識が途絶えた――。

 

 暗転した視界が徐々に、もやもやした蜃気楼にように回復してくると、ふたたび警告音が聞こえてきた。

 ピッピッピッピッ――さきほどよりは音量がさがっているが癪にさわったため、「もうわかってる、うるさい、切って」とマキがうなると、サウンドがやみ、警告灯も消えて、同時にティーポット内の灯りがついた。

 しかし、それが非常灯であることが色合いでわかった。マキが木洩れ陽仕様と呼んでいる、やさしい色味である。


「う、う、う……」


 タケルのうめき声がして、みるとあたまをさすりながら中腰になっている。


 マキは知らないうちに床に寝そべっていたらしい。

 タケルがおっかなびっくり歩みよってきて、マキに手を差しのべてきたので、応じた。手の感触がみょうに冷たく、生々しい。


「どういうことだ、これは?」


「私のセリフよ……でも、なんでかわからないけど、省エネモードになってる。発電パネルに問題があったっぽい」


「ああ、オレのポットもそうなってる。でも、やられたのがパネルだけかどうかわからないぞ。剣呑だな」


 タケルは口調よりも真顔で、マキも思わず爪をかむ。

 

 省エネといえば聞こえはいいが、要するに緊急事態で、ティーポットに重大な損害が生じている可能性を示していて、機能不全のままの場合、最長24時間ほどしかティーポットの基本性能を維持することができない。ちなみに懐中時計のそれもおなじくらいである。


 ティーポットには懐中時計と連動した自己修復機能もあるはずだが、働いている様子はない。懐中時計のふたの白うさぎは、とぼけたままで、リーディンググラスがいつもより傾いてみえるのはマキの心象のせいだ。


 いままで宇宙散策をしているときに、マキは緊急事態におちいったことはない。タケルも同様だろう。ティーポットの与圧壁はナノテクノロジーの粋を集めた特殊合金で、なんらかの物理的打撃によって損傷することは考えづらく、また恒星発電は天の川銀河にいればだいたいどこでも可能なのだ。


「ビーコン、使っておこうか……」

 

 タケルがつぶやいたが、マキにもマキのAIにも、おそらくタケルのAIにもそれが正解かどうかわからない。


「発電パネルが復旧しないなんてことないと思うんだけど……」


「でもあれかな、さきにここがどこかを把握しておくほうがいいかな」


 タケルがAIに問いかけると、モニターが切り替わる(じっさいはティーポットの外部カメラの映像が網膜に投射された)。


 ――絶句してしまった。

 二人の目前にひろがっているのは、黄褐色の砂砂砂――砂丘だったのである。


「これはどういうことだ?」


 固唾をのんで20秒ほど光景をみつめたのち、タケルがつぶやく。


「なんてこと、私たちは地表にいるんだ……」


 マキが両頬に手をおくと、タケルがぎょっとする。


「さっきまで見下ろしていた小惑星の地表まで落っこちてきたってことか!?」


 マキはタケルを無視して、AIにティーポットの録画映像の再生をもとめる。

 乱雑に使用することは蓄電状況をかんがみると不適切だが、いたしかたない。急激な爆音などがあったりして驚くのがいやなので、音声はなしに設定しておく。


 ふわふわと宇宙空間をただよっている三角錐がふたつ結合したティーポット――。

 黄色い小惑星は距離にして500キロメートルほどのところにある。


 ちょうど無駄にシャワーを浴びて、無駄にぺたぺたしたあと、ならんで雲を睥睨していた頃なので、マキは少しいらだちながら早送りする――すると、ほんの一瞬、まさに0.013秒ともいえるあいだに、視界のすべてが黄色い煙に覆われてしまった。


 煙はまるで、ふくろからこぼした片栗粉のような拡散力で、ボワッとティーポットをつつみこむ。再生映像をみているだけなのにマキは両目を見開いたうえ、3回もリピートしてしまった。


 宇宙にいて、煙に巻かれてしまい、それによってティーポットが故障し、落下することになったということのようだ。


 どうやら同期していたらしいタケルも、「なんだよ、まるでなにかに捕食されたみたいだな……」とつぶやく。


 一気に500キロを落下したのであれば、生きているのはまさにティーポットさまさまだが、それを回避できなかったのはなぜだろう――?


「トラッキングみたいなもんだったりして……」


 みれば、タケルが苦笑している。


「ほら、ほこりとか砂で、機械ってダメになるじゃないか?」


 半分ジョークなのだろうし、気遣っているのはわかるが、少しも笑えないし、愛想笑いをかえすタイプではないので、マキはそっぽをむく。つれないフラミンゴのように。

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